油断を誘うように
茶色のつり目に筋の通った鼻。
こういうのって猫顔っていうんじゃなかっただろうか。
それとも未来では別の言い方がトレンドだったりするのかな。
あまりの展開に現実逃避続行中の私です。
「どうする? それでも出て行く? 部屋の生体反応が増えたのにいつまでも登録しないでおくと確認が来るから、生命体コードは作ろうと思ってたんだ。君が条件を飲むなら、ドアを開けられる権限も付けてあげるよ」
薄く笑うマトイに、背筋がぞぞぞっと震える。
私の本能が言ってる。絶対にこの問い掛けに頷いちゃいけない。
ここが本当に未来なのかどうか、外がどうなってるのかは確認しなきゃいけないことだけど、今すぐ出て行ける権限なんかよりも身の安全のほうがずっと大事だよね。
「や、やめておくね」
「そう? じゃあ俺が作ったメイド用生命体ってことにして、制限つきの疑似生命体コード登録にしようかな。君、メイドとして働く?」
「さっき、好きに過ごしていいって言ったのに……」
「ふぅん。ただ飯食らいがいいなら別にそれでも。俺に責任があるし」
「そんな風に言われたらやらないなんて言えないじゃない。いいよ、やる。やるったら」
慌てて否定する私に、マトイが「へぇ」と笑った。
さっきも思ったけど、ようやく表情が変わったと思ったら、イケメンなのに笑っても怖いってどういうこと!?
「素直で結構。戻って続きも食べなよ」
「う、うん」
気圧されたまま、カウンターの椅子に戻された私は従順にストローを咥えた。それに気をよくしたのか、マトイが付け加える。
「一応、殺したりはしない予定だしさ。用事が終われば、帰してあげようとは思ってるから、無駄に足掻かないで。本当に無駄だから」
「大丈夫。言われたとおりにするね。外に出ないし、おとなしくする」
やっぱりこの人の機嫌は損ねちゃいけない。
私は意識して、にこっと笑い返した。
逃げ出すなら私がもっと状況を把握して、彼が油断したときだ。
それまでは無害で、できるだけマトイに気に入られるような……そんな私でいよう。
名付けて、『誘拐犯を刺激せずできるだけ仲良くして安全を確保しよう』作戦。長すぎる。
そうと決まれば。
本当はこの人に隣に立たれてること自体が怖いけど――――気持ちに蓋をして、無邪気を装ってパンに大口でかぶりつく。中の具からじゅわっと旨味が染み出してきた。
「あ、これおいしっ」
演技するまでもなく漏れ出した声に、こちらを見ているマトイが呆れたように言う。
「なんか能天気そうな子でよかった、コトコちゃん」
さすがに今の反応は自分でもどうかとは思ったけど、半笑いで名前呼びしてくるほど安心してくれたのなら何よりだ。
警戒されるより油断されていたい。
「ひどーい。私、ココって呼ばれてるよ。お兄さんもココでいいよ」
「ココね。お兄さんもマトイでいいよ」
「マトイね」
名前で呼び合えると、一歩前進って感じがするね。
マトイの表情は碌に変わらないけど、私の食事をずっと見てるところからして、私に興味か物珍しい気持ちを持ってくれてるのがわかる。退屈してるのかもしれない。
「ねえマトイ、そこの水槽、おっきいね。お魚が好きなの?」
「ああ……うん、まあ。生き物で許可されたのが魚だけだったから飼い始めたけど、飽きないし気に入ってる」
「そうなんだ。マトイは生き物が好きなんだね」
「そういう時期もあったっていうだけ。今は……別に好きでもないよ」
少し硬くなったマトイの表情に、慌てて他の話題を考える。
「そっか。もしかして今は――機械のほうが好き? さっきも何か見てたよね」
言いながら大画面を見ると、表示されてたはずの年表はすっかり消えていた。
「うん。機械は好きかな。思い通りに動くし、融通は利かないけど何だって創り出せるし」
「頭よさそうな発言! さすが未来の人だね」
「頭がいいからね」
「自信家過ぎる……。あ、じゃあもし出来たらなんだけど……」
スマホを奪われてないことを考えると期待薄だけど、私は一縷の望みに懸けて訊いた。
「あの、ね。ここ、電波繋がらないんだけど、スマホ使えるように出来たりしない?」
「……。常用の電波の種類が変わってるんだ。電波を合わせることは出来るけど、どうせ時代違うから誰とも連絡は取れないよ」
「そっかぁ。明日も一緒にお弁当食べる約束とか、お菓子持ち寄りして食べ比べる約束とか、いろいろあったんだけど、キャンセルできないね」
「心配するのってそんなとこなの? つまらない約束」
マトイがあまりに呆れた声を出すから、少しでも反応を引き出したくて、無邪気さをアピールしながら続ける。
「つまらなくないよ、友達との大事な約束なんだから。あ、アプリゲームのイベントの約束も」
「昔の人って変わってる」
「どんな付き合いでも、仲良くしてくれる相手って貴重なんだよ」




