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∞ー3



 グレイフィールは、シンシアと仲良くなった。もしかしたら()()の多いシンシアにとって、グレイフィールは子分その3ぐらいだったかもしれない。けれども、グレイフィールにとってのシンシアは、間違いなく特別だった。


 それだけじゃない。シンシアを皮切りに、ほかの子供たちとも打ち解けることができた。


 相変わらずシンシアはグレイフィールをライバル視してくる。それでもグレイフィールがけろりとしていると、左右の靴紐を結び付けたりココアに塩をまぜたりと地味な意地悪をしかけてくる始末だ。


 それでも彼は幸せだった。以前よりずっとずっと、幸せだった。




 月日は流れた。上の弟子たちの中には独立して紅の渓谷を出ていく者もいて、上の弟子よりも下の弟子のほうが多くなった。


 シンシアもグレイフィールも、相変わらず紅の渓谷にいた。面倒見のいいシンシアは後輩たちの姉替わりとして。グレイフィールは――ひとに教えるのが壊滅的に下手なため、シンシアほど後輩たちに懐かれてはいなかったが――エルミナに並ぶ偉大な魔術師として。それぞれに、紅の渓谷に自分の居場所を築いていた。


 変化が訪れたのは、とある冬の終わり。シンシアが、紅の渓谷を出て独立したいとエルミナに申し出た。


「ハズレの森に行きたいの」


 小さい頃と変わらない、意志の強いエメラルドグリーンの瞳を爛々と輝かせ、シンシアはそう言った。


 ハズレの森。人があまり足を踏み入れない、妖精たちが住まう神秘の森だ。その森だけに住まう生き物や植物も多く、古来より秘境としてあがめられてきた。


「私、魔術薬の道をもっと極めたい。ハズレの森なら、きっとあたらしい薬を生み出せるような素材をたくさん集められるわ」


 エルミナもほかの弟子たちも寂しがったが、シンシアの決意は固かった。根は真面目で手先が器用なシンシアは、昔から魔術薬の調合が得意だった。だから彼女は、ハズレの森に拠点を移して本腰をいれて魔術薬の道を進みたいと前々から思っていたらしい。


 以前から構想を練っていただけあって、シンシアの準備は早かった。使い慣れた自分用の魔術薬の器具をまとめ、服をまとめ、エルミナにもらった魔導儀をはじめとする思い出深いものたちをまとめ。


 あとは、向こうでの拠点と決めた、ハズレの森の中にぽつんと立つ古城に移るだけ。そこまで整った夜、グレイフィールは自分の荷物をまとめてシンシアの部屋を訪れた。


「僕もハズレの森に行く」


 突然荷物を持って押し掛けた弟弟子に、シンシアがぽかんと呆気にとられる。そんな彼女に、グレイフィールは金色の瞳でじっと見据えてそう言った。


「僕もシンシアと一緒に行く。君ひとりで行かせるのは心配だ」


「……へ? あの、グレイ? 突然どうしちゃったわけ?」


「荷造りも終わったよ。あとは君と荷物と一緒に、ハズレの森に跳ぶだけだ」


「あ、転移魔術で連れてってくれるの? やりぃ! って、そうじゃなくて!」


 昔から彼女が良く見せる、姉弟子として弟弟子をいさめるような顔をして、シンシアがグレイフィールを見上げる。――いつのまに、自分のほうがこんなにも、彼女の背を追い越してしまっていたのだなと。どうでもいい感想を、グレイフィールは抱く。


「なになに? 私が出ていくんで、寂しくなっちゃったの?」


「…………」


「そ、そりゃ、グレイとは、同じタイミングでエルミナに拾われたし、長い付き合いだけど。けど、なにもこれが今生の別れってわけじゃないし? 会いたかったらいつでも会えるわけだし」


「…………」


「……遊びに、きてもいいから。私も、あんたがいないと張り合いがないっていうか、少し、寂しいかなっていうか」


「…………」


「って、何かいいなさいよ!」


 くわっと怒るシンシアに、グレイフィールは身を屈める。そして、びっくりして目をまん丸に見開く姉弟子のつんと尖った鼻に、ついばむようなキスを落とした。


「んな……っ」


 身を起こすと、顔を真っ赤にしたシンシアがふるふると震えてこちらを見ている。かわいいな。そんな風に思いながら、グレイフィールは小首を傾げた。


「君が好きだから、離れたくない。そんな理由じゃ、付いてっちゃダメ?」


「…………っ」


 シンシアが、声もなく悲鳴を上げる。文句やら悲鳴やらが頭の中を渦巻いているらしい彼女に、グレイフィールは根気よく待った。しばらくそうしていると、やがてシンシアが観念したようにぷいとそっぽを向いた。


「仕方、ないわね。特別に、許可してあげる」


「っ、ほんと?」


「嘘言ってどうすんのよ! ほら、明日は朝早く出発……って、あんたがいれば、移動の心配はないのか。とにかく! わかったら、さっさと部屋に戻った!」


「ん」


 ほっとして、嬉しくて、グレイフィールの表情は自然と緩む。それをたまたま見上げてしまったらしいシンシアは、再び顔を真っ赤にしてしまった。


 翌日、ふたりは紅の渓谷を出て、ハズレの森に向かった。その頃のグレイフィールは今ほど長い距離を転移できなかったので、いくつかの街を経て、時に散策をしたり休んだりしながらの移動だ。とはいえ、その日の夕方には、ハズレの森での拠点に選んだ、使われなくなって放置されていた古城にたどり着いた。


「ったー、つかれたー!」


 簡単に荷ほどきをすませ最低限暮らせるようにしたところで、二人は中庭の芝生の上に転げた。明るいうちに、グレイフィールが風の魔法である程度の草を刈っておいたのだ。


 明日は、城の中を色々と補強しなくちゃならないな。グレイフィールがそんなことを考えていると、シンシアが今にも落ちてきそうな満天の星たちを指さした。


「見て! 紅の渓谷で見えたのと同じ! 春の三角形が、ここでも見えるわ!」


「当たり前でしょ。空は繋がっているんだもの」


「知ってるわよ! 知ってるけどー、なんか改めて感動したの!」


 ぷんすかと怒って、シンシアはそっぽを向く。けれどもすぐに明るいグリーンの瞳を夜空に戻して、彼女は感嘆のため息を吐いた。


「……すごく、遠くまできちゃった。エルミナも、みんなも。今頃どうしてるかしら」


「さみしい?」


 心配になって、グレイフィールは上半身を起こしてシンシアを覗き込む。けれども隣に寝転ぶ彼女は、笑顔のまま首を振った。


「ううん。ひとりだったら、泣いていたと思う。けれど、グレイが隣にいてくれるから」


 虚を衝かれて瞬きをするグレイフィールを、シンシアのまっすぐな瞳が映す。柔らかく微笑んで、彼女はこちらに手を伸ばした。


「一緒に来てくれてありがとう。私も、あんたが好きよ」


 白い手が、グレイフィールの頬を撫でる。絹のように滑らかで、それでいて温かい。その心地よさに、グレイフィールは目を閉じて甘えるようにすり寄る。


 星明りに包まれて、グレイフィールはそっとシンシアに口付けた。


「――――知ってた」


 くすりと笑うと、つられてシンシアもはにかんだ。


 二人の新しい生活は、こうしてハズレの森で始まった。



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