二人で生き抜けるように
それはそれとして、マトイが生きていくための話をしよう。
「私の聞いたところ、マトイの身体はちょっと繊細ですよね。だからリアルボディで出来ることと、出来ないことがあると思うの」
マトイの話なのに、当のマトイはちょっと打ちひしがれてるけど。
「そうね。それで?」
「マトイがリアルボディで出来ないことのうち、代理ボディでなら出来ることってきっとあるよね」
「はい。代理ボディの最も基本となる使用目的はそれですよ」
「うんうん。マトイのためにあるようなものですね。ですがマトイは代理ボディが嫌いです」
「いや、嫌いっていうか邪魔なだけで……」
「邪魔なのかよ」
私を未来に呼び寄せてまで根本から無くしたいと思ったものを、邪魔なだけと言うマトイの言語表現はなかなかユニークだと思う。
「でもどう考えてもマトイの今後の人生に代理ボディは必要じゃないですか」
「それは俺もわかってるよ、ココ」
「もっとわかって欲しいの。あと私にも教えて欲しい。マトイが代理ボディで幸せになれるなら、私も私の時代に帰って、代理ボディが生まれるように前向きに頑張れると思うから」
もしもマトイのために何か出来るなら。
それは、私の生きていく一つの縁になるような気がする。
うーんと唸りながら、あまり乗り気ではなさそうなマトイはさておいて。
保護官さんが、そして佐藤さんが、怪訝そうに――――ううん。もっと確信的に口を開いた。
「……ねぇ、ココちゃん。あなた、フルネームは何ていうの?」
「纏くん、過去から攫ってきたっていうのはガチのガチなんですか? え、本当に? どこの誰攫ってきたんですか? ねえ!?」
この反応からいって、佐藤さんと加賀井さんはマトイの話を鵜吞みにしてはいなかったんだね。でも保護官さんは直接私と話してるし、もう少し情報量が多い。
過去から来たことがわかってるならその辺も話したのかと思ってたけど、とマトイを見ると、涼しい顔をしてる。
そういうつもりなら。
「うーん、黙秘します」
「多分、想像のとおりだけど」
悪戯っぽく言うと、大人組が総じて頭を抱えた。
大人って明言しなくても、ちゃんと言外を読み取る能力を持っててすごいなぁ。
「なんっでそういうことをやらかすんだよ」
「若気の至り?」
「マトイ、今も若いままじゃない」
「じゃあさ、やってみたら出来たからとしか言えなくなるけど」
「うーん。響きが悪いね」
「だよな」
私はやってみたら出来たから未来くんだりまで誘拐されたのか。軽すぎる。
「でもほら、このままだとあと数時間で私っていう証拠は消えるし、誰なのかわかんないほうがいいよね」
「そうそう。察したとしても口に出さなければないのと同じ。このままココが帰れば歴史は何も変わらないよ。余計なことをしたらわからないけどね」
マトイのこの言い方には覚えがあるなと思った。
正確にはこの皮肉な感じが、会った初日のマトイを思わせる。
慣れてきたら見なくなった一面だけど、これが『脅した』ってやつなのかも。
「マトイ、脅しちゃ駄目。お願いしなきゃ」
「ああそっか。じゃあ、詮索しないで察しておいてください」
一際明るい調子で要請するマトイに、佐藤さんが苦笑を返す。
「――――代理ボディで纏くんが幸せになる方法を考える重要性は察しました」
「うーん。じゃあ真面目に考えましょうか」
「そうだなぁ。お前、リアルボディでやりたいけど出来ないことってあるのか?」
加賀井さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「やって出来ないことはないってわかったけど――――人といっしょに暮らすこと」
「それから、家族とリアルボディで食卓を囲むこともだよね」
「手を繋ぐこととか」
「そういうの、人と触れ合うことって言うんじゃない?」
「そっか。うーん、ココと暮らしてやってみたこと全部」
つくづくあの部屋は楽園だったよね。
「マトイが代理ボディのこと嫌いなのってさ、本当はリアルボディでやりたかったことをなんでも代理ボディに押し付けたら、現実が蔑ろにされてくからだよね」
「うん?」
「代理ボディは顔変え放題だから家族の顔も知らない、マトイの代理ボディが何歳か若いときのままでも気付かれない、食べたご飯は栄養にならない。そんなの、嘘付き放題じゃない?」
「ああ、うん。あと、代理ボディは必要なときしか出さないから、肝心なときに相手の目の前にいなくて段々忘れ去られていくのも……いやだ。部屋で人知れず朽ちてく感じがする」
「それ寂しいかも」
「どうせ代理ボディしか傍に寄れないんだから同じだろって、どんどんボディの中身もリアルじゃなく機械に置き換えられていって、気づいたら周りの代理ボディが全員定型文しか喋らなくなっていって」
「そんなこともあったの?」
ここに来てから朝のスケジュールを教えてくれる機械音声を思い出す。味気なくて虚しい。あれに取り囲まれるのは怖い。
私だけじゃなく、大人組もげんなりした顔をしてる。
「神奈備の禁止事項は対人接触全部か? ココを部屋に入れてからの健康測定値どうなってる?」
「あ、あぁー……厳しいっすね。日に日に異常値増えてるし、ドリンクの含有薬剤量の上がり幅もエグいなこれ」
「これじゃあ私たちが動かなくても健康管理局の調査が入ったわね」
「短時間接触に区切って予防薬多めに入れたら食事くらい出来ないか?」
「うちで身柄確保してるんだから、医者巻き込んでセーフライン探して、健康管理局に結果流せばいいんじゃない?」
「やってみるか」
「食事が条件付きでもセーフに入れば、少しはいっしょに暮らしてる感も出ますよね」
「代理ボディで取った食事がリアルボディに反映されないのが代理ボディ最後の課題って言われてるくらいだもの。これだけはセーフに捩じ込みたいわ」
「最低限食事は勝ち取る。ってなると短時間接触可ってことだから、日中の勤務時間帯と就寝時は安全室隔離にすれば同居もギリいけないか?」
「あとは一日何時間の接触許可が貰えるか次第ね。短ければリビングでもリアルボディと代理ボディを時間によって使い分ける必要が出てくるかも」
大人たちがマトイの希望を叶えるために動き出すのを、私は勿論マトイもぽかんと口を開けて見ていた。
「なんか、すごいね」
「行動力……推進力っていうのか。出来ないものは出来ないんだって思ってたから」
「纏くん、ココちゃん、聞いてましたか?」
「はい」
「はい!」
タブレットを畳みながら佐藤さんが私たちの顔を覗き込んでくる。
「纏くんがやりたいことのうち、リアルボディで出来ることをまず増やしましょう。でもまだ出来ないことも多い。じゃあ残りは代理ボディを使っていきましょう。この活用方法でも、代理ボディは邪魔ですか?」
「邪魔じゃない、かも」
「纏くんの周りは、皆代理ボディの使い方が下手くそだったんです。でも纏くんか相手の片方はリアルボディでいいんですから、例えば一日交代にすれば代理ボディの嘘なんてあっという間に見抜けちゃいますよ」
「うん……、本当だ」
「でしょう?」
マトイが心から安堵したように力を抜いて笑って、それから深く肩を落としながら長く息を吐いた。
万感の思いが詰まったそれを吐き出したマトイは、なんだか泣きそうに見える。
「元々代理ボディはミナカミ博士が自身のアレルギー体質を乗り越えて、人と関わるために制作を始めたものでしょう。うまく使えば、纏くんにとって一番心強い味方になる筈よ」
「そうだよね。それから、世界中が大変な時期でも、皆が人と人が関わるのを諦めなかったから広まったんでしょ?」
「そうね。どんなときだって人と――――特に大事な人と関わるのって、絶対諦めたくないものね」
保護官さんの言葉に、加賀井さんがタブレットから顔を上げて「おい」と注意した。
それを意に介さないまま佐藤さんがあははと笑いながら、人差し指を立てて提案する。
「そんなに心強い味方なら、ココちゃんと今後もいっしょにいるための役にも立ってくれればいいんですけどね」
「ほんとー。あはは」
佐藤さんの話に暢気に笑ったのは私だけだった。
しんとなった室内に笑い声の余韻が響いて、その異様さに見回す。
加賀井さんが「やめとけ」と低く唸った。
加賀井さんと保護官さんの視線の先には、立ち上がったマトイ。
「そっか。代理ボディ……」
爛々とした目が大きく開かれていた。




