想いを立ち上がる縁と為すように
マトイの腕に力強く引き寄せられて、いつの間にか肩と肩がくっつき合ってる。
抱き合ってるような姿勢に、空いた口が塞がらない。
きっと私、今、マトイよりも真っ赤になってる。
視界の端で、首を傾けたマトイが低く頭を持ち上げる。マトイの動きに合わせて赤茶の髪がさらさらと首をくすぐって、もうどうしようもないよ。
いっぱいいっぱいな私の視界に、マトイの容のよい眉と赤い目が大きく映った瞬間、吐息の吐き出し先を失った。
全神経が口の中に集中してる。
くすぐられた上顎が一瞬で降参する。
伺いを立てるように舌をノックされて、それからすぐに絡めとられる。
何が起きてるのかわからない。
わわわわわ、と騒ぎ立てようとしたけれど、出すことができたのは鼻にかかったような甘い声だけだった。
「あっ……、んぅ……」
どう出したのかもわからないような、聞き覚えのない『女の人』の声。
脳内と表出とのあまりの差にびくっとして、今までどこに置いていたのかもわからない手でマトイを押しのけた。
「ひゃっ……ひやあぁぁぁぁぁっ」
自分の叫び声すら聴いていられなくて、両耳を塞ぐ。
ああっ、ほっぺたが熱い。口の中がまだおかしい。
それから、最後にふんわり残った唇のやわらかさが、何が起きたのかを私に訴え続けてくる。
「な、なんでこんなことするの?」
「……うーん……報復? ココが、触らなければよかったなんて酷いこと言うから」
「だ、だって」
「あと、あまりに容赦なくつついてくるから、俺も、手加減するの忘れたかなぁ」
「大事だよ! 手加減大事だよ。落とさないでちゃんと持っててよ」
「どうしようかな。このあと舌が炎症したら、今度はココのせいかもね」
べっ、と赤い舌を出して見せられて、私は思い出してしまう。
「ひど、ひど……だってマトイが、私は、だって…………」
大混乱で言い募る私の顎に、一人落ち着いた顔のマトイが人差し指を置いた。
「ココ、真っ赤」
ああああもう! いつもは自分がこうなってるくせに!
「ばかばかばか。マトイのばか!」
熱を出してるマトイに少しの遠慮もなく、胸をぱかぱか叩いてしまった。
マトイが安心したようにやわらかく笑って受け止めていて、私の不安もやわらいでいく。
こんなときばっかり大人みたいな顔をして、ひどいよ。
「さて。休憩もしたし、ゆっくりでも進むよ」
大きなマトイの手が、マトイを叩くのにグーにしていた私の手と手首を掴む。
そのまま私ごと緩慢に立ち上がって、流れるような動作で私を背負いあげた。
「ちょっとマトイ、さすがに自分で歩くよ! マトイが倒れちゃうよ」
「いいから。薬が効いてきたし、休み休み歩くからおとなしくしてて」
取り付く島もなく、マトイが歩き出す。
ふらつく様子はないけどきっと辛いのに、辛抱強く文句ひとつ言わない。
やせ我慢をしてくれるマトイのこと、もう頼りないだなんて思えないね。
ちょっと迂闊で、時々守ってあげたくなるけど、それだけじゃない。マトイは大事なときに私を守ってくれる力のある男の人なんだ。
だったら、私はマトイの無理を咎めるんじゃなくて、マトイの優しさに感謝して、甘えていいのかな。
「ねえ、薬って……」
「コーヒー味のドリンク。他の味は普通のドリンクなんだけど、あの味だけ、毎朝健康チェックと連動させて薬剤量の調整をかけててね。抗アレルギーとか抗炎症とかいろいろ薬効含んでるから、あれがある間はまあ、なんとかね」
「マトイがあの味ばっかり飲んでたのって、それでなんだね」
マトイ、最初の日に飲んでたドリンクはコーヒー色じゃなかった。
でもそれ以降にコーヒー以外を飲んでたのが思い出せないくらい、早いうちから兆しはあったんだ。
「普通に好きでもあるよ。ココがコーヒー苦手って言ってくれて助かったくらい」
「そっか。薬、ちゃんと効いてた? 苦しくなったり痒くなったりしなかった?」
「大丈夫。現代の薬は優秀だ。だからそんな薬で抑え込めることよりも、ココがいろんな経験をさせてくれることのほうが、俺にはずっと大事」
背中越しにも、マトイが高揚感で一歩一歩を踏み出してるのがわかるよ。
「そうだね。マトイは、どんな未来がくるってわかってても、私と関わるのを諦めたりは絶対しなかったね。捕まるってわかってても、帰る日を遠くに設定しちゃうくらいだもの」
「うん。ココも――――」
言葉を止めたマトイが、ぐっと奥歯を噛み締めてから言った。
「ココも、どんな未来が来るとしても、俺といるのを諦めないで欲しい」
マトイが切実な想いでいるのはわかってるけど、マトイの背中で、私はなんとも言えなくなる。
この道の先の未来って、どんな風だろう。
できればそんな決断を迫られないくらい、マトイにも、私にも、優しくあってほしいと思う。




