居場所を見失わないように
『この時代には、どこもこんな風なの?』
私の動揺には気づかない風に、マトイが外を眺める。
「そうだね。ココの時代にはもう流行ってきてなかった? エコ信仰とか自然派嗜好とか」
『エコ、大事だって言ってるよ。自然を破壊しちゃだめだって』
「だよね。交通は移動筒が、物流は地下の流通筒が担うようになって、人間は地平面を自然に還すことにしたんだ。潜在自然植生を取り戻す、だったかな。野生動物生存数も随分伸びたって話」
『動物も、この下にいるんだね?』
「そう。下の階層の移動筒を使うときとか、時々見えるよ。あとは、限定的に人間領分に指定してる地上区域もあって、そういうところはフェンスで区切ってあるはず」
『こんな風になってるなんて、思わなかった……』
そう話す間にも、乗用銃弾は何度も移動筒で繋がったビルの中に入ってる。そして、次の隣接したビルに向かって、また移動筒に入る。
「期待外れだった? ココ」
きょとんとした声を出すマトイには、この気持ちはきっとわからない。
部屋の中にいるときまでは、変なことはいっぱいあっても不安ってわけじゃなかった。整然としているのも、発展して便利になっているのも、未来らしいなと思った。驚いたけど、ここは私のいる時代から繋がった先なんだって、感じていられたよ。
でもこれは、人間の居場所がなくなったみたい。
そんなインパクトがあるんだよ、マトイ。
『びっくりして、なんて言っていいかわからないよ』
「自然を楽しみたかったら、公園や釣り堀は俺の部屋のある棟にも作られてるよ。PH階では風に当たったり花火をしたりも出来る。代理ボディでの利用が推奨されてるけどね」
『PHって、屋上ってこと?』
「そう。ココ、自然が好きなの?」
『ううん。そんな風に考えたことなかった』
好き嫌いじゃなく、身近なものだったから。
「ならよかった。俺はそんなによさがわからないから。――――そろそろ目的の棟に着くよ。訊きたいことはある?」
話の転換に胸を撫で下ろしてしまった。
今日の主目的はお食事会だもんね。
『私が気を付けることはある?』
「俺の傍から離れて迷子にならないように」
『それなら出来るよ!』
胸を叩いて請け負うと、マトイが、はにかむように小さく笑った。
なにその顔、かわいくてカッコイイ。
私が動揺するのと同じタイミングで、乗用銃弾が車寄せに停止した。
何台か他にも止まっている乗用銃弾がある。一台ずつ動いて、立体駐車場みたいなところに吸い込まれていくみたい。
マトイの立ち上がる気配に、私は両手をマトイの肩に乗せるよ。いい子で抱き上げられてあげようってね。
乗用銃弾から降りると、改めて、たくさんの乗用銃弾が目に入った。
棟の中で思い思いの方向に飛んでいっているのに、ぶつかり合ったりしないのが不思議――――っていうか人間技じゃない。マトイも運転してなかったし、自動運転の未来のかたちってやつかな。
『乗用銃弾っていろんな色のがあるんだね』
「色ついてたほうが、遠目からわかりやすいから」
自転車や車とおんなじだね。
『私たちが乗ってきたのって、白と青の、水中みたいな模様?』
「そうだよ。俺の」
『マトイ、青が好きなんだね。部屋も白と青で統一されてるもん』
「それなりにね」
というか、もしかしたら海とか水中モチーフが好きなのかな? 自然に興味ないって言いながら、マトイの部屋にはアクアリウムがあるもんね。
マトイはあれも自然だってわかってるのかな。
そう考えながらマトイを見ると、マトイの視線はちょっと先を向いていた。
「ああ、今回は妹も来てるみたいだ」
『え、どこどこ?』
「今、収納されてる乗用銃弾、あいつがいつも使ってる柄」
マトイが身体の向きを変えて、私にも見やすいようにしてくれる。
『あの、ピンクに金色模様の? お姫様のドレスみたい! かっわいいね』
「あー……あれね。もういい加減模様変えればいいのにな」
『なんで?』
「似合わないから」
『それってひどくない?』
妹さん本人が気に入って使ってるかわいい柄をお兄ちゃんが貶すなんて信じられない。かわいいものを持ったり着たりするときって、勇気要るんだから。
似合わないって言われたら、二度と付けられなくなるくらい凹むんだからね。
マトイをジト目で見ても、マトイは私の方を見向きもしない。
「会ってみればわかるよ。多分今日もアレだから」
『あれ?』
ため息を吐くマトイに、私もおとなしく抱かれて扉を潜った。




