愛の所以を疑わないように
「――――でね、私もサブリーダーのうちの一人なんだけど、リーダーって社会人で大人っぽくて。揉め事があったときも両方の言い分聞いてうまく解決してくれるし、偉ぶらないでギルドをまとめてくれてね、それで、こうやればいいんだよって教えてくれるの。もう、ステキーって感じで、みんなリーダーのこと大好きでね」
「へー……そう」
「なんか、マトイから訊いてきたのにつまんなさそうだね」
「リーダー以外の話がいい」
「えーっ。じゃあね、リーダー以外でいつも喋ってるのは、みんなを見守ってくれてる『まるジジ』さんっておじいちゃんと、学校行ってなくてゲーム内の出来事全部把握してる『メルメル』ちゃんと、お化粧品とアニメに詳しい大学生の『パンダ』さんと……」
なんで自分で歩いてるわけでもない私が、マトイの背中の上で喋り続けてるのかって?
それは、この気のない相槌を打つマトイから、頼まれちゃったからだよ。
私が誘拐されなかったら、あの日何をしていたのかを聞いてみたいって。
「そんなことが気になるの?」って訊いたら、「ココがどうやって生きてきたのか、俺は知らないから」と返された。
そういえば私も、マトイがどうやって生きてきたのかを知らない。
それで、歩く暇の慰めに話してみることにしたのだ。今はあの日、イベントがあった筈のゲームの話だよ。
「知らない人とばっかり、よくそんなに話せるね」
「会ったことはないけど、どうでもいい人じゃないんだよ。違う場所で違う生活の仕方をしてるけど、みんなの話聞いてるとね、バックボーンとか、これまでの経験とかがちゃんとあって、たまたま今ここで出会ったんだってことが伝わってくるの」
「ふうん?」
「結局相手は人なんだもん」
マトイが迷いなく踏み締める土の音を聴いていても、今の私には応援することしか出来ない。でもそういうものなんだって思う。
「顔を知らないだけで、毎日話聞いてるとね、応援したい、頑張って、って気持ちになるんだよ」
「そんなもの?」
「私、マトイとゲームの中で会ってたって、仲良くしてたって断言出来るもん」
えっへんと人の背中で威張ると、「ゲームの中で会ってもココはココなんだろうな」と返された。どういう意味?
「ココにとって、相手がリアルボディで目の前にいるかどうかは、そんなに重要じゃないんだな」
「うーん……。マトイと比べたら、そうなのかもね。勿論、こうやって背負ってもらったり、マトイに熱があるのに気付いたり、っていうのは面と向かってないとできないことだけどね」
背負われたままでぎゅーっと抱き着くと、マトイが口元をもにょもにょさせて、何かを振り払うように首を左右に振った。
そういう風に意識してるんだって行動されると、嬉しいを通り越して感動するね。
でもなぁ、こうやって密着するのが、マトイの体調悪化の原因なのかな。それならマトイのために、こんなことやめなきゃいけないんだけど……。
「ぎゅーってすると、マトイの具合悪化しちゃう?」
「しないよ、それくらいでは。部屋ではこんなに酷くなかったんだから、悪化分はココの影響じゃないよ」
「本当?」
「今あちこち赤くなってるのは、外気とか日光とかそっちが中心だろうね」
「じゃあもっと、面と向かってないとできないこと、してもいい?」
「は?」
首をぐーんと伸ばしてマトイの赤いほっぺに、「ちゅっ」とした。
ちゃんと音がなるように念入りにね。
「……俺の両手が塞がってるからって……」
「ふふふーん。頑張って歩いてくれてありがとうの気持ちだよ」
「いや、絶対仕返しだろこれ」
「仕返しされる自覚があるなら、甘んじてされておいたらいいと思うな」
けしし、と笑うとマトイに溜息を吐かれる。
でも、ちょっと嬉しいくせに。天邪鬼め。
ご機嫌で背に揺られていると、ふと、遠くの空に光る飛行体が目に入った。
「マトイ、あれ、なんだろ。ドローン?」
私の指の先を見上げたマトイが、慌てて木の下に入る。
「……小型飛行機か無人航空機か。気付いてくれてよかった。あれは地上撮影と映像解析、絶対にやってるな」
「それって、追手ってこと?」
「独居で申請されている部屋に二人の人間が居住してる疑いがあって監査に行ったら逃げられた。違反の恐れがあり、尚且つ、二人目の自由意思によるものか強制によるものか判断材料がない」
「全面的に私の意思なんだけどね」
「まあな。そして捜索中、棟外部で逃走中の不審人物の目撃情報があった」
「やっぱり結び付けられちゃうかな」
「当然。外部でのリアルボディによる活動は健康に害を及ぼす危険性があるため、国民の生命と健康維持に重大な関心を寄せる我が政府としては居場所を特定し保護する義務がある。うーん、完璧だな」
なぜかひとり感心したように何度も頷くマトイ。
でも私たちにとっては、追手が完璧じゃ困っちゃうんじゃない?
「政府がお仕事してるのはいいことだと思うけど、もうちょっとゆっくりでもよかったんだよ!?」
「やって欲しいことには二の足を踏むくせに、やらないで欲しいことには迅速なのが組織ってものだよ」
「そんな達観いやだよー――!!」
さすがに自重して囁き声で叫んだけど、嘆いてもどうにもならないことはわかってる。
「見つかったかもしれないから、またここから離れる?」
「そうだね。ただ、もう午後になってるし、そんなに遠くまで歩ける気はしないかな。今日は頭上を気にしないで休める場所が見つかったら、そこでじっとしていよう」
「うん。できれば廃屋とか、夜には人がいなくなる作業所とかが見つかるといいよね」
「この辺り、整備されてる感じがないから、持ち主が棟に移り住んだ結果、放棄された土地だと思うんだ。旧時代の建物がそのまま残っていることもある……といいな」
「日頃の行いと運のよさを信じるしかないよ」
飛行体が見えなくなるまで待機した私たちは、周囲を見回しながら進むことにした。
気が休まらないけど、今までハラハラするのと気を抜くのを繰り返してきたことのほうが油断といえばそのとおりだし、仕方がないね。
「今朝から追手にドキドキするのと、マトイにドキドキするのの繰り返しなんだけど、これって吊り橋効果に当たるのかな?」
「何を今更。そんな効果を心配しなくても、ココは立派なストックホルム症候群だから」
「えっ? 何の症候群?」
「何って……」
訊き返したそれにマトイが答える前に、ふと視界に異物を感じた。
明らかにプラスチックとか鉄板とかそういう類の――――。
「待って、マトイ。2時の方向に小屋を発見!」
「どこ?」
「あれ。木の間から少しだけ見えてるの、屋根だよね」
「……よく見えないな。ココが言うなら、そうなんだと思うけど」
マトイの同意は得られなかったけど、そうとしか思えない。
危険と休息、二つの可能性にそわそわしちゃう。気持ちが抑えられないよ。
「まだ遠いけど、どうしよう。人がいるかな……使えるかな?」
「どうだろう。潜んで様子を見に行く価値はあると思う」
マトイが頷いたので、慎重に小屋に近づいてみることになった。
そして結論から言えば――――私たちはようやく、腰を落ち着けることに成功したのだった。




