何処にでも順応するように
目に映る空間の広さと明るさに、思わずわぁっと歓声を上げる。
マトイの部屋のソファーに座っている筈なのに、見えているのはたくさんの等身大の人形に光が当たったショールーム。
きょろきょろと上下左右を見回すけど、自分の姿は一切視界に入らない。
「うわぁ! マトイ、マネキンがいっぱい」
『うまく接続出来たみたいだね。待っていて、俺も同じ部屋に入るから』
マトイの声が耳に入るけど、声のする方向に姿はない。
そう思っていると、何もなかった地面が突然1メートルくらいの円形に光って、異音と共にその円の中にマトイの姿が現れた。
「マトイ、よくあるゲームのワープみたいな登場の仕方!」
「またよくわからない驚き方して。ゲームのワープの原理はわからないけど、合理的だってことじゃないの?」
「えー? 光るのも合理性のためかな……」
「転移先の遺物検知と注意喚起のためだと思うけど。予告なく現れたら、俺なら警戒する」
「あ、うーん……。びっくりするね」
音もなく背後を取られたら、場合によっては悲鳴を上げるかも。
ロマンを投げ捨てて考えたらすんなり納得出来るってことは、悔しいけどマトイの言うとおりなんだろうな。
「それで、ここは? 妙にリアルなマネキンだけど、何のためにあるの?」
溌溂とした男の子、偏屈そうなおじいちゃん、理知的なお兄さん、一見して性別がわからないような神秘的な美形、かと思えば向こう側に広がるのは大人っぽいワンピースのお姉さん。
服を引っ掛けるだけのマネキンと比べると、段違いに生き生きしてる。顔の作りも、表情も。
それでもすぐにマネキンだってわかった。生き生きとしたポーズのまま固まって、微動だにしないんだもん。
睫毛の先がピクリともしない。
眼球一つに当たる光の加減も少しも変わらない。
全身の筋肉が少しの震えも見せない。
そういう情報が、これは生命体じゃないんだよって私に教えてくれる。
「ココの時代のマネキンってこんなんなの?」
「私の時代のマネキンはこんなに人っぽくないけど……でも等身大の人形なら、やっぱりマネキンって思うかな。あ、でもね、ドール作家の生人形展の番組見たことあるよ。そっちの方が近いかも」
テレビでやってたのは、新進気鋭の人形作家さんの番組。あのときに出てきたのは、日本人形や西洋人形みたいな、温かみのない人形だった。
命が宿ってない目が怖かったけど、とびきりきれいで目を奪われたのを覚えてる。
自然から生まれたものとは異質な、人の手で作り出したから出来上がった美しさだなって感じた。
でもここにある人形は、あれとはまた違う。冷たげな芸術作品というよりも、一般向けで親しみやすい雰囲気。一部違うものもあるけどね。
「ふーん。その辺もルーツなのかな。これは代理ボディっていって、外出するときに使うハードウェア」
「この、代理ボディ、で外に出るの?」
「そう。気分転換の散歩ならリアルボディで外出することもあるけど、リアルボディって不便が多いから。だから通学とか仕事関係の外出とかにはこれを使う。それから、外見から個人を特定されたくないときもね」
「ぜんっぜんイメージが湧かないよ。これを動かすってこと?」
ロボットみたいなイメージかな?
そう思って目に付いた人形の腕をゆらゆら揺すってみると、本当の腕のような質感や重さがある。なのに意思による抵抗はないのが、変な感じ。
マトイは取り合わずにツンとした顔で続けた。
「実際に使ってみればわかるよ。ココ、どれがいい? ここにある代理ボディはレンタル用だから体験は自由に出来る」
「えっ、えーーーっ……あ、こんな小さい女の子にもなれるの?」
突然のフリにうろうろと足を進めた――比喩表現です。足どころか身体のどこも認識出来ないんだった――私の目に止まったのは、3歳くらいの女の子。
よちよち歩きはようやく卒業したくらいのサイズ感がえも言われずかわいらしい。
「なれる、けど、うわぁ……使いにくそうなボディ」
「そうかなー」
「隣を歩かせたくはないね」
「そっか! マトイがロリコンに見えちゃうもんね」
「俺が幼児か保護者の見た目のボディに入れば無問題だけどな。まあこれがいいなら、没入させるよ」
マトイの片手が私に向かって伸ばされて、もう片方の手の影が女の子の頭上に掛かる。
意図を掴めないまま見ていると、マトイの腕の角度がぐるんと変わった。
――――違う! 視点が女の子になったんだ!
手を伸ばすと、やわらかそうな小さな紅葉が広がった。
私の意識に従って指をにぎにぎして、やわらかい髪が額を流れる感触と共に背の高いマトイを見上げる。
「なにこれすごーい! 楽しい! 私、ちっちゃくなっちゃった」
「ほっとする反応をありがとう。その声キンキンするから、あんまりはしゃがないで」
「えへへへ本当だ。声も細くて高くてかわいーい」
「ココの順応性はちょっと異常だと思う」
「お前マジどこでも生きていけそうってよく言われるよ」
「真理を突いてる」
呆れ顔でわざとらしく息を吐くマトイ。
ちょんと小突こうとすると、私のちっちゃいお手手がマトイの足をすり抜けた。
「わっ」
慌てて手を戻すけど、重心が戻らない。
そっか、頭が重いからだ――――感心してる間に私の身体はマトイをすり抜けてびたーんと床にぶつかった。
「気をつけてよ、痛覚刺激はそのまま実際の身体に反映されるからね」
「うぅ。触れないなんて思わなかったんだもの。これマトイの身体じゃないの? 見えてるだけ?」
「姿かたちはホログラム。俺も代理ボディに入れば触れるけど……」
話しながら、マトイが即座に入ったのは近くにあった成人男性のボディだ。
目に映っていたマトイの身体が掻き消えて、歩み寄ってきた男性体が目の前にしゃがみ込む。
「はい」
言葉少なに差し出してきた手は、私が立ち上がるのを促すためのものだ。
遠慮なく握って、ほとんどマトイの引っ張り上げる力頼みで立ち上がる。
「ありがとう! えへへ。マトイから接触してくれたの、初めてだね」
「リアルボディじゃないからね」
「そういう境界線かぁ」
繋いだ手からは、ぎこちない力加減やじんわりとした体温が伝わってくる。これじゃあマトイの言うリアルボディで手を繋ぐのと、何が違うっていうんだろう。




