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恐くても見極めるように


「ご、ごめんなさい」

「説明よりも先に、食事にしたら? 食べ物はこっち」


 すたすたと早歩きでキッチンスペースに向かう彼の姿は、細身だけどひょろひょろではない。ちゃんと男の人らしい体つきをしてる。

 私が力で対抗するのは無理そうだ。

 どうしよう、近付いちゃって大丈夫かな……。

 ドアノブを掴んだまま戸惑っていると、眉をひそめた彼にくいっと顎で呼ばれた。


 怒らないでよ!

 わかりました! わかりましたって!


 私はあっさりと従順になる道を選ぶ。

 この家で今のところふたりっきりなのに、この人を怒らせるなんて怖すぎる!

 私が追いつくのを確認して、彼がつるんと白い棚を開けた。ひんやりした冷気が飛び出す。これ冷蔵庫だ。


「ドリンクこれ、好きなの取って。あと栄養補助パンしか置いてないから、これ食べて。他に欲しいものがあったら買ってくれてもいい」


 私に話しかけてきてるのはわかるのに、話してても全然表情が動いてない。

 怒ってる? それとも自然体?

 感情の動きがよくわからない相手は怖い。

 早く傍から離れたくて、何でもいいやとパンとイチゴっぽい色のドリンクを取った。


 それから一歩後退(あとずさ)っちゃったのは気持ちの表れなんだけど……彼に気にした様子はない。

 神経質そうにドリンクの位置を指先で整えながら白い色のドリンクを一本取り出して、淡々とした顔で歩き出した。


「食べるのはここで」


 キッチンに繋がったカウンターに誘導されて、ひとつしかない椅子に座る。

 ドリンクとパンを置いたところで、途方に暮れた。これ、食べて大丈夫かな……。


 私の様子を見てどう思ったのか、彼が無言のまま自分の握ったドリンクの蓋にある出っ張りをピンっと上げて見せる。出てきたストローを、彼が立ったまま咥えた。

 真似して、ストローを出してみる。

 私が選んだんだし、同じものを飲んで危険ってことはないよね。

 ドリンクは思ったとおり、イチゴミルクの味がした。素朴な甘さにほっとする。


「……それで、ええと」


 言いよどむと、彼が言葉を繋いでくれた。


「ああ、説明ね。俺の名前はマトイ。君との関係性は、誘拐犯とその被害者」


 薄々わかってはいたけど、突き付けられるとショックが大きい。あと現実感がない。


「誘拐、したんですか。私、帰れないんですか?」

「攫った相手を帰す誘拐犯がいると思う?」

「思わない、けど……」

「だよね」


 淡々と返された。

 彼、マトイはカウンターに肘をついてキッチンのほうを向いている。


 どこの見ても余計なものの置かれてない、四角四面に整った室内。色はひたすらに白とブルー。

 住んでる人の心が荒れてると、部屋の中も荒れてるものだって聞いたことがある。

 それを考えると、理知的な横顔の印象も相まって、衝動的だったり暴力的な意図で誘拐をしたようには思えないんだよね。

 どちらかというと潔癖で、計画的な誘拐なんかじゃないかなって。


「君をこれからどうするかは、少し検討する。その間君がどう過ごしても構わないけど――――ああ、でもこの部屋ルームの中にはいてもらう。どうせどこにも行けないだろうけど」

「どういう意味?」


 ここは窓はないけど、造り自体は普通の部屋に見える。

 リビングから続く扉は3つ。寝室に続くものの他はリビングから続く廊下に付いていて、多分ユーティリティーかトイレに続く扉がひとつ。もうひとつは、いかにも玄関に続いていそう。


 私の視線の先を見て、マトイが実践とばかりに扉を開けて見せた。

 思ったとおりの玄関戸に釣られてふらふらと前室に踏み入れると、上から霧状の水が降ってくる。


「わっ。なにこれ!」

「特に害のない除菌剤だよ。そんなことより、見たかったのはこれだろ。外部接続のドアはこれだけだ。そしてこのドアは生命体コード(シリアル)を発行されていない生命体には反応しない」

生命体コード(シリアル)?」

「君は持っていないだろ」

「う、うん。お兄さんは持ってるの?」

「持ってる。当然開けられる。ただ、ドアから出られたとしても外は移動筒フロートラインにしか繋がってない。君は乗用銃弾フロートに乗って移動しないといけないけど、ここでも生命体コード(シリアル)が必要になる。俺の隙をついて外に出ても無駄っていうこと」


 意味のわからない単語の羅列。その中でも、この扉が私が想定してるような廊下や道路に繋がっていないことは理解できる。

 私は覚悟を決めて問い掛けた。


「ここ……どこですか? 私、どこにいるんですか?」

「君のいた時代の、ずっと未来だよ」

「うそ」

「君がどう思っても、俺は困らない。でも、君の常識はここでは通用しないと思うよ。外に出るなっていうのは君のためでもあるんだ。余計な面倒を見たくないだけで……正直俺は君がどこに出て行こうと、痛くもないからね」


 信じられない思いでまじまじとマトイを見つめるけど、その顔は冗談を言っているようには見えない。

 二の句の継げないまま私はぼんやりと、彼の髪は染物じゃないのかもしれないなと思った。

 灯りの下ではピンクに見えたけど光量を押さえると薄めの赤茶に見えるんだねっていう感想は、現実逃避に当たるのかな。当たるかもしれないね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 窓の代わりの水槽とか、「外部接続のドア」とか、外の様子がどういう状態なのかとても気になります。 マトイさんの話では未来ということだけど、きっと琴子ちゃんが元いた時代とは全然状況が違うもの…
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