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2人④

兄貴から渡されたスケッチブックを前にして、この手はまるで動こうとしない。昔はあんなに夢中で描いていたのに、今はリンゴひとつ描く気にならない。

多くの検査をした結果、長らく眠り続けた原因は未だ不明。医者はリハビリをすれば機能的な部分は回復する見込みがあると言った。ただ、この3年間で時々不整脈が起きていることから今後心臓が何らかの病気を発症する可能性があるとのことだった。当分は入院のままリハビリをしながら経過観察をするらしい。思い当たる症状はなかった、でも、それは突然起きた。胸が締め付けられるような感覚、息の仕方を忘れたように苦しくなり慌ててしまう。いずれ治まるものの、一時一時恐怖を感じる。


兄貴が携帯電話を契約してきてくれた。少しして、柳瀬さんから女の子を紹介したいというメールが来た。

橋詰夕夏、柳瀬さんと一緒に来たその子はナースステーションの前で僕を見ていた子だった。メッセージを交換して、ひとつふたつ連絡を取るようになった。それから夕夏は1人で面会に来てくれた。棚に置いてあった本を見つけて、【ガジェット】に興味を持ったようだった、映画を先に観たらしい。そして本を貸した。

次に来てくれた時、夕夏はファイルを持ってきた。開いてみると、手でいろんな形を作ったイラストが載っていてそれらは指文字だと教えてくれた。手話という手段があることは知っていた、だけど、多くを覚えなければ会話にならないと思い諦めていた。確かにこれなら一文字ずつで言葉を伝えられるし覚えるのも少なくて済むと思った。ただ問題なのは手話を知ってる人としか使えない手段だということだ。

「私達が話すときしか使えないかもしれないけど、どうかなと思って。覚えなくてもいいんだけど…」

夕夏は自信なさげに言った。僕は嬉しかった。聞くと、ひらがなの指文字は既に覚えていると言った。どうしてここまでしてくれるのか、そんな疑問があったけど優しい子なんだなと思った。

日々が過ぎていく。リハビリは痛みを伴うことが増えてきた。立つ練習をするときにはうまくバランスをとれず上半身の重さに苛立ったりした。そんな自分に嫌気がさして落ち込んだ。

それでも前を向こうと思えたのは、今の自分にできることを見つけてくれた人がいたからだ。

夕夏と指文字で会話ができるようになってから、胸に重く圧し掛かっていたものが消えていくような感覚がした。頑張れば元の生活に戻れる、そんな希望を持たせてくれた。本当はリハビリが辛い訳じゃない、声を出せず誰とも言葉で心を通わすことができない、それが悲しかった。夕夏はそんな僕の苦しみに気付いていたのかもしれない。

ある日、気まぐれにパステルとスケッチブックをテーブルに出した。やっぱり何を描いていいかわからないままだった。暫く真っ白な紙の面を眺めて、一本のパステルを手に取った。どうしてあの色を選んだのかと振り返ることがある。あまり使ってない色だった。ただグルグルと丸く塗りつぶしただけの絵とも言えないものを見て、なぜか心が動いた。











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