頼られたら受け止めるように
「ようこそご来店くださいました。お連れ様が左手側、五番目の間でお待ちでございます」
入るなり出迎えたのは、地味な色の着物に前掛けをした従業員。
「上着、お荷物等お預かりするものはございますか?」
「ない。ありがとう」
「ペット様はそのままお連れになりますか?」
「そう。……ああ、足元を歩かせたくないから、ペット用の台を用意してくれない?」
「かしこまりました」
和風の内装と従業員の恰好から考えて、メニューはきっと日本料理だね。懐石料理とかかな? 家族での食事会って考えると少し格式張ってる気もするけど、その辺は家族によるからなんとも言えない。
それにしても、ねぇ。未来に来てから初めて見る栄養食品以外の食事……私も食べたいなぁ。
猫の身ながら想像力で涎を飲み込んでいると、私がにゃあとも鳴かないうちに指定された部屋の前に着いた。
マトイが私に目配せしてから、手をかざす。その顔は少し強張っている。
目の前で和風の引き戸がささっとスライドした。
「お兄ちゃん遅ーいっ」
「マトイ、久々に顔を出したか」
「うん? 何を連れてるんだい?」
扉の向こうは、カオスでした。
向かって右に座っているのが、見た目60歳すぎで白髪のダンディなおじさん。
その向かいに、ヘアセットに気合の入った後毛長めなアイドル顔のお兄さん。
空席の正面には、黒に水色とオレンジのエクステの入った髪を高く結んだ、褐色の肌に外国人モデル顔の女の人。
三人ともどこにも似たところがない。家族だって言って紹介されなければ三人の関係性がわからないくらいに、ただひたすらに個性がぶつかり合って、まとまりなくガチャガチャと賑やかだ。
「まだ時間前だろ。久しぶり」
マトイは気まずさも戸惑いも感じたことがないような冷めた口調で応えて、迷いなく空席に着いた。
「お兄ちゃん、代理ボディの更新してなくない? 前会ったときと見た目いっしょ」
「カサネはまた推しキャラ変えたの?」
「いいでしょー。異世界騎士団ラララナイトの金の騎士、ランスロットだよ」
呼び方から推測すると、マトイより年上に見えるアイドル顔が妹さんなんだね。乙女ゲームの王子様とか騎士みたいな格好だし、これって好きなキャラの代理ボディで来てるってことだよね。つまり高度なコスプレかな。
ちょっとやってみたいって思っちゃった。
「母さんはまた、今はどこの仮想空間の音楽受け持ってるわけ?」
「アラビア方面の神話をモチーフに若々しく生命力のある仕上がりで、っていう発注なのよ。やっぱりかたちから入ったほうがいい曲書けるのよね」
そう話すモデル顔がお母さんってことは、ダンディがお父さんかな。お父さんがまだ一番違和感が少ないけど、マトイと妹さんのお父さんって考えると、ちょっとご年配。
マトイもピンク頭で俳優顔の、充分雰囲気のあるイケメンなのに、見た目で迫力負けしちゃってる。
「その猫は? ペットでも飼い始めたのかい?」
「ちょっと猫らしくない動きだな。中身は自作か?」
そんな観察をしながら柵付きの台に乗せられた私は、ダンディに猫らしくないと言われて、ピキッと固まった。
「子ども用支援型猫のソフトウェアの作成依頼が来たから、今開発途中なんだ」
「じゃあ猫らしさの追求より、人間らしい動きに寄せておいたほうが親近感を持たせられるな。母さんに鳴き声の合成お願いしたらどうだ?」
「やるかい?」
「いや、いい。納品は中身だけだから」
集中する視線に、私が動けず固まってると、マトイの手が私の背中に回った。
撫でてくれてる。マトイの体温にほっとして、その場で丸くなる。
「おや。猫殿は付き合いきれないとさ」
「お兄ちゃん、ねこちゃんなんでピンクのリボン付けてるの?」
「じょ、女児用の依頼だから」
「熱心に取り組むのは感心なことじゃないの。さ、滅多にない家族勢揃いだもの。近況を聞かせてちょうだい」
「そうだな。カサネは中学校で、吹奏楽をやっていると言っていたが、楽しく続けられているか?」
お父さんとお母さんの見た目の年齢差が激しくて、見てると混乱する。だからといって、マトイの困惑が外見のためだけだとは思えないよね。深く話していくと、決定的な違和感があったりするのかな? 優しいようでいてマトイだけ除け者にしているとか、意見を尊重しないで圧力を掛けてくるとか、気分にムラがあって暴力を振るってくるとか。
でも、私にはどれだけ気を付けて見守っていても、お父さんにもお母さんにもマトイへの愛があるように見えるよ。話してる内容もどこにでもあるような、子どもを優しく見守る親のもの。
困ったな。マトイが居心地悪く思うような違和感は、私にはわからない。マトイ自身も、そっけない対応をしてるけど家族を嫌ってるような素振りはないよね。
私、この家族からマトイの悩みの原因、本当に見つけ出せるのかな……。
正直、私がマトイに協力してるのなんて、マトイの希望が叶えば私の時代に帰してもらえるんじゃないかっていう打算と、どうせマトイと二人っきりでいなきゃいけないなら、気分よくいてくれたほうが安全性が上がりそうだっていう打算。それから、ちょっとのボランティア精神があるだけ。
私が考えてもマトイが過去を変えたい原因が見つからないなら、マトイががっかりして諦めるように仕向けることだって、出来るのかもしれない。
でもね。自分の今の状況、本当にわかってるのかって言われたら、ぐうの音も出ないんだけどさ――――思ってたよりも、マトイに感情移入しちゃう自分がいるんだ。
顔がいいからかな? ううん、それだけじゃない。
あの顔にしゅんとされたら心が疼くし、憎まれ口を叩く顔の造作のよさについつい絆されちゃうのは間違いないんだけど、それよりもね。
マトイがあまりにも素直に、私以外に頼れる相手がいないようなことを言ってくるから……、私以外に誰の影も見せないから、絶対にそんなの間違ってるけど、でも、マトイのことを助けてあげたいなって思っちゃう私がいる。
どんな理由であっても、助けたい相手を助けるのに全力を出さないなんて、そんなのいつか私が後悔するよね。
うん。じゃあ、積極的に行動してみないと!
今の私、ただの猫なんだし、きっと許されるよね。
不穏なものを感じたのかな? マトイがふっと不思議そうに振り向いた。
――――今だ!
用意された寝心地のいい台座から私は飛んだ。
小さな猫の身体を駆使して、その後ろ脚を最大限に伸ばして。どこまで飛んでも構わない。むしろ予想以上の距離を稼げたほうが都合がいいくらいだとさえ言える。
口をぽかんと開けたマトイと、遅れてこちらを向いたお父さんのまん丸に開かれた目が、どちらも同じ誠実な色をしているのがスローモーションのように見える。
私が目指すのは、こっち!
代理ボディは予想よりもずっとしなやかに言うことを聞いて、私はお父さんの肩にぶつかりながらもその腕の中へのダイブに成功した。
カシャン、からから、と床が鳴ったのは、お父さんの手からお箸が離れていったから。
『にゃあぁぁん』
すり寄るつもりはない。全身を伸ばし、不遜にも手でぱしぱしとお父さんの髪の毛を乱して見せる。
私の作戦はこうだ。
人の本性を見たいときにはわざと怒らせればいいっていう記者のインタビュー記事を読んだことがある。なるほど、嬉しいときには笑うだけでも、カッとなる場面での反応はひとそれぞれだし誤魔化しが効きにくいのかもね。
お父さんは降参するように両手を上げて天を仰いだ。
「きゃははっ、お父さん髪型おもしろーい」
「おっ。なかなかなじゃじゃ馬じゃないか」
「うーん。……マトイ、助けてくれないか?」
「何やってるの。ほら、おとなしくしてないとだめだろ」
我に返ったマトイに首根っこを掴まれて、ひょいと持ち上げられる。
「こんな悪戯っ子なプログラム、よく組んだな。子どもの遊び相手も兼ねてるのか」
「猫ちゃんかわいいねっ。うちでも飼おうよ、生身じゃなくても充分じゃない?」
「うん、こういうのなら飼えるなぁ。マトイの開発が完了して製品化するのが待ち遠しい」
マトイがジト目で非難してくるけど、私の心は決まった。
この人たち、裏表とかない。普通にいい人たちで、普通にいい家族だ。間違いない。




