同情をし過ぎないように
帰り道、マトイがショッピング棟の食品街に寄ってくれた。
乗用銃弾で乗りつけも出来るし、歩いて回ることも出来る造りで便利そう。両側を道路に面した小規模な路面店といった風情で、気分はデパ地下だね。
しかもマトイは、「ココが食べたいもの買っていいよ」なんて言ってくれた。
神様、仏様、マトイ様! 拝んじゃう。
だって未来のごはんってどれもキラキラしてて、すっごくおいしそう。マトイにそう言うと、「調理後の保存技術が上がってるからじゃない?」だって。
こんなにおいしそうなものがたくさんあるのに、毎日パンとドリンクしか食べないマトイって、すっごく損してるんじゃない?
私の指摘にマトイが、「じゃあココが二人分見繕って。何日分買ってもいいから」と太っ腹なことを言ってくれたので、私の気になるものはすべてお買い上げになった。
買うついでに、お店の人が違和感を持ってくれないかなと思ってにゃーにゃー歌ってみたり、猫の手で商品を指差したりしてみたけど、悉くスルーされたよ。よく考えれば、猫の代理ボディが普通にあるくらいなんだから、中身が人間な猫には、みんな慣れっこだよね。
せっかくの人込みの中だけど、マトイに抱かれっぱなしの私には脱走する隙間さえ見当たらなかった。
買ったものでマトイの手が塞がるかなって思ったけど、そんな不合理を未来の人たちが残しておく筈がなかったね。商品はそのままお持ち帰りじゃなくて、流通筒を通して部屋まで届けてくれるんだって。
私は未来の人たちの運動不足が気になるよ。太っちゃいそうだよね。
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買い物の後、マトイが屋上公園に連れ出してくれた。「日光浴でもする?」というマトイの問いかけに、私が一も二もなく頷いたからである。
帯のように薄く雲が掛かった空の澄んだ色が心を落ち着かせてくれる。地上を覗き込みさえしなければ、ここが未来だなんて忘れてしまうくらい。
「ココは強心臓すぎる。何かするならせめてやる前に予告するとかさぁ」
『だってマトイもびっくりしないと不自然じゃない』
「俺だって驚いた演技くらい……」
『出来るの?』
「…………多分」
否定するときくらい演技力を見せてほしい。
ところで、私はマトイの膝の上です。羞恥心は消えつつある。女の子としてまずい。
『3年振りに家族に会ってみてさ、どうだった?』
私の問いかけに、マトイは空を見上げて、胸に大きく息を吸い込んだ。その息を言葉に変換出来ないまま、ふうっと喉を震わせる。
言葉を飲み込んだのも、隠せてないよ、マトイ。
「ココは……俺の家族を見てどう思った?」
マトイの、感情を隠すような硬質な声。マトイはよくこういう声を出す。
『見た目はびっくりしたけど、いい家族だなって思ったよ。思いやり合ってるし、お互いの好きなこととか、ちゃんとわかり合ってるよね』
「そっか。ココにはそう見えるんだ……」
マトイが残念そうな声を出す。私には、何かが見抜けなかったのかな?
『マトイは、そう思ってないの?』
膝に抱かれたまま、マトイを見上げる。マトイの薄い焙じ茶色の虹彩が、睫毛で陰った。落ち込んでるように見えるよ。
「あんな家族、って思って、ずっと会ってなかった。たまには顔を出せって誘われても、断って」
『家族のこと、嫌いだったの?』
「嫌いだった。でも久々に会って、――――思ったほど、嫌じゃなかった。むしろ、普通に……ちゃんと家族みたいだ」
『うんうん。私から見ても、ちゃんと家族だったよ』
マトイは、それが嫌なのかな。
「でも、本当の顔も知らないのに?」
『本当の顔って……もしかして、本当の身体の顔っていうこと? まさか、代理ボディでしか会ったことがないの!?』
「一度もない。その代理ボディも時々変わるから、待ち合わせて互いに確認を取らない限り自分の親にも気付けない。その辺ですれ違ってもわからないし、中身が入れ替わってたって気付くかどうか……」
『だって、今はともかく……小さい頃とかは? いっしょに住んでなかったの?』
「子どもの頃は部屋に両親の代理ボディあって毎日様子を見に来てたけど、それだって本当の顔かっていうと……」
生まれた子どもの部屋にさえ代理ボディを置いているのなら、本当の身体はどこで暮らしてるの?
そうしなきゃいけない理由があるの?
私には理解できない。
『覚えてないくらい小さい赤ちゃんのときなら、さすがにいっしょに暮してる、んだよね?』
「いや。幼い時期ほど免疫力が弱いから、乳幼児は隔離して育てられてる筈だ。日常の世話や授乳は子育て用ロボットがするけど、さすがに時間が許す範囲で両親どちらかの代理ボディが傍についてるのが一般的」
『家族なら多少菌が付いてたって同じ場所で暮らしたいって、私なら思うけどな……。マトイもそう思うの? マトイの違和感はさ、顔も知らないのに普通の家族みたいにしてるのはおかしいと思うってことだよね』
「病原体が付いてても構わない、とまでは言えない。でも、歴史を調べれば調べるほど、俺の家族は俺の思う家族の要件を満たしてないんじゃないかって思って。それが……それが、どうしても許せないと思った。理想通りじゃないと許せないなんて感情を持つのは幼稚で理不尽だってことはわかってる。でも……。久々に会ったら、気持ちが揺らいだけど……」
『うん』
相槌を打っていると、髪を指で梳かれた。――――違う。猫の頭を撫でられているんだ。
「代理ボディは便利だし、俺も毎日、人格ソフトウェア化プログラムの恩恵を受けてる。でも、代理ボディのせいで、昔から続いてきたいろんなかたちが揺らいで不自然になってるんじゃないか? どちらかしか選べないなら、俺は、代理ボディのない世界であの人たちと家族になりたい」
マトイはきっぱりと言い切ったけれど、そういう気持ちって理屈で説明するほど、実際のものから離れていくんじゃないかな。
マトイが感情を言葉に出来ないなら、私がしてあげる。
『マトイはさ、寂しいんだよね。家族が目の前にいないこととか、家族のことを当たり前に知れないこととか、そういうのがいやなんでしょ』
「そう、なのかな? そうかもしれない。言葉にできないのになんかいやだとかって、子どもじみてるけど」
子どもじみてるって思いながらも、マトイはそれがどうしても受け入れられなくて私を未来に連れて来ちゃったんだね。なんかいやだ、かぁ。
『マトイは、なんかいやだでやっちゃうことの規模が大きすぎるよ。私が言うのもおかしいけどさ』
「なんでだろう。出来るって思ったら我慢できなかった。ココには迷惑かけてるの、わかってるけど」
出来ると思ってやってみちゃうマトイは、本当に私もびっくりの計画性のなさだ。
マトイのやることは、年の割に幼いと思う。私も、もう高校生になったんだからもっと大人っぽくしないと、って言われながらも自分を曲げないでここまで来てるから、年相応にしなきゃ駄目だなんて言わないよ。
でも、私はマトイを許すよとも、やっぱり言えないんだよ。
スマホを握り締めるように――――今の私の手は猫の手だけど、ぎゅっと力を込めた。




