希望を語り合うように
日が高くなり、繋いだ手が汗ばんでくる。
辺りも、ビルの群れを抜けて暫く経った。
この辺は小規模な工業地帯じゃないかとマトイは言う。地下搬送の流通筒はあっても、地上のビルはない。
道路だった頃の名残がそこかしこに残されている。地面には雑草に抉られたアスファルトのなれの果てが転がっていて、時々足先に当たる。
電柱だったもの、塀だったものなんかを、指差しながら歩いた。
中には、看板であっただろうものも。
区画を区切って古めかしく会社名の看板が立てられているのって、未来からすると時代遅れなんだろうな。
私にとっては――――自分の時代の工場の在り方について詳しくなんてないんだけど、すごく納得の光景だよ。
「多分、代理ボディを使用して地上作業をしてるんだ。粉塵の多い作業とか、土と日光のほうが都合がいい農業や林業と結びついた産業は地上作業が多いって聞いたことがある」
「そっか。代理ボディなら普通に地上にいることもあるんだね」
「病原体の影響を受けないし、代理ボディは重量負荷のかかる作業にも向いてるからな」
「代理ボディの便利さが天井知らずだね」
「それは、せっかく乗り換えるなら便利な身体じゃないとね」
マトイが当然のように、少し誇った顔で笑う。
その表情、初めてじゃない!?
生き生きした顔には惹きつけられるけど、いやでも、冷静に考えてほしい。
その文明の利器、どうして今の私たちを少しも助けてくれていないわけ?
「そんな便利な代理ボディがある時代なのに、活用もできずに徒歩で逃げてる私たちって……」
「代理ボディじゃリアルボディを逃がすことはできないからなぁ……」
一瞬にしてマトイが萎んだ。
調子に乗るマトイも、謙虚に凹むマトイも、どっちの反応も平和でいとおしいよ。こうやって逃げてる最中だから余計にね。
「この3日間を無事に乗り切ったら俺、リアルボディを逃がせる装置を開発するよ、絶対」
「そうだね……今後こんな風に逃げることにならないのが一番だけどね」
「違いないな」
マトイが肩を震わせるようにして笑った。
いっしょに揺れる手から気持ちが伝わってくるのが嬉しくて、私も肩をくっつけて笑う。
手を繋いで笑い合っていると、ここが草むらの中なんかじゃないみたい。
マトイの部屋で昨日の朝みたいに、ただただ、じゃれ合ってるような気持ち。
「なんか、いいね。こういうの」
「ココ、なんて?」
先行するマトイが、きょとんと振り向いた。
聞き取れなかったのか、平静な様子のマトイ。
それがちょっと面白くなくて、マトイの耳に届くように声を張り上げる。
「マトイといっしょなら、逃げ回るのも悪くないなって言ったの!」
少し眠たげな薄い褐色の目が、二度瞬きをして、それから、ほころぶように緩んだ。
そんな反応されたら、何度でも言ってあげたくなる。
私も頬をとろっとろにして、そして――――
耳慣れない大声に、頬が凍った。
「どうした? 今日のバイトかー!?」
大人の男の人の野太い声。
叫んでる。怒気は籠ってないよ、朗らかで……。
でも、私たちは二人ともびくりと目を合わせた。
マトイがぎゅっと、手に力を入れる。肩が強張ってる。
身を低くして息を鎮める。
「あーーっと、そっちはフェンスの外だ! 集合場所はこっちにある。向こう回り込んだら開く場所があるんだけどなぁ、そこから見えるか?」
見えない。でも、この声、そんなに離れてない。
雑草で隠れちゃってるけど、多分フェンスが近いんだ。
敷地の入口と近いんだとすると……ここにいるの、まずい。
マトイがじりじりと、声から離れるほうに足を向ける。
葉擦れが目立たないように、少しずつ、少しずつ。
焦る間に、もう一つ人の気配が増えた。砂利を踏む音がはっきり聴こえる。
「どうした? バイトが迷ったのか?」
「ああ。向こうに地下通路からの古い出口が残ってるから、たまに迷い込む奴が出るんだよな」
「ふぅん。まだ来てないバイトは、えーっと、あと一人か」
「一人? 今、向こうに二人いたぜ」
「ええ!? じゃあ、他所のバイトか?」
「仕方ねえなぁ。おい! とりあえず迎えに行ってやるから、そこで待ってろ」
いい人なんだろうな。最悪の好意だよ。
声の主が動き出すのを見計らって、マトイが手を強く引くのに従い駆け出した。




