理解する道を選び取れるように
「俺、ココの息子が生まれてこないようにココを攫ったって言ってるのに……知りたいの?」
マトイがぽかんとした顔で、完全に作業の手を止めた。
あまりにも、まさか……って顔をされたから、もう一度考えてみる。
うーん。うーん。
「やっぱり知りたい。今のところ、私を誘拐したら息子くんが生まれてこないんじゃないかって仮説は、うまくいってないんでしょ」
「うん、まあ」
「全然何も変わらなかった?」
「そうだ。ココの息子の誕生年月日が変わってないか、経歴が変わってないか、代理ボディの第一人者、人格ソフトウェア化プログラムの開発者が別名義になっていないか――――全部見て、何も変わってなかった。ココ自身の情報も、辿れる範囲で確認したけど、事前に確認した内容から少しもずれてない」
「この誘拐、少しも実りがないね」
こういうことには抜け目なさそうなマトイのチェックに感心するやら呆れるやら。
ともかく、誘拐による変化が起きてないのは間違いなさそうだねとうんうん頷くと、マトイが理解出来ないものを見る目で見上げてきた。
「……ココ。自分の誘拐のことだけど、そんな反応でいいの?」
「私だってここまで振り回されてるんだから、ちょっとは意味があったと思いたかったんだけどな。がっかりだよ」
「ご、ごめん? あの後にもその手の論文は読み漁ったんだけど、やっぱり原因が特定出来なくて。行動前後の辻褄は合うから、俺の記憶ごと変わってるってことはさすがにないだろうし」
私の理不尽な文句に対してなぜか謝り始めるマトイを見て、私は確信した。
言葉を並び立てれば、マトイは言いくるめやすい相手だね。理屈が通ってなくても強気で押しちゃえ。
「っていうことはね、私の息子は生まれるよって前提で考えていかなきゃいけないわけでしょ」
「そう……なるよな」
「それでね。マトイはたくさん説明してくれたけどね、人格ソフトウェア化プログラムのこと」
「うん」
「私の未来の息子くんが人格ソフトウェア化プログラムを作ったんだよって言われても、私にはピンと来ないの」
正直、私は数学も科学も得意科目じゃない。そんな私の子どもが、未来を大きく変えるようなものを作るようなことがあるのかな?
そう伝えると、マトイは頭が痛いときみたいに、こめかみをグリグリと押す。
「まあ、作ったのがココの息子だっていうだけで、ココ本人ってわけじゃないからな。俺としてもココを見て、この親にしてこの子ありっていうような素質を感じるわけじゃないけど」
「でしょー」
「でも大層な天才だったらしいよ、ミナカミ博士は。他にも当時にしては画期的な発明をいくつも残してる」
「ミナカミ博士……?」
「ココの息子のこと」
「え? 苗字は、水上なの?」
マトイの説得に頭を働かせていた私は、思いもよらないことに追及の手を一旦取りやめた。
水上は、私の苗字だよ。
私がちゃんと結婚して子どもを産んでたら、私も子どもも別の苗字になっている筈だよね。夫婦別姓っていうのも聞いたことはあるけど、今のところ日本にはない制度だって習ってる。
それに私は、好きな人が出来るたびに相手の苗字と自分の名前を組み合わせてみちゃう平凡なタイプで……。
だから、今の苗字のままでずっと生きていきたいとも、思ってないよ。
そんな戸惑いが洗いざらい顔に出ちゃってたんだね。マトイにも少し遅れて、動揺が伝わったみたい。
「口を滑らせた。ごめん」
「ううん。私が知りたいって言ったんだもん」
「そうだけどな……、やめたほうがいいよ。こうやって自分の今後のこと、知りたくないことも目に入るかもしれない」
マトイは本当に、私を心配して止めてくれてるみたい。
この部屋の中で、未来のニュースも情勢も少しも私の耳に入ってこないのって、もしかしてずっとマトイが気を使ってたからなのかな。
「マトイの言うこと、わかるよ。暇つぶしで知りたがるようなことじゃないってことも」
「そうだよ。俺はもっと、他愛のない気分転換をしてもらおうと思っただけなのに」
マトイは嫌がってる。それは私への優しさでもあるんだよね。
だけど――――
「でもね、私にとって、大事なことだなって思っちゃったんだ」
「俺はそこまでココが知る必要はないと思う」
頑なな口調だけど、マトイの視線は迷うように地を這ってる。
「んー。私ね、マトイにとって人格ソフトウェア化プログラムが納得できないものだってことは、もうわかったの。でも本当の意味で、マトイと同じ気持ちにはなれてないと思うんだ」
「俺と同じ気持ちって、どういうこと」
「今のところ私の中では人格ソフトウェア化プログラムってね、便利だけど欠点もあって、なんで生み出されたのかよくわからないなって思うの。だから、こういう理由で――――経緯かな? こういう経緯で作りましたよって言われたら、もうちょっとくらいは代理ボディやプログラムのこと、わかるかもしれない」
「うーん……。知りたいの?」
もぞもぞと座る位置を直しながら、居心地悪そうにマトイが問う。
私は迷わず頷いた。
「それにね、息子っていう人に、共感出来るかもしれないって思ったの」
「共感されてもなぁ」
「だってマトイ、よく考えてみてよ。そんなよくわからないものを、将来作るのが私の息子なんだって言われたら――――どんな子が生まれてきちゃうんだろうって、怖くなっちゃうじゃない。それは困るよ」
私の訴えに、マトイが煮え切らない息を吐いた。
私だって、子どもを産むとか産まないとか、そんな話をしているの恥ずかしいんだからね。
まだまだそんな年齢じゃないのにさ。その上、話す相手がちょっと年上なだけの男の人なんだから。
でも私、マトイには言わなきゃ伝わらないと思うの。
私の視線に負けたように肩を落としたマトイが「ココに情報与えたのは失敗だったのかな」って呟いた。
「共感したら、ココは息子の肩を持つだろ」
「そのときになってみないと、わからないよ」
「息子に強く共感して、絶対に人格ソフトウェア化プログラムを作り出さなきゃって思われたりする危険を考えると、それ教えるのは俺にはリスクなんだけどな」
「でも逆に、絶対に在っちゃいけない! って思うかもしれないじゃない」
「そうかなぁ」
「私が知りたいのはね、知らないでいると少し怖いなって思うからだよ。中途半端に知るくらいなら、ちゃんと理解して自分で考えたいの。私の行動が影響しちゃうかもしれないなら尚更」
虹彩の薄いマトイの目を見据えながら、考えを言い切った。
マトイが迷った顔のまま、私に椅子を勧めた。




