一年後のバレンタイン[3]
「今日はココの恋バナが聞けるのかなー?」
お弁当を広げながら肩でつついてくるともだちを、私は万全の態勢で迎え入れた。
「ふふーん。なんでも聞いてよ。っていっても、他の高校の先輩とかってわけでもないから、言えること限られちゃうんだけど」
「やっぱり! 高校生じゃないんだ。大人っぽいもんね」
「じゃあ、大学生?」
「ううん。元々お兄の知り合いの人でね――――」
昨日、水上家で緊急会議が開かれた。
マトイについて、言っていいことと駄目なこと。
マトイの状況を理解を得やすい設定に落とし込むのが格お兄で、社会的な視点からゆうゆうがジャッジして変更を加える。
お姉と璃久は女性目線と若者目線を捕捉した。
マトイの、少しでも周りから容認されやすいようにという希望と、私のできるだけ嘘が減るように、という要望は、みんなの手でドッキングされた。
現状は、のちのち嘘がばれるくらいなら、不審さが残ってもありのままを。でも、経緯は社会的、常識的に問題が少しでも減るように。
すなわちマトイの設定はこうだ。
「ココのお兄ちゃんがお世話になった劇団OBの息子さんかー」
「うん。一時期ご家族が海外に行ってた関係で、うちで暮らしたりしてたの。今でも家族同然」
「その、ゆるーく他人を受け入れるところ、水上家っぽい。前に外国人もホームステイに来てたよね」
「ナンシーとバークリックね」
「2人もいたんだ!」
おっとり笑顔のひまりちゃんと、みんなのお姉ちゃん的役割の彩夏が代わる代わる相槌打ってくる。
けど、普段はおしゃべりで多趣味チャレンジャーの埴田が珍しく聴き役だ。
視線を向けると、気乗りしなさそうにツインテールの先を指でくるくる弄りながらも話に加わった。
「でも意外。ココの彼がそんなに年上だなんて」
「そうかも! 年上の人と付き合ってるのって、大人っぽい子が多いもんね」
「しかも大学生でもなくて、社会人でしょ」
埴田の言葉に、お弁当の上を飛び交ってた声がぱたりと止まった。
そう思ってるのは、他の二人も同じみたい。
私が、どう答えようか迷う隣で、ミニトマトを飲み込んだひまりちゃんがのんびり口調で切り出した。
「でも、ひまりは、年上の人と付き合ったからって、ココが変わっちゃったりしなくてよかったーって思うよ」
「あー。そだね」
「うん。それはそう」
あったかすぎる感想。
納得のあまり深く頷く二人といっしょになって、私も思わず頷いた。
でも、埴田の顔が明るくなったのは一瞬だけだった。また考え込んでる様子でパッションティーの紙パックを潰してる。
「うーん。でもさぁ、本当に大丈夫? ココ、騙されたりしてない?」
「そんなこと……ないよ。どうして?」
「大人が高校生に本気になるって、なんか信じられないっていうか」
とうとう机に突っ伏した埴田に戸惑いを隠せないのは私だけじゃない。
ひまりちゃんと彩夏と目で質問し合ったけど、3人で同じ角度で首を傾げただけで終わった。
彩夏が埴田の頭を手でぽんぽんしてなだめる。
「はにた、昨日からココに当たり強いよ。どうしたの?」
「うー……」
「ココが隠し事してたから怒ってる?」
「ちがうの。そうじゃない」
いやいやとむずがるようにおでこを擦り付ける埴田の頭の上で、ツインテールが左右に揺れる。
ひまりちゃんがそっとみんなのお弁当箱を遠ざけた。
「はにたちゃん?」
「――ごめん、ココ。ちょっと私がどうかしてるみたいだわ。ココのせいじゃないからね」
ごみ、捨ててくる!
そう言って立ち上がった埴田は、紙パックを手に教室のごみ箱を素通りして出て行った。
「……心当たりは?」
「全然なーい」
「なんか、ココ以外にも、もう一人隠し事してた子がいたみたいだね」
肩をすくめる彩夏が、仕方ないなと笑った。
「ココ、元気残ってる? 凹んでない?」
「まだまだ満タンです」
「じゃあ駄々っ子の回収しておいでよ」
「もちろん! ココに任せて」
両手をグーにして請け負った私の手の中に、ひまりちゃんがよろしくねとチョコを2個滑り込ませた。
配達兼回収員ですね! 了解です!




