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3.魔法使いに救われました。



 セリーナは驚いていた。


 気が付いたら、グレイフィールが目の前にいたからだ。


「セリーナ……、本当によかった」


 セリーナを抱き寄せたまま、グレイフィールが安堵のため息を漏らす。……が、いまいち状況が分からない。


 目覚めてすぐは、正直、夢うつつ状態だった。夢の中、時の泉で出会ったもう一人のグレイフィールと、目の前のグレイフィール。二人の姿が重なって思わず手を伸ばした。けれども意識が覚醒してくると、自分がとんでもない一言を口滑らしてしまったことに気づく。


 おまけにこの体勢。セリーナを両腕に抱えたまま、グレイフィールは固く抱きしめて離れてくれない。さらりとした黒髪が頬にあたって、だんだんと顔に熱が集まるのを感じた。


「ぐ、グレイ様、あの……」


「…………」


 返事はない。代わりに、もっと強く抱きしめられた。


 色々と話さなければいけないことがあったはずだ。ステファン王子の陰謀のこと、聖女マリナの偽の神託のこと。水晶塔に起きた異変のこと、呑みこまれた人々のこと。


 何より、ネッドのこと。


 はっと我に返って、セリーナは慌ててグレイフィールの肩をゆすった。


「グレイ様! ネッドさんが……、ネッドさんが、襲撃で……!」


「だあぁぁああああ! とうちゃぁああああく!!」


 けれどもその時、聞き覚えのある声とともに水晶の壁に穴が開き、何者かが室内に飛び込んでくる。背の高さよりも長い巨大な鎌を持って登場したその人物に、今度こそセリーナは驚きのあまり一瞬言葉をなくした。


「……っ、ね……、ねっ…………!?」


「ずるいですよ、ネッド! 抜け駆けして先に行くなんて!」


 遅れて部屋に飛び込んできたリオが、相方を睨む。それでセリーナは、目の前にいるネッドが夢幻ではなく本物であることを知る。


 ぽかんと口を開いて呆けるセリーナに、ネッドがぱちんとウィンクを飛ばした。


「やっほー、セリーナちゃん!! さっきは驚かせちゃってごめんねっ☆ ってわけで、復活した俺っちが助けに来たよ!」


「助けも何もセリーナ様は既に無事ですし、ぜんぶグレイフィールが片付けたあとのようですが」


 冷静に室内を見渡してから、リオが肩を竦める。確かに聖女マリナは壁にぶつかって伸びたままだし、ステファン王子に至ってはいまだに水晶に取り込まれたままだ。


「これ、死んでないよね……?」と、恐々ネッドが、足元に埋まった王子を覗き込む。そんな、あまりにいつも通りすぎるネッドの姿に、セリーナは瞳が潤むのを感じた。


「ネッドさん……、よかった……っ」


「あ、あれ!? 泣くほど心配させちゃった!? って、ほかの二人が心配してくれなすぎるだけで、普通こうだよね。うーん、なんか新鮮」


 ぎょっとしたようにネッドが目を瞠るが、すぐに思い返したように首を振る。それから困ったように頬を掻きながら、ネッドは微笑んだ。


「心配してくれてありがと。そんで、危険な目に合わせちゃってごめんね」


「いえ。いえ……!」


 滲んだ涙を拭いながら、セリーナは何度も頷く。ステファンに刺されて動かなくなったネッドを見たとき、本当に彼が死んでしまったと思ったのだ。こうしてまた会うことが出来て、心から嬉しい。それだけだった。


 ――が。それまでセリーナを抱きしめたまま微動だにしなかったグレイフィールが、不意に体を起こした。そして、寸分の隙もなく整った完璧な顔にむすりと不服の表情を浮かべて、ずいとセリーナを覗き込んだ。


「セリーナ、僕は? 僕のことも心配してくれた?」


「あ、あの……?」


「僕もウィーネの涙で、よくわかんない魔術に襲われた。なんだか冷たかったし、びしょ濡れにもなった。僕のことも、たくさん心配してくれる?」


「……うっわー、大人げねえ」


「……びしょ濡れも何も、あなた術式を倒して直後には乾いてたじゃないですか……」


 呆れた顔で、弟子二人がひそひそと囁く。それをものとはせず、グレイフィールは尚もセリーナに迫った。


「僕はセリーナのこと、たくさん心配したよ。君が攫われたと知ったときは息が止まるかと思ったし、水晶塔の仕業と知ったときは、こんな塔壊しちゃおうかと思った。まさか君が、水晶に取り込まれていたなんて。連中を塔ごと粉々にしなくて本当によかった」


「ぐ、グレイ様、あの、落ち着いてください……?」


 なんだか、グレイフィールの目が据わっている。いまの彼なら、本当に水晶塔を粉々にするかもしれない。いや、確実にする。師匠のあらたな一面を知った瞬間だった。


 ――とその時、部屋の隅でくぐもった呻き声が聞こえた。


 話し声で目覚めたのだろう。倒れていたはずのマリナが、杖を手にふらふらと立ち上がるところだった。


「……なんで、どうしてよ。どうして、私ばっかり不幸なの」


 よろめきながら、マリナが低く呟く。そこに、かつて太陽のような笑みを浮かべていた、明るく天真爛漫な少女の姿はない。すっかりぼろぼろになった惨めな姿で、マリナはセリーナに掴みかからん勢いで食って掛かった。


「お嬢様に生まれて、何不自由なく生きてきたくせに、今度は、最強の魔術師に愛されてるっていうの!? 不公平すぎるよ! なんで、セリーナさんばっかり幸せなの!? なんで私は、いつまで経っても辛くて苦しいままなの!?」


「マリナさ……!」


「うるさいな」


「っ、ひぐっ!?!?」


 何らかの魔術を使おうとしたマリナを、セリーナは止めようとした。けれども一瞬遅く、グレイフィールが動いた。否、正確には彼は、ちらりとマリナに視線を送っただけだ。それだけで、マリナはつぶれたカエルのような声を上げて、地面にばたりと倒れた。


 何か見えざる手が、みしみしとマリナを押さえつけているのがわかる。その証拠に、ぱきぱきと音を立ててマリナを中心とした円の形に水晶にヒビが入り、少しずつ沈んでいく。


 声も出せないよう、塞がれているのだろう。恐怖に目を見開き、涙でぐちゃぐちゃになった顔で必死に助けを乞うマリナを見下ろし、グレイフィールは淡々と告げた。


「ハズレの森の魔法使いに喧嘩を売って、まだ息があることを喜ぶべきだ。僕はセリーナを怖がらせたくない。ゆえに、()()()()()()()()()()者に本気をぶつけはしない。けど、君が諦めないというなら話は別だ」


 ゆらりと、グレイフィールの周りで黒い影が蠢く。その中で、金色の瞳だけをどこまでも鋭く輝かせながら、最強の魔術師は宣告した。


「お望みなら、ここで殺してやろうか」


「―――――-それには及ばない。水晶塔の始末は、水晶塔がつける」


 新たな声が響き、先ほどグレイフィールが霧散させた水晶台の欠片たちが一か所に固まった。一際輝いてから、そこに人が現れる。スキンヘッドに、前合わせの不思議な装束。その人物は、セリーナも知っている。


「……カルヴァス。やっと起きたんだ」


「ひさしぶりだな、ハズレの森の。もっとも、瞑想に入ってからどれほどの時間が過ぎたのか、私はまだ正確に把握をし切れていないが」


 わずかに非難するような眼差しを向けるグレイフィールに、三大魔法使いの最後、水晶塔の賢人カルヴァスが頷く。そうやって彼は、体を慣らすようにゆっくりと歩を進めると、完全に戦意を喪失して震えるマリナを見下ろした。


「ひっ」と悲鳴を上げるマリナに、カルヴァスは悲しげに目を細めた。


「これが今代の聖女か。なるほど、ますます質が落ちている。召喚の儀を行った、我ら水晶塔の魔術師どもの質の低下が、こういった不出来を招き寄せるのだろう」


「どうするの。そこで気を失っている王子だのなんだの巻き込んで、色々とやらかしてくれたんだけど」


「たやすいこと」


 砥がれた刃のような鋭い面差しにわずかに笑みを乗せ、カルヴァスが魔術陣を展開する。恐がるマリナが逃げようとしたが遅かった。カルヴァスが手を合わせると同時に魔術陣がまばゆき、マリナの身体が強い光に包まれた。


「いや!! たすけ――――」


 声は途切れた。マリナの姿は消え、後にはヒビの入った地面だけが残る。


 セリーナは呆気にとられ、リオとネッドは顔を見合わせる。そんな中、グレイフィールだけが冷静に、小首を傾げてカルヴァスを見た。


「聖女の色が消えた。この世界から追放したの?」


「もといた世界に戻した。あの小娘に、聖女の役割は重すぎたのだ」


「物足りないんだけど。僕は色々と、あの娘に仕置きをしたい気分だったのに」


「そう言うな。戻したといっても、どの時空の、どの場所に戻すかまでは責任が取れない。せいぜい身の安全が保障できる場所に出現できたことを、祈ってやろうではないか」


 不満そうに眉根を寄せるグレイフィールに、カルヴァスが軽く首を振る。


 たしか、以前マリナが話していた。マリナが元いた国は文明が発達していて、とても快適で安全だった。けれども彼女のいた世界すべてがそうかと言えば、当然そんなことはなかったという。……元の世界で、マリナが無事だといいけれど。そんなことをセリーナは思った。


 凝り固まった体をほぐすように、カルヴァスが肩を持ち上げ、すとんと落とす。何度かそれを繰り返してから、水晶塔の賢人はため息交じりに荒れた室内を――とりわけ、水晶に埋まったまま目を回しているステファン王子に目を向けた。


「さて、ハズレの森の。目覚めて早々、私はさっそく大仕事を抱えてしまった。用が済んだなら、森に帰るがいい。茶の一杯くらいなら、出してやる時間もあるやもしれないが」


「いらない。僕だって、来たくてここに来たわけじゃない」


 セリーナを腕に抱えたまま、グレイフィールがふわりとローブをはためかせて踵を返す。その後ろをリオとネッドがついていこうとしたその時、カルヴァスがグレイフィールを呼び止めた。


「見ないうちに、少しはマシな顔になったな」


 足を止めて振り返ったグレイフィールに、カルヴァスが興味深そうに首を傾げる。不思議そうな眼差しがグレイフィールの顔を離れ、セリーナのところで止まった。


「何か、心境の変化でもあったか」


「大いにね」


 ほんの少しだけ、グレイフィールが表情を緩める。その隙に、リオとネッドがグレイフィールのローブを摑む。弟子二人がぴたりと寄り添ったのを確認してから、グレイフィールは転移魔術を展開した。



 そうやって、彼らはハズレの森へと帰っていった。




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