歩調を合わせるように
ヘッドセットを外すと、付けたときから少しも動かず、ずっとソファーに座っていたことに気付いた。
さっきまで手を繋いでいた筈のマトイが座っているソファーがやけに遠くに感じる。
「おっもしろかったぁ」
「まあ、気に入ってくれたのならよかったよ。この分なら明日も代理ボディに入ってもらってよさそうだね」
「うん? 明日も体験するの?」
「明日は体験じゃなく、本番。付き合ってもらいたい場所がある」
「もしかして外に出られるの!?」
「外って言うべきかは迷うところだけど、――部屋の外部ではあるか。だからといって、逃げられるとか期待はしないで。ココのリアルボディは部屋にあるんだっていうことは、意識しておいて」
「それでも嬉しいけど……でも、本当に大丈夫? マトイが捕まっちゃったら私も困ったことになるってわかってるけど、それでも他の人に会ったら……うーんと、言いにくいけど、いろんな可能性があるよね。私、そんなにマトイの信用勝ち取れてる?」
「対策は考える」
「うーん……いいのかなぁ」
「代理ボディは好きなのレンタルさせてあげるよ」
「マトイ、そんなに私を連れていきたい場所があるの?」
マトイしか私を私の時代に戻せないって言われても、マトイがそう言ってるだけで、確かめられたわけじゃない。もっと言えば、ここが未来だっていう情報にだって確証はないんだよ。
誰かに助けを求められるタイミングがあったら、状況次第ではそうしないとは言えない。警察官とか偉い人がマトイに命令して私を帰してくれるとか、そういうことがあるかもしれないよね。
明らかにリスクを増やすマトイの行動に首を傾げると、ソファに身を委ねたままのマトイが肩を落として小さくなった。
「明日、両親と食事会の約束がある」
「ご両親! いるよね、そうだよね」
「3年振りに会う。ずっと理由を付けて避けてきたけど……」
マトイが硬い表情でもごもごと言うのを見て、私は慎重になる。
「家族とうまくいってないの?」
「不仲なわけじゃない。ただ違和感があって、それが拭えなくて、うまく言えないまま、会いたくなくなった。そのあとから過去に干渉する研究をし始めて、今回成果が出たから……」
「もしかして、マトイが変えたい現状にはご両親のことが含まれる?」
時系列を見ると、マトイは家族に対して思うところがあって、過去を変えたくなったとしか思えない。
それは、この部屋から感じる静けさの印象とぴったり重なり合う。
マトイは、逡巡してから重たげに頭を縦に振った。
「わかった。それじゃあ私、会うよ。マトイの悩みはココに任せて」
安心させるように請け負ったけど、窺い見たマトイの表情は喜ぶでもなく曖昧で、まるで自分の未来を諦めてるみたい。
そんな顔すらも絵になるけど、さっきの話だとマトイは3年近くも望みを叶えるために研究を続けてきたことになる。
どうせならようやく得たチャンスを活かそうって、前向きな気持ちになってくれないものかな。
「いっしょに頑張ろ、マトイ」
「ふっ。いっしょに?」
マトイがばかにするように軽く笑った。
「いっしょに、だよ。マトイが頑張って、私も頑張るの。それにね――――未来の世界を見られるのは、少し楽しみ」
何年後の世界なのかはわからないけど、本当は私が見ることがないくらいの未来なんだろうな。
「見て楽しいかはわからないけど、ココが見たいなら支障のない範囲で解説くらいはしてあげるよ。屋内から出る予定はないけど」
「目的地、同じ建物の中かぁ。なーんだ」
がっかりした私の前で、マトイはあぐねるように首を捻った。
「いや。同じ建物では――――まあ、明日になればわかるよ。窓の外くらいは見せてあげられる」




