人への興味はなくさないように
「ごちそうさま、マトイ。片付けは私がやるね」
「そう?」
「うんうん。ようやくそれらしい量になったね」
ここに来てから初めて、片付け甲斐がありそうな食器の山を前にして、私は腕まくりした。
昨日と今日の朝食の共通点は、コーヒー味のドリンクだけ。マトイが頑としてこれだけは飲むって譲らなかったから。
いいけどね、コーヒーは洋朝食に合いそうだし。私はまた新しい味を試したよ。
「あまりの仕事の少なさに、もう少しでマトイのメイドさんとしての自信が持てなくなるところだったよ」
設定を忘れていそうなマトイの前で、ふわっと一回転して、メイド服を見せつける。
この服を着ておいて、働きもしなかったらただのコスプレになっちゃうよね。そこ、正式に雇われてるんじゃないからどっちにせよコスプレとか言わない!
「じゃあ、今日の昼食分から、よさそうなものを選んで、二人分注文しておくのを仕事にすれば?」
「おーっ。それは責任重大だね」
「調理器具と材料、買ってもいいし」
「それもやってみたい! 今までもね、朝ご飯やお昼ご飯なら、家でときどき作ってたんだよ」
気軽にそう話すと、マトイから意外なお願いをされた。
「人が料理するところって、見たことないかも。見たい」
「えっ!? えーっとね……」
マトイの珍しくもキラキラと輝いた目に、いろんな意味でドギマギする。
待って! 料理が上手だとは言ってないからね!?
「いいよ。……でも、見られるのってドキドキする、かな」
えへへ、と笑いながら意見を述べても、マトイは期待を頬に乗せたまま。撤回しなさそうだ。
仕方ない。腹括ろう。
具体的には、うっかり指とか切らないように。
「じゃあお昼は、作るところを見ていて、楽しくなるようなメニューにするね」
「へえ。楽しみ」
マトイをわくわくさせた私は、マトイにとっての初めての調理見学という責任の重さにうんうんしながら、たこ焼きプレートをお取り寄せした。
タコは小さく切れればなんとかなるし、みじん切りや千切りが苦手でもたこ焼きのキャベツサイズなら誤魔化せる気がする。
すぐ来るかなと思ってお届け棚に向かうと、私より先にマトイが棚を開けた。
「先に注文したもの取っておかないと、次が来ないんだ」
「そうなんだね。何か頼んだの?」
「ちょっとね」
マトイが取り出したのは、片手で握れるくらいの小さな箱。
すぐに棚を閉めると、棚表面の表示が運搬中マークになる。もう少しかかりそうだね。
マトイは、一人掛けのソファー戻っていった。
何の気なしに手許を眺めていると、箱から取り出したのはシンプルなパッケージのチューブ。
蓋を開けて、無造作に腕に出しているのを見るに、保湿クリームかな。
「それにも未来の技術が使われてるの?」
「技術ってほど昔と変わってはいないはずだけど……。ああ、個々人の体質に合わせた成分になって届くくらいかな」
時間潰しに訊いただけだけど、マトイは相手をしてくれた。
「自分の肌に合うように判断して届けてくれるのなら、使い勝手よさそうだね」
「それでもたまに使用感が悪いとか、ガサつくとかいうことはあるけど、フィードバックすれば改善して再送してくるから、便利といえば便利」
話しながら腕にクリームを擦り込んでいくマトイは、合間にその手で、たくさんの項目の並んだ画面を操作している。忙しいことだね。
「ねえ、マトイ。それ私が塗ってあげよっか」
「はあ!? 自分でするよ」
「そう? 塗るのと読むので手が忙しそうだったから」
「だからって、人に塗られてる間に、集中して読めるとは思えない」
「それもそうだねぇ」
私が納得すると、会話が終わってしまった。
たこ焼きプレートはまだ来ない。
「でも、スキンシップの一環だと思えば、悪くないかもしれないよ」
「ないから。絶対やらないから。……っていうか、なに? 暇なの?」
「うん」
素直に頷いた私に、マトイが顔を上げて向き合ってくれる。
「ココ、普段空き時間になにしてたの?」
「スマホだよ。メールアプリしたり、電話したり、ゲームしたり。暇だって言ったら話に付き合ってくれる友達、そこそこいるよ。SNS上の友達やゲームのギルドメンバーも、顔出せば大抵誰かはいるから、時間あっという間に過ぎちゃう」
いつも心配なのはスマホのデータ残量と電池の減り方くらいだよ。
データ通信ができないのに肌身離さず持ち歩いてるスマホを、すかさず出して見せながら堂々と言うと、マトイがため息を吐いた。呆れたみたいにね。
「ココは徹底したコミュニケーション狂だな」
「だぁって、話したいこといっぱいあるんだよ。マトイは話したいことができたら、誰としゃべるの?」
「話したいことなんてできない」
「うそだぁ。昨日家族と食事行ったんだけどー、とか、誰々の新曲よすぎ、とか。なんか思っちゃったら、誰かに聞いてほしくなるよね、ね」
「なーらーなーい」
マトイの意地っ張り。絶対話したいときもあるはずだよね。
それとも、本当にないのかな?
「マトイこそ、暇なときなにしてるの?」
「マインスイーパーの早消し」
「は?」
「それか、新作ゲームの攻略作成」
マトイの趣味、取っ付きにくすぎ。
「……楽しいの?」
「そこそこ」
「ふうん。うん、それぞれ好きなことをやればいいよね、暇なときなんて」
「それで、ココにどうやって暇潰してもらうかだけど」
私の渾身のフォローは、一瞬でマトイに流された。
ここは未来なんだよね。やりたいこと、知りたいこと――――
「うーん。あ、私の息子って人のこと知りたいな。なんか開発とかしたくらいだから、紹介ページとか逸話とか、きっとあるよね」




