猫と子どもがじゃれ合うように
翌朝――――
いや、待って。ちょっと待って。聞いてほしい。
マトイは、「代理ボディは好きなのをレンタルさせてあげる」って言ってたよね?
じゃあ、なんで!
「にゃんことわんこしか選択肢がないってどういうこと!?」
私が猛抗議してるのに、なんとマトイはうるさいとばかりに手で片耳を覆ったよ。
ひどい! 意見を取り入れる気なんてないんだ。
「だから、ちゃんと種類は選ばせてあげるって。どっちがいい? 犬? 猫?」
「ちゃんと人間扱いしてよ!」
「ココに忠告されたから対策を考えたんだ。たしかに、ココに余計なこと話されると困るし。それにココ、この時代の人らしい振る舞い出来ないよね。それで疑われるのとか俺、いやなんだよね」
マトイに面倒くさそうに言われて、どうして私が引き下がると思うのか。
「仕方なくない? 私がこの時代の人らしくないのは、私のせいじゃないよね」
「それに、いきなり食事会に他人を連れて行ったら店側も両親も困ると思わない? よく考えればわかると思うんだけど」
マトイが明らかに私から顔ごと背けて、もごもごと言い訳を口にする。
「マトイ、絶対それ、昨日思いついてなかったよね? 行き当たりばったりだよね?」
「…………」
「大体、ペットって飲食店に入れるの? 私の時代には、衛生面からお断りされてるよ。盲導犬でもなければ、だけど」
私の口撃に、マトイが「うっ」と言葉に詰まる。
でもまたすぐに反論してきた。しかも今度は、やけくそな目で私のこと睨んで。
「じゃあ、本物の犬じゃなくて、アニマルセラピーや活動補助目的のペット用生命体の試作品を、犬型の代理ボディに詰めたって設定でいく。代理ボディなら動物でも飲食店可だから」
「ぐぬぬ。マトイ、なんとしてもそれで連れていく気だね?」
「そう。ココが諦めて。たった一人の同居人である俺と、険悪にならないようにしてるんだよね? 話し相手欲しいよね?」
マトイ汚い!
私が大人な態度で譲歩して、こんな状況でも仲良くしようとしてあげてるのを逆手にとって。
たしかに困るけど! マトイ怒らせたら、私が困るんだけど!
「……せめてにゃんこがいい! かわいい白猫にして!」
「りょーかい」
「首輪におっきいリボンつけてね。ピンクがいいな」
「そんな首輪つけた猫、俺の趣味で連れ歩いてると思われるの心外なんだけど」
マトイが本気で眉間をしわしわにしてるのを見て、私は奥の手に出ることにした。
両手を開いて、さっとマトイの両肩に乗せる。
「お互い、妥協しなきゃいけないところはあると思うよ、マトイ」
効果は抜群だ。
マトイがドン引いた顔で、出来るだけ私から離れようと背中を逸らせてる。
「ココ、ほんと逞しいんだよね。びっくりする」
「私も自分にびっくりだよ」
まさか私に、誘拐犯を脅す日がくるとは思わなかったよ。
――――違った。初日から脅してたんだった。
いつの間にか、私の心臓が鋼鉄の心臓になってる。
「それに私、なんかわかってきたんだけど。実はマトイって結構、計画荒いよね? あんまり後先考えてないよね?」
「言いたい放題かよ……」
「だってー、私の分のベッド、今になってもまだ用意されてないし」
「俺のベッド乗っ取っておいて、言う?」
心なしか青い顔をしたマトイの肩を両手で前後に動かすと、マトイは無抵抗で頭をぐらんぐらんさせる。
弱すぎ。
「触られるの苦手なの、すぐ私にばらしちゃうし。なのに私を自由に動き回らせて、こうやって脅されちゃうし」
「あーもう誤算だ。こんな子だったなんて」
「そしてそして更に、私を連れ歩くいい言い訳が思いつかないから、ペットに偽装する? 私は心配だよ、マトイ。もうほんとに穴抜け落ちてないんだよね? 大丈夫?」
「心配されなくてもうまくやるってば!」
語気の強いマトイに、思わず手の力を抜いちゃった。
マトイがささっと私の傍から逃げていく。
「ともかく。代理ボディは白猫でレンタルしたから。もう扉の外に配達されたって出てるから、ココは椅子に座って。もたもたしてると、外、案内する時間なくなるからな」
「ちょっ、外の世界は見せてくれるって約束だからね!?」
「わかったから、逆らわないで座って。ペットキャリーに入った代理ボディに接続されるけど、暴れないでよ。ココを接続したら、俺もすぐ代理ボディに入ってケース開けてあげるから」
「暴れないよ!」
昨日、マトイに代理ボディの紹介をしてもらったときと同じヘッドセットを置き渡されて――――手渡しではない――――、昨日座った椅子にどすっと座る。
接続は昨日と同じで、一瞬だった。妙に視界が低くて、狭い。キャリーの中かと当たりを付けてきょろきょろしていると、柵を開けた手に抱き上げられた。目線を上げると、ここ数日で見慣れた顔が。
「あれ? マトイ、代理ボディじゃないの?」
「これが俺の普段使いの代理ボディ。3年前から外見の更新さぼってるけど、そんなには変わらないんじゃないかな」
「言われてみれば、ちょっと若いかも。ってことはこのマトイ、私と同い年のときの見た目なんだ? かーわいいっ」
「やめて」
不機嫌そうに顔を背けたけれど、横顔すらもいつもよりも丸みを帯びて、皮膚が細やかで薄いのか頬もやわらかそうだ。声も少し高い気がする。
今日は楽しめそうだなと、私はそう思った。




