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尽くしても守り抜くために

「間違いありません。俺が誘拐しました」


 その言葉に、取調室の空気が張り詰めた。

 炎症が抑えられても残る口腔内のただれと喉の痛みを堪えてでも、話さなければいけないことがある。

 明日のリミットを控えるココを、無事過去に送り返すことが出来るように。

 こほ、こほ、と喉の調子を整えながら、今朝のことを思い返した。





 途切れ途切れな意識の中で、ココが泣いていた。手を伸ばそうにもくるまれた毛布に阻まれて、そしてすぐに意識が落ち、また次の場面に移り変わっていった。

 運ばれて治療されたことは認識できている。

 そして、肌身離さず持っていた通信機を回収されたことも。


 目覚めたとき、点滴と呼吸補助器を付けられ、身体の至る所に保護シートを貼り付けられていたことには、さすがにドン引きした。どれだけ重症患者なんだ。

 幸い投与された抗アレルギー薬が効いて、全身の炎症も、喉の腫れもおさまっていた。

 併発していた感染症も珍しいものではなく、薬で抑え込まれている。

 熱や倦怠感は多少残るけど、動くのに支障をきたす程ではない。


 そこは病室だった。

 重度アレルギー体質対応病室――――大気中の抗原アレルゲンや微弱な病原体ヴァイラスにも耐えきれない、部屋(ルーム)外活動適応障害者のための病室で、つまり、俺のような人間のための部屋だ。

 過剰に清浄化された空気が常時換気されていて、洗浄室を通った代理ボディしか入室が許可されない。

 俺の部屋ルームも同じ構造ではあるけれど、いつ意識しても息苦しいものだと思う。


 朝から医師の診察を受けて、代理ボディ相手であればと面会の許可を貰った俺は、こちらから捜査官を呼び出した。





 話を戻そう。

 捜査官の苦虫を噛み潰した顔を見て、申し訳なく思う。

 二十代前半の姿の代理ボディを使っているけど、当人の年齢も似たり寄ったりだろう。補佐についた捜査官との話ぶりの中に、かわいがられている後輩感がビシビシ出ている。


 たかだか部屋ルーム使用人数虚偽申告の確認に来て、棟外に逃げられた挙句、誘拐の告白を受けるなんて思わないだろう。過去に実例はあるにしても。

 タブレットに無意味な命令を与え続ける指が、混乱を物語っている。

 正直、彼には同情する。


「……ど、ど…………どうしましょう、ね」

「アホ。動揺しないで具体的に聴取だ」

「えぇぇ? ……はい」


 案の定補佐のほうに小突かれている。


「えーっと、じゃあ、彼女をどこからどのように誘拐したんですか?」

「彼女の部屋から周囲の空間ごと借り受けました。彼女の部屋がどこにあるのかは、住所地としては知りません」

「んん?」

「彼女の存在する座標地を把握して置換する方法を取っています」


「彼女の手を引いて部屋ルームに連れ込んだとかそういう方法ではないってことですね? えっ、それって可能なのかな、えーっ……」

「事実として、あなた方が玄関戸を突破するまで、数年間に渡ってあの扉が開いていないことは開閉記録を見れば確認していただけるでしょう。窓からの出入りの記録が取れるかはわかりませんが、さすがにあんなところを活用したのは逃亡したときが始めてですよ」


 俺が語る傍らで調べたのだろう補佐が、タブレットを捜査官に向ける。

 事実確認が取れたのだろう。

 ひそひそと相談を始めたのを、他人事ひとごとのように眺める。


 ああ、ココがいないとつまらないな。

 俺が何を言っても戸惑うか、理解を諦めるだけで、会話している気がしない。


「どうでしょう。こういうことってあるんですかね?」

「大企業の大型輸送でたまに使われてる方法にそんなのがあったが、技術料がえらい高価だって話で、大して普及してないな。大富豪や政府が使ってる話は聞いたことあるが」

「それ、技術特許切れてるんでベースにさせてもらいました」


 口を挟むと、ぴたりとお喋りが止んだ。


「そんなことできたら天才だろうがよ」

「天才ですから。そういうわけで、今ここにいるのは彼女の意思ではないし、ここがどこなのかも彼女は知りません。彼女は被害者です。彼女を無事に元の場所に戻すことは、俺にしかできません。人道的見知から、協力していただけることを期待しています」


 交渉をしようとすると、どんどん高圧的になってしまう。

 捜査官は嫌な顔をして口を閉ざし、補佐役のほうが頭を掻きむしった。


「追加情報ですが、彼女、ココの周辺空間は明日夜に固定された後、元の場所に置換されます。固定の処理バッチは自動起動命令済みで再命令不可に設定したので止めることはできませんが、置換処理の最後のエンターは俺の入力待ちにしてあります」


 結局俺は冷徹な役のほうが向いているということなんだろう。

 ココといたときの自分が、融けるように消えていく。捜査官たちの警戒した目に、安堵さえする。


「エンターを押す許可を出すかどうか、早めに検討して回答してください」


 そして駄目押しをした。


「固定されたまま置換されないでいると、ココ、死にますよ」


 命を盾に、長年我慢を強いられてきたんだ。

 命を見捨てられない政府方針の使い方を、俺は間違えたりしない。

 ココは絶対に俺が帰す。


 残り、1日と6時間。

 最後にもう一度、ココの声が聴きたい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マトイさんは全ての罪を背負って、ココちゃんを無事過去に帰してあげようとしているんですね(;´・ω・)
[一言] 捜査官を脅しちゃ駄目でしょう、マトイくん……( ̄▽ ̄;) でも、マトイの頭の良さがココで相当露見することになりましたね。 でも少し、一人の捜査官にはほっこりしてしまいそうになりましたけれど…
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