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躊躇わず試みるように

「ココは驚かさないって言葉の意味を全く理解してくれてない」


 すっきりしたマトイに半目で責められて、さすがに私もやりすぎを反省した。

 ちなみにシャワーは無事使えました。


「俺は物心ついてから、人どころか子育て(ナニー)ロボット以外の物から触られたこともないんだから、もう少し手加減してほしい」

「うーん。それじゃあ予告してから触る、でどうでしょう?」

「不意打ちよりはまあ」

「私は言わば、マトイが慣れるのに協力してあげてるとも言うんだから、マトイも頑張ってくれるといいと思うよ」

「そう言われたらそんな気もする」


 基本マトイは素直な人だと思う。

 誰かにいつか騙されそうで実に心配だね。まあ、私を含めた誰かに、なんだけど。


「マトイはそんなに触られるのに不慣れなのに、なんで現在いまを変えたいの? 大変だよね」


 何気なく訊いてみたら、マトイが言いにくそうに俯いた。


「――――ってみたかった、から」

「え? なに?」

「触ってみたかったから。1900年代の映画みたいに、リアルな他人と同じテーブルを囲んだり、家族と毎日のように顔を合わせたりしてみたい。そんなくだらないことに巻き込んだってココは怒るかもしれないけど」


 マトイのささやかな望みに、私はぞっとした。

 未来ってそんなことも出来ないの? 何が起きてるの?


「くだらなくなんかないよ。全部普通のことだよ。当然出来て当たり前だよ! なんでそれが出来ないの?」

「昔と比べて、命の価値が上がったからだ。いや、希少性かな」

「それって、昔は多産多死だったけど、現代は一人っ子が増えて教育にかけるお金も高くなったとか、そういうこと?」


 それなら聞いたことがある。

 命の価値を比べるなんてばかばかしいと思うけど、実際ひとりに掛けられる教育費や医療費なんかのコストが上がってることを、価値っていうことがあるんだって。

 いやいやながら言ってみると、マトイには首を振られた。


「ううん。単純に、一時期随分と減ったんだ。人間が。だから政府が躍起やっきになって、人命を保護しようとしてる」

「えっ」

「命の数を減らすリスクを、人の自由を制限してでも減らしたいんだ、政府(彼ら)は。そうして出来たのが、対人無接触政策」

「人の自由を制限したら、リスクが減るの? なんで?」


 考えてみたこともない言葉に頭をひねる。

 交通事故は減るかもしれないけどさ。

 私の不理解を見て、マトイは当然のように説明を始めた。


「対人接触があると病原体ヴァイラス除去をしていても、そこから逃れた菌や未知の菌からの感染リスク自体は増えるだろ。俺は微々たるものだと思うけど」

「風邪が移っちゃうとか、そういうこと?」

「まあね。ただそれ自体よりも、感染が広がるとウイルスの変異の可能性も上がる。変異によってどんどん凶悪なものになることを、社会全体で警戒しているんだ」


 変異ってよくわからないけど、種類が増えちゃうようなものかな?

 脅威が増えちゃうなら、対策するのは当然なのかもしれないけど……。


「正しいことを言ってるように聞こえるよ。……でもマトイはそれを変えたいんだよね? 感染するかもしれないから、触れなくても仕方ないとは思わないってことだよね?」

「そう」

「うーん……。私も、少し触ったくらいでリスクが上がるだなんて、考えられないな。風邪が流行っていたって、元気だったら学校に行くのが普通だよね。手洗いうがいは気を付けてするけど」

「ココが同じ気持ちになってくれてよかった。安心して次の紹介が出来る」


 マトイが目元だけで笑って、手の中の道具に目を向けた。

 さっきからマトイが手遊てすさびにもてあそんでるの、気になってたんだよね。


「それ、サングラス……じゃないんだよね? VRのヘッドセットがこんな感じだった気がする」

「ああ、周りに別世界が見えるVRはもう存在してたんだ。やったことある?」

「うん。ヘッドセット買った子がいたから、みんなで遊びに行ってやってみたよ。ジェットコースター体験、未来の技術って感じがして面白かった! 実際にジェットコースターに乗ったときみたいに風が吹き付けたり重力感じたりはないけど、わくわくしたよ」


 あの時は代わるわる体験したんだけど、皆、無防備な表情かおで口が開いてたりして……。

 面白おかしくつついたのを思い出して、ついつい笑ってしまう。

 マトイがそんな私を不思議そうに見ているのがわかった。


「……ココって何でも楽しそうでいいよね。今回もそんな感じでわくわくしててくれればいいから。座って」

「うん」


 座るよう促されたのは、背もたれが頭の上まであるほど高い、マッサージチェアみたいに身体にフィットしたソファ。

 ふかふかのそれに座ると、膝の上にヘッドセットを置かれた。付けろってことだね。


「俺たちには必要のない旧型の装置だけど充分没入出来る筈だから、ココに体験してもらうにはちょうどいいと思う」


 ヘッドセットを付けると周りの景色も、マトイの姿も見えなくなった。声だけが変わらずに正面から聴こえる。


「うん。なんだろ、未来の体験?」

「ココの時代にはまだ生まれていない、人格ソフトウェア化による代理ボディへの没入体験。世界が対人無接触政策に舵を切るに至った、その根源だ」


 対人無接触政策。

 多分、マトイが苦しんで、変えたいと思っているもの。

 私にはまだ、それが嫌なものなのか、本当に変えなきゃいけないものなのかさっぱりわからない。


 でもね、政策って言葉は、しかめ面のおじさんみたいな印象。

 大人が理屈を通して作ってしまった決まりを真っ向から変えたいと思っても、私の手にもマトイの手にも余るんじゃないかな。

 だってマトイだって、そんなに大人には見えないよ……。


 いくつかの操作音を聞きながら考え事をしている間に、準備は整ったみたい。

 目の前が、一瞬で切り替わった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 政府が政策として非接触社会を構築したのなら、その考え方も理解はできるし、マトイさん個人がそれを変えていくのはかなり難しいのではないでしょうか?(;´・ω・) マトイさんの中で、革命的なこと…
[良い点]  どことなくコロナ渦を思わせる描写に、他人事とは思えない空気を感じましたが、主人公であるココの言動が明るいので、悲観的な印象は受けませんでした。  展開はスローテンポでこそあるのですが、ち…
[良い点] みらいぎゅ改稿版ーー!(о´∀`о) マトイがすごく無機質な対応で、ああこんな感じだったっけ…と思いながら読ませていただきました のべぷら版より描写が細かく、よりリアルに情景が浮かんでき…
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