甘酸っぱさに震えるように
そして迎えた夜。
私は仲良くなったマトイとぜひやりたいことがあった。
「腕枕! だよ!」
「腕は枕じゃないよ」
「切り返しがひどいいぃぃぃ」
マトイが時々披露してくるこのツンは、無意識なのかな!?
私じゃなかったらしょげてるところなんだからね!
「だってだって、マトイだいぶ私に触っても大丈夫になったでしょ? 私、一回体験してみたかったんだよね」
「何が楽しいのかわからない。ココがやりたいならいいけど」
またもや『けど』だけど、許可は得られた。
早速マトイに片腕を伸ばして寝てもらう。
ふふふ。昼間に指先で悪戯した右腕だよ。
「では、いざ!」
勇ましい掛け声をあげて潜り込んだ掛布の中で、いそいそと頭を腕に乗せる。
うーん。ここかな。なかなか安定しないな。
「ココ、そこに頭置かれると痛い。関節の上はやめて」
「えーっと、じゃあこっち? 違うなあ。こっちかな?」
あんまり腕の先のほうに乗せると、枕感が感じられない。
よじよじと動いて二の腕の上に頭を乗せると、顔の横はマトイの脇です。おやまあ。
「ちかっ」
「俺は気付いてた」
マトイが目も向けないで、呆れた声を出す。
いやまあ、これに関しては私が考えなしだったと言わざるを得ないね。
「んー、でもなんか温もりがいい感じ。愛情距離みたいな」
「いいの? その感想で」
「ふふふふふふふふ」
「こわっ」
なんだかマトイを独り占めしてる感に笑いが止まらなかったのである。
独り占め感もなにも、ここに来て以来ずーっとマトイの視線は私のものだけどね。
「なんか、くすぐったかったんだもーん」
止まないそわそわを散らそうと、あちこちに視線を向けると、マトイと目が合った。
「やだー、近すぎる。マトイこの距離で見ても顔がいい~」
「俺はココが正気かなって考えてるけどな」
状況のおかしさに身悶えするほどごきげんな私に対して、マトイの声は終始なげやりだ。
これじゃ駄目! テンションが通じ合ってないよ。
マトイにもこの楽しさ――――ううん、特別感、優越感、くすぐったさ、それから甘酸っぱさ。そんなものが伝わればいいのに。
むむむむ。そうだ!
私は指先の悪戯先をマトイのおへその横に決めて、弾くように突いた。
「うわっ!!」
「あ、マトイ脇腹弱いんだー。どこがくすぐったい? 上かなー下かなー」
最初に大声を上げたっきり、どこを突いても胴を捩るばっかりで黙っているマトイ。頑張るなぁ。
耐える顔を拝もうと顔を上げると、マトイが口に強く手を押し当てて真っ赤になっていた。耳の先まで震えてる。強く瞑った目尻が僅かに光ってる。
「そこまで頑張る!? 笑っちゃっていいんだよ、マトイ」
一番強く反応したところを両手で、「わっ」とくすぐると、堪えきれないマトイがぶはっとふき出した。
「や、やめ……ん、くる、し……」
身もだえして抵抗するマトイの反応が楽しい。くすぐる私の手は自力では止められず、マトイの両手で掴まれてようやく止めさせられてしまった。
腕を抜かれて頭がすこーんとベッドに落ちたよ。痛くなかったけど。
「ココ……、やったらやり返されるって、学んだよね?」
まだ息も整わずに赤い顔のままのマトイの、ゆっくりとした低温ボイスに、私はぎくりとした。
「ご、ごめんマトイ。調子に乗った。本当ごめんって」
「いいんだよココ。存分に笑って」
「きゃーーーーーーー! あは、あはははは」
掴まれていた手首が自由になったから、胸を押し返して抵抗してるけど、マトイ、容赦ない!
「やーっ、やーーーー! もうやめてえええ」
私は兄弟間でもくすぐったがりのほうなんだよ!
そう言いたくても声に出来ないまま、くすぐったさに耐えきれず足をバタつかせる。
もう駄目、笑いすぎて苦しい。顔がすっごく熱くなってる。
ひいひいしていると、ピタリとマトイの手が止まって離れていった。
私がやっちゃった時間よりもずっと短い。さすがマトイ、優しいんだから。
そう思いながら顔を向けると、マトイの澄んだ目と、かっちりと目が合った。
優しい目。だけど、少し困ったような顔。
今の今まで悪戯していた人の表情だとは思えないくらい。
「マトイ?」
不思議に思って目の前の頬に手を伸ばすと、届く前にマトイの手に遮られた。
「もう寝るよ、ココ」
「はぁい」
結局マトイには今日も背中を向けられてしまって、私の誘拐4日目は、もう誘拐の体をほとんどなくしたまま終わったのだった。




