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再生⑩

―――この本、長野にいたときに読んでたの。図書館で借りたものだったけど、このお話だけはどうしても手元に置いておきたくて、母に買ってきてもらったの。

真由那はそう言っていた。本を胸に添え、両手で包み込んだ姿と表情を鮮明に覚えている。

懐中喫茶を借りて病室に戻った。あの子が病室を出てからすぐに本を開いた。ページをめくる指がほんの少し強張った。

真由那はこうしてベッドに座って、本を読んで……

いままで知らなかった世界がそこにはあった。静まりかえっていると思う空間でも微かな音が鳴っていて、そのなかで文字が見せる物語の場面はページを進めるごとに色濃くなっていく。時々廊下の方から音が聞こえる、でも、本と向き合っている間は自分だけが遠い場所にいるような不思議な感覚になる。

主人公はまだ免許を取ったばかりの運転で山の奥へ車を走らせた。ログハウスは白い壁面を木漏れ日に照らされて緑の中ひっそりと佇んでいる―――――

ベッドに居られる間は本を読み続けた。なんとなく真由那が傍にいるような気がした。物語は終わりに向かい、最後の一行を読みきると広い余白が胸に迫った。本を閉じればすべてが終わってしまうような気がして手を止めた。

宙を見た。いつか真由那が物語のあらすじを話してくれた時のように、自分だけに見える情景を脳裏に映した。それは懐中喫茶のシーンではなく、現実のログハウスが完成して真由那がソファで笑っている姿だった。

温かいようで凍えるような、胸の奥が震えるこの感情をどう消化すればいいのか……

再び余白に視線を落とした。力の抜けた指先で持て余すように残りのページをめくった。

貸出カードの封筒が剥がれかけている。押せばくっつくかもしれない、そう思い右手の人差し指で端々をなぞった。すると隙間から白い紙を畳んだものが角を覗かせた。それを取り出し開いてみると小さな文字で何かが書き綴られていた。



名前を知らないあなたへ


私はこの病院で長年入院している患者です。

本は面白かったですか?私はこの物語が大好きです。

突然手紙が出てきてびっくりしましたか?

普段こんないたずらはしないのですが、どうしても手紙を書きたくなってしまいました。

なぜかというと、本当の私をどこかに隠しておきたかったから。

名前も知らない誰かになら、弱音を吐くことができると思ったの。

私は肝臓の病気を患っていて、大人になってからは段々ひどくなり、ずっと入院生活です。

病院での生活はとても退屈だけど、本を読むことでたくさんの時間をいいものに変えられました。

いつも前を向いてきました。でも、ついにこの間、お医者さんから余命宣告を受けました。

私の寿命はあと半年。聞いたときは頭が真っ白になりました。

数年前の自分なら、もう少し落ち着いていたかもしれません。でも今は本当に動揺しています。

大切な人ができたからです。その人と結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築きたい。

遠くに感じる希望も、治療を続けていけば少しは近付けるかもしれない。そんなふうに考えていました。

生きる時間が限られているのは最もだけど、こんなに早く終わりがやってくるなんて思わなかった。

東京の病院へ移ることが決まっているけど、これから先どうなるかわからない。

死にたくない。たくさんの人を笑顔にできる人生にしたかった。

泣くことだけでも耐えようとしているけど、もうすぐ限界が来るかもしれない。

この手紙を読むことであなたを嫌な気持ちにしてしまったならごめんなさい。

あなたの生きる時間が素敵なものとなりますように。

見つけてくれて、ありがとう。




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