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不意に恋に落ちないように

 動く髪の毛に引っ張られるようなかたちで、マトイがこわごわと顔を上げた。

 細身なマトイの喉は、近くで見ると案外太くて筋のラインがはっきりしていて、ちゃんと男の人なんだなって感じ。

 いつ日の光に当たったかわからないくらい白いけど。当たってないんだろうな。

 そうだ。髪の毛が大爆発しちゃったから、さすがに整えてあげよう。

 たまにはセットの感じを変えてみるのとか、どうかな。


「――――っていうか、人がおとなしくしてたら、何やってるのココ」


 マトイを鑑賞しながら、張りのあるピンクの髪をあれこれ弄っていると、さすがにマトイから声が掛かった。

 しまった。つい楽しくなっちゃったよ。


「へへへ。マトイのイメチェン、かな。こうやって、髪の毛に動きを出してセットしてみても似合うよ。分け目を変えてみるとか」

「興味ない」


 マトイの髪型は、洗いざらしでもデザイン性がある切り方で、身を飾ることに関心の低そうなマトイによく合ってる。


「でも、動きをつけるとぐっと活動的に見えるよ。マトイに取り入れていきたいのは内面も含めてこの方向なんじゃないかな」

「そんなに変わる?」

「変わる変わる。こういうのが印象に繋がるんだよ」


 明らかに信じてない顔のマトイには実物を見せたほうが早いかな。

 スマホのカバーに付いてる鏡で、マトイの顔を写して見せてみる。


「ほら。どう?」

「そんなに違いがわからない」

「えーっ? そっかなー?」


 むむ、手強い。マトイって関心のないことには観察力まで下がってそうだからなぁ。


「それに見た目にはちょっと手を掛けた感を出したほうが、人から話しかけられやすくなると思うな」

「そうなの?」

「外見から、人と関わろうって気持ちが見える人のほうが、拒絶される心配が少なくて、相手だって安心するじゃない?」

「そういうものか」


 マトイとはっきりと目が合う。

 実はマトイはこっちを見てるときでも、私の目をちゃんと見てないことが多い。口元とか喉のあたりとかを見てるんじゃないかな。

 そんな、面接官と目を合わせられない人のための面接技法みたいなこと、しないでほしいよ。

 ともかくマトイとせっかく視線があったんだから、有効活用したいよね。

 滅多にない機会に漏れ出す笑顔を堪えながら、マトイのほっぺを人差し指でツンとつつく。


「マトイはそのままでもカッコいいけど、絶対、もっとカッコよくなるよ。みんな、マトイが好きになっちゃうかも」


 視線が交差したままだから、表情まで全部見ちゃった。

 マトイが目を丸くして、次いで顔がパッと赤くなって、引き結ばれた唇がわなわなして、そして、恥ずかしそうに握りこぶしの甲を鼻に当てる。

 カタン、と何かが落ちて床にぶつかる音がした。

 まだ、視線は外れない。


「ココ、ちょっと近すぎるんじゃないの? なんで膝の上に座ってる?」

「んー。夢中で」


 言われてみれば、たしかにあり得ない近さだった。

 ソファーの上で抱き合う寸前。

 マトイ相手だから安心して近いてたけど、指摘されると急に客観的に見えてきた。

 やだやだ。さっきまで、マトイだって平然としてたのに、いきなり赤くなるから、私まで意識しちゃうじゃない。

 今でこの近さっていうことは、さっきまでマトイの頭抱えてたときって。

 深く考えてなかったけど、あれって、あれって――――


「猫の気分引きずってるだろ、ココ」


 恥ずかしさでいっぱいになった私は、茶化すようなマトイの言葉に、はっと我に返った。

 この流れに乗っからなきゃ!


「マトイの猫だよ。うにゃーん」

「やめろ」


 どうしよ。ふざけてみても、顔がすっごく熱いよ。

 マトイの両足を挟み込んでいた太ももの内側が、急にぷるぷると震える。さっきまで手をどこに付いてたのか、もうわからない。

 急にぎこちなくなって、マトイに変に思われてないかな。

 それどころか、もしかして赤くなったのも全部見られちゃってるんじゃない? 


「とりあえず戻りなよ」

「そ、そうだね」


 そう言ってマトイがぽんぽん叩いたのは、ソファーの座面。

 なるべく不自然にならないように横にずれて座ると、太ももはやっぱりマトイの太ももにぴったりくっついた。

 ここもここで近過ぎないかな!?

 並んだ太ももを見てると、生脚の太さが妙に気になってくる。

 なんでこのスカート、こんなに短いんだろう。

 足をもじもじさせて裾を引っ張っても、素足の面積は一向に減らない。

 さっきまで、どうやってここに座っていたのか、よくわからなくなった。


「あ」


 そんな中でマトイの声は、救世主みたいに聴こえた。

 勢いよく顔を上げると、交代にマトイが腰を折り、床に手を伸ばす。


「ココ、スマホ落としてる」


 マトイの大きな手の中にあるのは、疑いようもなく私のスマホだ。


「あ、ありがと。命と同じくらい大事なスマホ、落としちゃった」

「命と同じくらいって……そんなに大事なら、ちゃんと持ってろよ」

「そうだよね。ごめん」


 スマホはすぐに私の手の中に戻ってきたけど、私の動悸はいつまでも収まらなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 誘拐犯と被害者から、友人関係のように少しずつ距離が縮まってきたように感じていましたが、とうとう異性として意識するところまできたのでしょうか!?(*'ω'*)ワクワク
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