触れるように、触れ過ぎないように
結局、暇は潰れなかったから、マトイの隣でそのまま画面を見続けた。
ココが見て面白いものはないと思うよと言われた通り、マトイが開く画面は英語の羅列や数式のやり取りばかりで、少しも理解できない。
意味のわからない画面。そわそわする環境。
だけど私は、ここから離れる気にはなれない。
頬の火照りを誤魔化すようにスマホを動かすと、充電マークが点滅しているのに気付いた。
示す意味は、わずかな猶予。
少しの間画面を見つめてから、諦めてスマホの電源を切った。
私の世界との繋がりを完全に失うのは怖い。
そう思いながらも、この行動こそが繋がりを完全に遮断しているとも言える。
マトイの腕が、空中に映写されたキーボードを叩いてる。
細身な印象だったけど、こうして近くで見ると、肘の関節がごつくて太い。そこから伸びる腕の先も、筋肉質で、しなやかで。
なんか不思議。同じ腕なのに、私のと全然違う。
マトイの腕の横に、同じように腕を伸ばして見比べると、マトイの視線がちらっと寄こされた。
「ねえマトイ、腕触ってもいい?」
「いいけど」
『けど』付きだって許可は許可だよね。
左腕をマトイの腕に並べたまま、右手でマトイの腕の血管をつうっとなぞってみる。
腕がびくっと跳ねた。
それだけで頬が躍る。反応が返ってくるのが気持ちよくて仕方ない。
これってやっぱり、アレなのかな。
マトイは流し目でちらりと腕を見て――――ああ! 違うの。色っぽくないほうの意味ね。
だからその、横目で見てね、マトイが私の腕に手を伸ばした。
つうっと、マトイの指に遅れて肌が粟立つ。ぞわぞわ感に殺される!
勿論、腕は即座に引っ込めた。
「わわわわっ」
これは駄目だよ。
どうしてさっきの私はこんなことやっちゃったんだろう。
「すっっっごく、くすぐったい!」
「でしょ」
「むう~、マトイのくせにぃ」
「ココは、やったことはやり返されるってことを覚えるべきだね」
勝ち誇ったようなマトイの顔が新鮮。
どきっとしたことにか、マトイに主導権を握られたことにか。どちらにせよ、私はムッとした仕草で立ち上がった。
「いいもーん。そんなことで勝ち誇られたって、くやしくないんだから! 私はたこ焼き作るけど、マトイ、興味ある?」
「あるよ。見る」
私がこんなにかわいくない態度なのに、マトイは全く張り合わない声で追随してくる。
その上で、しゅんとして顔を覗き込んできた。
「……そんなに嫌だった?」
マトイのおずおずとした問いかけに、んー、と天井を見上げて考える。
まさか、眉をへの字にして追いかけてくるなんて。
マトイの不安げな態度に、子ども染みた意地が萎んでゆく。
「んーん。そうでもないかも」
尖らせていた唇を半円に戻して、あっさり手のひらを返す私。
マトイはそんな私に少しも怒る顔をしないで、ほっとしたように肩を落とした。
「そっか」
落ち着かなさげな態度のマトイには、もう少しフォローが必要そうだね。
「嫌だったわけじゃないんだよ。マトイが自分から私に触れてきたことにびっくりして、どきどきしただけ」
「ドキドキしたんだ……。じゃあ、驚かせないように予告するから、また触ってもいい?」
「えっと……料理中じゃなければ、うん。いいよ」
意外なマトイの申し出に、動揺が顔に出てる気がする。
マトイ、私に触りたいの? なんで?
今日のマトイは、私の心臓に何か恨みでもあるの?
どういう顔をしていいのかわからなくて、責めるような目でマトイの顔を見る。
そうしたらね、マトイはうきうきと弾みそうにしてた。
なに、その春が来たみたいな顔!
「ありがと」
「うん、まあ、そうね。私ばっかり触ってたら不公平だもんね」
「それはどうかなあ」
「ってゆーか、マトイが悪いことしてないときには、そんなに私の顔色窺う必要なんて、ないんだからね」
注文しておいたタコを取り出しながら言うと、マトイがタコを受け取ってくれた。粉も、揚げ玉も持ってキッチンに向かってくれる。
手と手で物を受け渡せるようになるなんて、マトイの成長っぷりはすごいね。
感心していた私には、マトイの次の言葉は届かなかった。
「そうなんだ……。ココは、嫌じゃないのか」
手を開いたり閉じたり、にぎにぎしながら呟いたマトイの顔は、未来だけを見つめていた。




