視界に優しさが溢れるように
扉を開けるとマトイのピンク色の髪しか目に入らなかった。
「マトイ、マトイ、マトイーーーー!!!!」
伏し目がちにしていたマトイが駆け寄る私を目にして、表情を劇的に変える。
眉を切なげに寄せて優しい目をしたマトイが、頬を和らげて椅子から前のめりに立ち上がりかけるのを見て、その首に腕を回すことしか考えられない。
なので私の両腕は思いっきり強化ガラスにぶち当たった。
「いぃったあぁぁぁ…………」
「ココ、大丈夫!?」
「ココちゃん落ち着いてっ」
肩までに及ぶ痺れと衝撃でガラスに凭れかかってぐったりする。
感動の再会が台無しだよ。
引っ込んだ涙が再来するような痛みに悔やんでいると、マトイの腕が目に入った。
ガラス越しにマトイが腕を広げてる。支えようとしてくれてるみたい。
焦った顔して私の顔を覗き込んできて、かーわいい。
「えへへ、マトイだー」
ふにゃっと笑って頬を寄せると、おでこをこつんとガラスに付けてくれた。
「気を付けてよね、ココ」
「うん。ごめんー、マトイ」
謝りながら指先でガラス越しの頬をなぞると、向こう側から手で包み込んでくれる。
熱は伝わらない。感触もない。
でも、マトイに触れられたところがあったかい。
「マトイ、熱下がった?」
「うん」
「もう痛くない? ご飯食べられた?」
「食べた。ココは?」
「食べたよ。昨日の夜のグラタンがおいしかったのが悔しい」
「グラタン……?」
マトイが久々に気持ちを読ませない表情を見せて、鸚鵡返しにする。
「マトイのほうには出てこなかった?」
「…………た、食べ物の名前には詳しくない」
すん、と面会室の温度が2、3度下がった。
「それは気付かなかったよ……。は、早く知ってたら、食べ物の名前当てクイズとかしたのにね」
「初めてココが勝てるゲームになったかもしれないな」
「ひどいっ。もっと色々試したら私が勝つゲームだってあるんだからね」
「ココが勝ったときの顔、見てみたかったな」
マトイの言葉に滲んだ諦念に、掛ける言葉が浮かばない。
私ももう一度マトイが勝って誇らしそうに笑うところが見たいって、声に出すことができない。
代わりに口を衝いた言葉に、私は即座に後悔した。
「……ガラス越しじゃなきゃ駄目なの? マトイ」
「……うん。ごめんココ。俺が、ごめん」
「違うの。謝らないで。会えて嬉しいの。嬉しいの」
涙声で否定してもなんの説得力もない。
マトイが宥めるように頭を撫でる仕草をしてくれる。心配そうな――――不安げな顔で。
撫でられてないのに、気持ちいい。
だから我慢しよう。ぐっと堪えて笑っていよう。マトイが安心していられるように。
私はぐちゃぐちゃっと自分の頭を自分で撫でた。そして口角を上げてみせる。
「ごめんね、もう大丈夫。弱音吐いちゃった」
「うん……」
「私、マトイと話したいこといっぱいあるんだよ」
「わかるよ。……座る?」
「うん。座る。椅子あったんだね、へへ、気が付かなかったよ」
私がいつの間にか跳ね飛ばしていた椅子は、保護官さんの手に収まっていた。
まったくもう、とでも言いたげなお姉さんらしい笑顔で椅子を引き渡して、肩にポンと手を乗せてくれる。
「話したいこと、たくさん話すのよ」
「うん。後悔しないようにするね」
マトイから目を離して、ようやく部屋の中の様子が目に入った。
ガラスのこっち側には保護官さんだけ。向こうには、あの日助けてくれた二人組の捜査官のお兄さんたち。
「あっ! マトイを助けてくれた捜査官さんだ。昨日はありがとうございました」
「いえいえ」
若いほうの捜査官さんがにかって笑って応えてくれた。
けれど、ふと気付く。
向こう側、会話がない。マトイはやり取りに顔を向けもしないし、軽口も叩かない。
マトイの目には、私しか映っていないみたい。
椅子を置いてマトイに目を向けると、ずっと私を目で追っていたマトイがにこっとした。
じゃあ、マトイは私がいなくなった後、何を見るの?
「マトイ、捜査官さんたちにありがとうした? 真夜中でも嫌な顔しないで駆けつけてくれたんだよ」
「えっ……」
私が腰を下ろす間にマトイは見る見る困った顔になって、視線をきょろきょろさせてから、慎重に捜査官さんたちのほうに首を回した。
顔を直視できないまま所在なさげに俯くマトイ。
どう見てもいい関係は築けてない。
それどころか、捜査官さんたちのマトイを見る目からは、ひどく距離を感じる。




