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1.魔法使いが消えた国


 スディール国の首都、ガッスール。その中央にある王の居城には、朝から異様な緊張感が満ちていた。


 円卓の最奥に座るのは、現王ルーカス。気の弱そうな丸顔いっぱいに不安を乗せ、先ほどからゆさゆさと体を揺らしている。その隣にはステファン王子が座ることがほとんどだが、今日は彼の姿はない。王が外せと彼に命じたのだ。


 ほかの重鎮たちの表情も一様に優れない。彼らの不安が円卓中に染み渡ったそのとき、じわりと円卓の内側の床に影が広がった。


 瞬きをした王がつぎにそこを見たとき、円卓の中央にはグレイフィールの姿があった。


「ぐ、グレイフィール様……! ハズレの森の魔法使い様!」


 椅子から転げ落ちそうになりながら、王が平伏する。ほかの大臣も次々続く中、当のグレイフィールだけが涼しい顔で周囲を一瞥した。


「話は手短だと助かる。王都の空気が、僕はあまり好きじゃない」


「は、はは~!」


 グレイフィールの言葉に、再び王たちが平伏する。――グレイフィールとしては、単に早く帰りたいからああ言ったまでで、ここまで低く出られると却って話がしづらい。


 どうやら人里をしばらく離れている間に、人間たちの世界で魔法使いの価値がまた上がったようだ。そのようにグレイフィールは納得をして、宙に浮かんだまま足を組み、何もない空間に座る。それから彼は、一枚の巻紙を取り出した。


彼女(セリーナ)のことで、話がしたい。僕にそう手紙を送ったな」


「は、はは~!」


 王が三度平伏する。いい加減しつこいな。そのようにグレイフィールが顔をしかめたとき、ひとりの文官がそろそろと王の隣ににじり寄る。


 王と同じく頭を深く下げてはいるが、こちらはもう少し骨がありそうだ。そう思って眺めていると、王が彼を紹介した。


「恐れながらグレイフィール様。ここにおりますのは、セリーナ嬢の父にして我が忠臣、ユークレヒト国務大臣でございます」


 予想通りの人物の登場に、グレイフィールは金色の瞳をすっと細める。それを好意的なものと受け取ったのか、ユークレヒトが狐のような笑みを浮かべて顔を上げた。


「カール・ユークレヒトと申します。ハズレの森の魔法使い様、あなた様にお会いでき、恐悦至極に存じます」


「なるほど」


 短く答えて、グレイフィールはユークレヒト大臣を観察した。抜け目のない、野心に満ちた顔をしている。おそらくグレイフィールがセリーナを攫ったことで、娘に何かしらの利用価値を見出し、喜び勇んで出てきたのだろう。


 この男がセリーナの自己評価を著しく下げた元凶か。そのように冷めた目を向けているとも知らず、ユークレヒトはにんまりと三日月型に唇を吊り上げた。


「セリーナに目をお掛けいただき、ありがとうございます。まさか、我が娘がグレイフィール様のお目に留まるとは……。父として、愛娘を誇らしく思います」


「要件は?」


 父親の声に媚びの色を感じ取り、グレイフィールはそっけなく問う。本心としては既に話を切り上げてハズレの森に帰りたかったが、そうしなかったのはせめてもの理性だ。だが、それが裏目に出た。ユークレヒト大臣は揉み手をして身を乗り出した。


「娘のことというのは他でもありません。娘に目を掛けていただいた御礼、さらには我が国とグレイフィール様のこれからの絆の証として、お贈り物をさせていただきたく思いまして」


「……は?」


 一瞬、本気で何を言われたのか分からなかった。目を瞬かせるグレイフィールの背後で、重い扉が開く音がする。そちらに目をやった彼は、いよいよ呆れて眉間にしわを寄せた。


 煌びやかな布や調度品、わかりやすく宝石をあしらった飾り物まで。いわゆる金銀財宝と言われるものたちが、控えていた従者たちによって恭しく部屋に運び入れられる。


「すべて一級品をご用意いたしました」


 恭しく胸に手をあて、ユークレヒト大臣が微笑む。隣で王も勢いよく頷いているから、ユークレヒト家からの贈り物というより、スディール国からの貢ぎ物なのだろう。


「どうぞ、お近づきのしるしにお納めください。そのうえでお願いがございます。どうか貴方様を、スディール国へお招きさせていただけないでしょうか。最上級の賓客として、おもてなしさせていただきます。もちろんお望みなら、我が娘も貴方様のお傍に置いていただければ」


 にこやかに告げる大臣に、いよいよ笑いが込み上げてきた。なるほど。娘と財宝をエサに、グレイフィールを吊ろうという心づもりらしい。


 随分と安く見られたものだ。自分も、彼女も。


 カッと怒りが全身を駆け巡る。怒りは力となり、グレイフィールを中心として突風のように円卓を吹き荒れた。


 王はその場にひっくり返り、ユークレヒトをはじめとするほかの大臣たちも殴られたようによろめく。突然のことに彼らが恐れ慄き、低頭する中、じわじわと影を地に這わせながらグレイフィールは地面に降り立つ。


 吹き荒れる魔力の風に髪を揺らし、グレイフィールは冷たく笑いかけた。


「忘れていた。僕は今日、これをお前たちに返しに来たんだった」


 翳した手の中から、封の空いた手紙がばさばさと落ちる。顔を真っ青にして座る込む大臣の手に届くよう、そのうちの一枚を軽く足で蹴ってやる。ひっと声を上げる大臣に、グレイフィールはますます笑みを深くした。


「この一か月、お前の家のハトが僕の屋敷に運んできたものだ。すべてセリーナ宛だが、悪いが中身は読ませてもらった。……実に見るに堪えない、醜悪な内容だったな。彼女を道具としか見ていない。なるほど、お前ほどデリカシーに欠けた人間であれば、うっかり僕に喧嘩を売るのも仕方がないのだろうな」


「ハズレの森の魔法使い様、どうぞ……! どうか我らをお許しください……!」


 どこかで何かを間違えた。そのことにようやく気づいたのか、顔面も蒼白に、ルーカス王が大臣を押しのけて懇願する。けれどもグレイフィールは、無情にも最大にして究極のカードを切った。


「第一王子の顔が見えないな。僕のセリーナの、元婚約者の」


 これ以上ないくらい血の気を引かせて、王がぴしりと凍り付いた。


 やはりな、とグレイフィールは薄い笑みを浮かべる。グレイフィールが攫ったことで、彼らのなかでセリーナは一躍重要人物となった。そして、そんな彼女を捨て別の女と婚約したステファン王子の立場は、逆にひどく微妙なものとなったのだろう。


 ハズレの森の魔法使いが目を掛ける女性を、邪険に扱ってしまった腫物王子。大方そういった評価を下され、今日この場にも顔を見せないよう王に下げられたのだろう。


 金色の瞳を細めて、グレイフィールは淡々と続けた。


「僕は憂う。スディール国と関わることで、彼女の心の傷が開いてしまうのではないか。王子に裏切られた傷が疼き、涙に暮れてしまうのではないか。……可哀そうに。僕の、可愛いセリーナ」


 しん、と水を打ったような静けさが円卓に満ちた。脅しは十分に効いたらしい。


 満足げに目を細め、グレイフィールは再び宙に浮かびあった。


「話は終わりだ、スディールの王。もう二度と彼女にかまうな」


 現れた時と同じく、グレイフィールが音もなくその場から消える。残されたルーカス王は、力なく床に膝をついたのだった。



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