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7.お祭り準備を手伝いました。



 魔術陣を描くのは、集中力と根気が求められた。


 一瞬で花びらに陣を描けるグレイフィールとは異なり、セリーナは地道に手描きで陣を描く必要がある。魔力が込められた専用のインクを用い、彼が描くのと同じ模様を丁寧に描けば、立派に魔法陣となるのである。


 つまりは丁寧に、お手本通りに描けば問題はないのだが、これがなかなか集中力を必要とするのだ。なにせ紙の花はインクを吸収しやすく、ちょっと気を抜けば途端に線が滲んでしまう。加えて魔術陣は複雑で、何度も同じものを描くのにはかなりの根気を要した。


 けれども、それらの作業は不思議とセリーナには苦ではなかった。


(できた……。これで15個)


 ふうとセリーナは息を吐いた。手描きのためスピードは遅いが、出来上がったものは我ながら線が綺麗に描けている。


「へえ。大したものだね」


 近くで作業をしていたグレイフィールが、いつの間にかセリーナの手元を覗き込んでいる。花を手にひとり眺めていたセリーナは、びくりと肩を揺らした。


「グレイフィール様! ……本当ですか? うまく、できてるでしょうか?」


「グレイでいいってば。うん。綺麗に描けてる。すごく上手」


 琥珀色の瞳でまっすぐ見つめながら、グレイフィールが頷く。大袈裟に言ったり、世辞を言ったりしているようには見えない。


(上手に……よかった)


 ほっとセリーナは息を吐く。魔法で魔法陣をたちどころに描いてしまうグレイフィールには遠く及ばないが、少しでも貢献できているのだとしたらとても嬉しい。


 それからもセリーナは、魔法陣を描き続けた。テムトの村の祭りは3日後。紙の花はどんどん増えていて、手を休めている暇はない。村にいるときは小屋の中で、屋敷に戻ってからも借りている部屋の中で、セリーナはこつこつと魔法陣を描いた。


 そうやって夢中になっていると、色んなことを忘れられた。ステファンのこと、マリナのこと。父のこと、グレイフィールのこと。これからどうすればいいのかわからない、宙ぶらりんな自分のこと。


 気づけばセリーナは、純粋に魔法陣を描くことに夢中になっていた。





「オ疲レサマデス、弟子サマ。休憩ニ、オ菓子ハイカガデスカ」


 今晩に祭りが迫る昼下がり、ルークが小屋を訪ねてきた。彼が持ってきたのは、小さな蒸し饅頭。口に放り込むと、優しい甘さが舌に広がった。


「孫娘ガ作リマシタ。オクチに合ッテヨカッタデス」


 セリーナが口元を綻ばせたのを見て、ルークは嬉しそうに頷いた。


 グレイフィールは今、ここにはいない。ほかにもテムトから頼まれごとを引き受けているのか、昼過ぎから彼は別のところへ行ってしまっていた。


 だから、ここにいるのはセリーナとルークだけだ。女と老うさぎ、ひとりと一匹が並んでお菓子を食べている姿は、いささか妙ちくりんだ。


 けれどもルークは、まったくもって気にした風もなく、温かい茶を飲んで息を吐いた。


「魔法使イサマト弟子サマニハ、心カラ感謝シテイマス。オカゲサマデ無事、空ニ花ヲトバセマス」


 背後の紙の花の山をちらりと見て、ルークは嬉しそうに目を細める。ほとんどの花に、魔法陣が描き終わっている。テムトたちは既に花を作るのはやめて別の作業に取り掛かっているから、セリーナの役目もじきに終わる。


 困ったように眉尻を下げて、セリーナは首を振った。


「感謝だなんて。ほとんどはグレイフィール様がしてくださったことです。私が魔法陣を描いたのは、ほんの一部で」


「ソンナコトハアリマセン。弟子サマモ、私タチノ恩人デス」


 セリーナの言葉を謙遜と受け取ったのか、ルークがぶんぶんと頭を振る。そのたびに長い耳が揺れて、セリーナはつい口元が緩んでしまう。


 紙の花に魔術陣を描いていたこの三日、セリーナは本当に楽しかったのだ。あんなに気に病んでいたステファンとの婚約破棄や自分のこれからについても、三日間は考えずに済んだ。もしかしたらグレイフィールは、それを見越してセリーナを手伝わせたのかもしれない。


 しかし、夢中になれた仕事もこれでおしまい。そのことをほんの少し寂しく思いつつ、セリーナはずっと気になっていたことを訊ねた。


「どうして、今年はこんなにお祭りに力を入れているんですか。月が綺麗な夜と言ったって、気合の入り方が尋常ではないような気がして」


 特に花の量。どんなに気合が入っていると言ったって、通常の年の2倍、下手したら3倍もの量を用意するのは普通ではない。


 そう思って尋ねたら、ルークがぴょこんと耳を動かした。しばらく考え込むようにぴょこぴょこ耳を動かしていた彼だったが、やがて前を向いてムズムズと鼻を動かした。


「ソレハネ、弟子サマ。夜空ニ浮カベル花ハ、遠クニ旅立ッタ友ヘノ手紙ナノデス」


 懐かしむように、ルークが天井を見上げる。おそらく彼の目は、天井のさらにその先、赤らみ始めた夕空に向けられている。それを眺めながら、彼は何を考えているのだろう。


「10年ニ一度ノ大満月ノ夜、天国ト地上ガ最モ近ヅキマス。ダカラ私タチテムトハ、花ニノセテ友ニ文ヲ送ルノデス」


「天国への手紙……」


 思わず繰り返したセリーナに、ルークは頷いた。


 10年前の大満月の夜は、生憎と雨が降った。その前の大満月も、空が深い雲に覆われた。セリーナの背に積まれた紙の花は、テムトたちの30年分の想いなのだ。


「友ニ伝エタイコト、タクサンアリマス。友ニ言イタイコト、タクサンアリマス。オ二人ノオカゲデ、ソレガ叶イマス。本当ニアリガトウゴザイマス」


 声に涙を滲ませ、老ウサギはセリーナを見上げた。


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