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いつか愛が届くように

 彼が、探るように目を細めて、慎重に私を見てから口を開く。


「もしかしてあなたは……マトイがご迷惑をお掛けしたお嬢さんですか?」


 私は、答えにくい問い掛けに口籠った。

 それは私のことだけど、でも――――違う。迷惑なんて掛けられてない。

 代わりに、出会った場面だけをつまびらかにした。

 

「私、白い猫でした。ピンクのリボンを付けた……」

「あのばか息子が……!」


 マトイのお父さんが顔をくしゃりと歪めて肩を震わせる。

 びくりとした私を遠ざけるように、保護官さんが間に割り込んだ。


「すみませんが神奈備かんなびさん、接触は控えていただきます」

「ああ……そうか。申し訳ない」


 彼は口惜しそうに俯いた。この諦めの表情の作り方は、マトイに似てる気がする。

 数歩離れた場所に立ち尽くしていた女の人が、近付いてきてマトイのお父さんの背を支えた。


「あの、職員さん。こちらを彼女に」


 話を聴いていたらしく、私の手から離れたスマホを保護官さんに渡そうとする。

 泣き腫らした顔の女の人……間違いなくマトイのお母さん。

 だって、食事会で見た顔と全然違って――――マトイにすごく似てる。

 日の光でピンクに光る髪も、猫のように品のよいつり目も、光彩の薄い色も。


「私が受け取ります。大事なものなんです」


 背中から顔を出した私に、保護官さんが気づかわしげな顔を向けた。


「ココちゃん、でも……」

「保護官さん。私、この二人に話したいことがあるんです。接触、ダメですか?」

「どうしても必要なの?」

「必要です。助けてほしいんです」


 私は、言われたばかりのフレーズを復唱した。

 同じことを口にした手前、保護官さんは断りにくいだろうなって策略して。

 案の定、葛藤した顔をしながらも半歩()けてくれた。


「面会時間、本当に始まるわよ」

「わかってます。でも、私に明日はないから今言わなきゃ」


 不安そうな顔でこちらを見てる二人に、私は手のひらを広げた。

 戸惑いながらもそこにスマホを乗せてくれる指先は、薄い布の手袋を嵌めていて私の手には触れないまま離れる。マトイの皮膚が弱いのは、遺伝なのかもしれない。


「拾ってくれてありがとうございます。マトイのお母さんで合ってますか?」

「ええ、そうです」


 お母さんの肩を、守るようにお父さんが引き寄せる。

 緊張が伝わる。


「マトイに、会えましたか?」

「はい。今さっき」

「よかった。マトイの願い事、一つ叶ったんですね」


 たったこれだけのことが19年間叶えられなかったと思うと胸が痛いけど、今は進歩を喜んだほうがいいんだと思う。

 マトイ、どう思ったかな。

 お父さんの顔は、ずっと見ていたもので合ってたんだよね。お母さんの顔は繋がりを感じさせて嬉しいんじゃないかな……。

 ほっとして顔を緩める私に、お父さんのほうが静かに問い掛ける。


「君はあの手紙のことも知っているのかな……?」

「一緒に考えました、マトイと」

「そうですか。マトイは、本当にずっとあんなことを考えていたんでしょうか」


 そんなの、マトイに会ったのなら、ちゃんと話して本人に訊けばすぐにわかることなのに。

 この親子はまだ足踏みを続けるつもりでいるのかな。家族の間での面会の内容が不安になっちゃうよ。


 顔に不愉快さが出た自覚はある。空気がピリッとした。


「いえ、失礼。あなたから、お話があるんでしたね」

「ううん。ちょっとがっかりしただけです。質問には答えます。私も伝えたいことですから」


 脳裏に映るマトイの部屋ルーム

 一文一文確認し合いながら手紙をしたためているときの、マトイの緊張をはらみながらも照れくさそうな笑顔。

 封をしながら唇を噛んでいた、マトイの恐れ。

 こんなに大切な記憶を口にしたくない気持ちと、是が非にでも突き付けたい想いが交錯する。


「マトイは最初、家族に対しての違和感をうまく言葉にできないって言っていました。だから、私の目からも見て欲しいって」

「違和感……ですか」

「ずっと寂しかったんです。でも家族が傍にいないのが当たり前過ぎて、自分の気持ちが正しいのか自信がなくて、口に出せなかったんですよ。そんなことってありますか? マトイには家族がいないわけじゃない。お互い歩み寄ればすぐに手が届く筈なのに」


 誰が見ても和気藹々(あいあい)とした、お互いを思い合う家族の会話を思い出す。

 あの中にいて、大きな隔絶を感じてしまうマトイが繊細すぎるのかもしれない。だけど、確かにマトイは助けを求めていたんだ。


「代理ボディのない世界で家族といっしょに居たいって、マトイ言ってた。どうなってもいいから人に触れたいって、マトイから聞きませんでしたか?」

「マトイは、私たちに申し訳ないとしか話してくれなかった」

「もう。マトイ、そういうとこなんだからね!」


 しゅんとして肩を落とすお父さんは、マトイに似て話し上手ではなさそうに見える。お食事会でも聞き役に徹していた。

 この家族の賑やか担当はお母さんと妹さん。

 今はお母さんは気落ちして声も出なさそうだけど、二人に視線を配ってから願いを伝える。

 落ち着いてからでいい。聞き入れてほしい。


「マトイが何を思い詰めてこんなことをしたのか……それを理解されない孤独が、一番の問題だと思うんです。言えないマトイもほんっとうにシャイで口下手で、もっと頑張って気持ちを言葉に出してよって思うんだけど。でもマトイの話、ちゃんと辛抱強く聞いてあげてください。言葉を尽くして、いっぱい話し合ってください。マトイが手を伸ばしてる先は、お父さんとお母さんと妹さん、あなたたちだから」


 一息で言い切って、さすがに苦しくて大きく息を吐く。

 さすがに一方的に言葉をぶつけすぎたかなって反省が忍び寄る。

 言いたいことがありすぎてもうまく伝えられないものだね。マトイのことばっかり責められないかも。

 顔を上げると、お父さんの思いの外静かな瞳に見詰められていた。


「私たちは、あなたに謝らなければならないと考えていた。息子が申し訳ない。してはいけないことをしてしまった。人を思いやり大事にできない子に育ってしまったのは私たちの責任だ――――と」

「そんな……!」

「しかし、あなたの話を伺うと、謝罪じゃなくお礼を言うべきなんだろうね」

「そう、そうしてください」

「息子を心から理解して、傍にいてくれてありがとう」


 ――――伝わった。

 安心感と寂寥せきりょうで、とうとう抱えきれなくなったものが零れ落ちる。


「うぅぅぅーーーー……マトイ、マトイのこと、よろしくお願いしますぅ。わ、わたしはもう傍にいられないから、抱きしめてあげられなくなるから。大好きなんです。気掛かりなんです。し、しあわせになって欲しいんです」


 子どもみたいに泣きじゃくって、ひくひくして喉の震えが止まらなくって、それでも他人に任せるしかないのが情けなくて、ぐちゃぐちゃになりながらも私は一度っきりのこの機会を逃せない。


「私、マトイに誘拐されて、辛かったことなんてひとつもないの」

「お嬢さんにそう言って貰える息子を、誇りに思うよ」


 温かく穏やかな声に、これでマトイの幸せの可能性が5ポイントくらいは上がったんじゃないかなって、そんなばかなことを思った。

 それと、残りの時間は全部、幸せの可能性を上げることだけに使いたいなって。

 ずっと隣で待っていてくれた女の人を思い出して、ようやく見上げる。


「保護官さん、さっきの答えなんですが」

「え? ああ、あれ? あなたから見た『今』がどう見えるかっていう……」

「私は気付いたんです。皆が努力して乗り越えてきたものの末に、『(未来)』があること。昔の人がそのとき望んだものと違っていても、昔の人の最善の結果が今なんだなって、素直に思えます。だから私たちは未来のために、やっぱり最善を尽くさなきゃいけないんだなって――――マトイの未来のこともです」


 三人の視線が私に集まるのを感じる。

 いつまでも泣いていられない。私にそんな贅沢な時間はない。


「マトイが今どんなにどん底でも、後悔しない未来を迎えられるように、力を貸してください」


 マトイの両親がしっかりと頷くのを見た。

 マトイ、この時代もそんなに悪くないかもしれないよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] そうですよね……ココちゃんは過去に帰れたとしても、ずーっとマトイさんのことが心配だし、幸せを願っていくと思うし……ずっと大好きなんだろうな(*'ω'*)
[良い点] ココちゃん無双!! これはココちゃんだからこそできた無双だな!! という……のはいっぱいあるんだけど (この後も) ここも大きなココちゃん無双かなと(´;ω;`) [一言] 「うぅぅぅー…
[一言] 良かった!マトイのご両親にマトイの本当の気持ちを伝えることができた。 ココちゃんかっこいいと思う。 大人にちゃんと言いたいことを伝えられて、彼女が愛されて育ったことも大きいのかも。きっと彼女…
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