7.王子の野望と、折れない心(3)
「証言は致しません」
「……なに?」
「証言は致しませんし、ステファン様におすがりも致しません。私は、私の意志でこの国を出て、ハズレの森へ帰らせていただきます」
きっぱりと言い切ると、唖然とした様子で王子が目を見開く。ややあって、彼は「はっ」とバカにしたように笑いを漏らした。
「君は、身の振り方については思慮深かったと記憶しているけれど。理解出来なかったのかな。証言をしなければ、君の命はここで終わりだと」
「グレイフィール様は生きています」
怯むことなくセリーナがまっすぐに告げると、ステファンは僅かに怯んだ。思った通りだ。やはり彼は、グレイフィールが命を落としたという確証をまだ摑めていないらしい。けれども、ステファンはすぐに自信を取り戻して鼻で笑った。
「いいや。死んでいる。水晶塔の白き賢人、カルヴァスが編み出した強襲魔術で罠を張ったんだ。さすがの奴も、同じ三大魔法使いの魔術で奇襲を掛けられればひとたまりもないさ」
「そのように信じたいだけではないのですか」
「……随分と言うようになったじゃないか」
再び、王子の目に凶暴な色が宿る。吐き捨てるように、彼は言った。
「昔からずっと、君を憐れんできたよ。何をするにも父君の言いなりで、正しい公爵令嬢、正しい婚約者の虚像を演じ続ける君を。つまらない女。ああ、そうだ。裏で言われるように、君はつまらない人間だった。そんな君が、私に意見するだなんて」
「私自身、昔の自分には恥じる部分があります」
セリーナがそう答えると、ステファンは虚を衝かれたように瞬きをした。
――改めて見ると、どこにでもいる普通の青年だ。虚栄心が強く、人並みに他者を憎み、けなし、自らの利益のために容赦なく利用し蹴落とそうとする。
かつての自分は、彼を次代の王と信じて疑わなかった。だからこそ、彼の第一の僕として仕え、王妃として支えるのが自分の役目だと素直に信じることが出来た。
本当に。かつての自分は、何も見ようとはしなかったのだ。
「父の期待を背負い、願われるままに……いえ。私はただ、流されていたのです。自らの目で確かめることなく言われたことを鵜呑みにし、使命だなんだと妄信をして。それがいかに愚かしいことであったのか、今の私にはわかります」
初めて会った時、グレイフィールが言っていた通りだ。
決めるのは自分。ステファンを見極めるのも、自分であるべきだった。
「ステファン様。あなたは王にふさわしくありません。ですから私は、あなたのために嘘の証言を行うわけにはいかないのです」
「な……っ!?」
信じられない。そう言った様子で、ステファンが慄く。それでもセリーナは、糾弾をやめようとはしなかった。
「王位継承権を奪われたのは私やグレイ様のせいだとお考えのようですね。ですが、それは間違いです。復讐や私利私欲のために多くの人を騙し、貶め、利用するあなたに、王が務まるわけがありません。グレイ様のことがなくとも、いずれ同じことに……」
「黙れ!!」
乾いた音が響き、頬に焼けるような熱さがはしる。顔をはたかれたのだと気づいたとき、彼が上にのしかかり、セリーナの首を絞めた。
苦しい。必死に抵抗しようとするセリーナを、怒りに染まった王子の瞳が射抜いた。
「よくもこの私を愚弄したな! 空っぽな操り人形でしかない君が!!」
「わた、しは……もう……かつての、わたしとは……っ」
「いいや、変わるものか! 君は憐れで、空虚で、何一つ自分の意志を持てない! 今だって、たまたま自分を拾ってくれた男を妄信しているだけだ。君は私に従っていればいい。従って頷いていれば、それでいいんだ!!」
ぐっと、彼の腕の力が増す。息が詰まり、視界がくらくらと滲んだ。それでもセリーナは、抗うことをやめなかった。
もう自分を、つまらない女などと卑下しない。今の自分には帰りたい場所があって、大事に思うひとたちがいる。魔術だってまだまだ上達したいし、何と言ってもグレイフィールには聞きたいことが山積みだ。
空っぽだった、あの頃とは違う。だからもう、簡単に諦めるわけにはいかない。
意識が飛びそうになりながら、セリーナは腰につけたポシェットの中をまさぐった。すると、すぐに指の先に乾いた木の実の感触があった。魔術の練習のために、リオとネッドが拾ってきてくれたドングリの実だ。
迷っている暇はない。セリーナはそれを掴むと、喉を絞めるステファンの手に押し付けた。
「……ジオ・ノーム!!」
「んな、……っ!! う、うわぁぁああ!!」
悲鳴を上げて、王子の手が離れる。解放されたセリーナの肺に、空気がなだれ込む。咳き込みながらどうにか身体を起こし、彼女は見た。どんぐりの実が割れて、ステファンの手の皮膚に食い込むように根を生やしている。
手を庇い慄く王子に、セリーナは服の上から魔導儀をつかんで叫んだ。
「動かないでください! 動けば、より深く根を生やします」
「魔術だと!? ……ふん。たかだか数か月しか魔術の覚えがない君に、そんなことできるわけが」
「止まって。植物には、水のある方向に根を伸ばす習性があります。魔術でそれを増幅させ、ステファン様が動けば動くほど深く早く根を伸ばすようにしました。心の臓に根が届けばどうなるか、殿下もお分かりですね?」
もちろんはったりだ。今のセリーナにそんな技量はないし、仮にあったとしてもステファンの命を奪うつもりはない。
それでも、脅しとしては十分だった。ステファンの顔には、屈辱とともに怯えの色が浮かぶ。セリーナの力量を測りあぐねて、躊躇しているのだろう。
このまま畳みかけるしかない。そう判断して、セリーナは胸に下げた魔導儀を服の上から握りしめた。
「私を解放し、森へ帰してください。そうすれば、手から根を抜いてさしあげます」
「……私を脅すというのか? まさか君が?」
「先ほど殿下がされたことと同じですよ。――私はもう、以前の私ではないのです」
セリーナとステファン。因縁の二人が、しばし水晶の中で睨みあう。
どうにかしてここを抜け出して、戻らなければ。グレイフィールの無事を確かめるために、リオにネッドの最期を伝えるために。
ハズレの森にある、あの温かな屋敷に帰りたい。その想いに突き動かされて、セリーナは必死に考えた。
――だがその時、ステファンが現れたのと同じく、水晶の壁が音もなく割れた。




