心に寄り添うように
「そんな目的に身体が使われるなんて考えたくもない。自分の身体が本当は自分の手元にないのかもって思うと、ぞっとするよな」
そう言って、マトイは手のひらを広げた。
私を呼んでる気がして近付くと、マトイが目線の高さを私に合わせてくれる。
広げられている手の内側に刻まれている皴は、多分マトイのものじゃない。この小さい女の子のすべすべした手のひらの皴が、私のものとは全く違うのと同じように。
「マトイ。もう一回マトイと手、繋いでもいい?」
ココが眉尻を下げてマトイを見上げて訊くと、マトイは薄い表情を怪訝そうなものに変える。
「なんで?」
「なんか怖くなっちゃった。人と手を繋いだらちょっと安心するでしょ」
「そう? 経験ないけど……別にいいよ」
開いたままの手を私の小さな手がぎゅっと握ると、マトイの指が軽く曲げられた。握り返してくれるでもなく、戸惑うように。
そのくせ代理ボディのマトイがすんとした顔をしているのは、きっと代理ボディが表情を作るのに向かないからじゃないよね。
マトイが気持ちを顔に出すのが苦手だから。本物も今少し冷たさの残る表情をしてるんだろうな。
私は――――せっかく手を握ったけど、よくよく触感を味わうとちょっと物足りない感じ。
「マトイの手、あったかいしちゃんと動いてるのがわかるけど、代理ボディだとあんまり……感覚がリアルじゃないね。マトイにとっては、本物と同じ?」
「そんなに変わらない。そもそも受容器を入れていれば、感覚を受け取るプロセスにリアルボディと代理ボディでそんなに差がない。代理ボディの感覚神経に与えられた電気信号と同じ刺激がリアルボディの脊髄に与えられることで、俺は手を握られてるように感じる。逆に、握り返そうとすると電気信号がリアルボディの運動神経に伝わる前に回収されて、代理ボディの運動神経に与えられる」
「電気信号? 人の中を電気が通るの?」
「ココはもうちょっと人体の勉強した方がいいんじゃない? 21世紀前半にだってこれくらい判明してたはずだよ」
「きっとこれから習うんだもん」
話しながらもマトイの指がぎこちなく動いて、ようやく手の甲に触れてくれる。
「私、マトイの話聞いて、――――代理ボディとそのプログラムがあることで人の意識が変わっちゃうって怖いなって思ったよ。でも、便利なこととか……多分代理ボディって、身体に障害がある人とかにはすごく使い勝手がよさそうだなって思うし、そういうのと天秤にかけると『人格ソフトウェア化プログラム』がよくないことなのかどうか、まだよくわかんない」
「それでいい。ココは。俺も『人格ソフトウェア化プログラム』の全部が全部悪いとは思わない。有益だと理解してる。わかってるんだ。でも、あまりにも――――俺にとって邪魔なんだ。ごめん。盛大に巻き込んでるのに、うまく伝えられない」
「ううん。マトイの持ってる違和感は私にもわかるの。なんとなくだけどね」
少しだけわかる。
少しだけわからない。
それでも出来るだけ、寄り添ってあげたいなって思う。
そんな気持ちで同意しながら笑いかけると、マトイがうっすらと笑い返してくれた。
その笑顔は、顔の造りを度外視して見てみるとひどく幼く見える。下手をすれば、私とそんなに変わらないんじゃないかと思うくらい。
「確認したことなかったけど、マトイって何歳なの? 何してる人?」
疑問をそのまま口にしてみたら、マトイの視線は繋いだ手に向けられていた。
しげしげと、穴が開きそうなほどじっくり見てる。
顔を上げたとき、マトイはすごく透明な表情をしていた。ここにいて私を見てるのに、心ここに在らずな顔。
「神奈備 纏、19歳。一番使ってる身分証は学生証と社員証。普段やってることは、学業と研究。収入源はソフトウェア開発と情報収集代理業とそれを体験型プログラムに落とし込むこと。趣味も同じ」
マトイは誘拐犯なのに、素性をあっさりと口にしてくれた。もう少し警戒してくれたっていい筈なんだけど、それよりも――――
「19歳! もっと大人に見えてたよ」
「スラブ系の遺伝子が少し入ってるから、純粋なアジア系遺伝子持ちよりは年上に見えるかもしれない」
「えっ。ハーフなの?」
「純日本人。他人種の遺伝子混ぜて遺伝的弱点を補うのが流行ってるんだ。髪なんて、親の趣味でこんな色になってるし」
「どうりでピンクだと」
日本人なら黒髪って時代は終わってたのか。そっか。
マトイはかなり女の子の好きなタイプのイケメンだと思ってたけど、遺伝子操作の影響でもあるのかもしれないね。髪の色を気軽に変えちゃうくらいだもん。顔を整えるくらいのことは、この時代の人ならやりそうだ。




