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6.王子の野望と、折れない心(2)

「ねえ、セリーナ。君がいなくなってから、私は大変だったんだ」


 軽やかな口ぶりに反して、王子の目は冷たく、奥で憎しみの炎が燃えている。恨みがましくセリーナを睨みつけながら、王子は歪んだ笑みを浮かべた。


「私は王位継承権をはく奪され、マリナとの結婚も白紙に戻された。さらには、一月後には僻地に追いやられる予定だったよ。……理由がわかるかい? 君がハズレの森の魔法使いのお気に入りで、私が君の元婚約者だからだ」


 馬鹿げているよ、と。ステファンは、憎々しげに吐き出した。


「陛下も大臣たちも、皆狂っている。三大魔法使いがなんだ。魔術狂いの引きこもりの気分を損ねたくらいで大騒ぎだ。彼らの言い分がなんだと思う? 私が君に、不当に婚約破棄を迫った。だから魔法使い様はお怒りになり、我が国を見捨てなさったのだそうだ」


 まさか、自分がいなくなった後で、そんなことになっていたなんて。驚きに目を見開くセリーナの頬に手を添え、王子はすっと目を細めた。


「私は惨めだった。惨めで、屈辱的で、何度も君を恨んだ。だって、そうだろう? 君があの時、あの男の手を取らなければ……ハズレの森になど行かなければ、こんなことにはならなかった」


「だからこんなことを……、嘘の神託を流して、ハズレの森を襲わせたと言うのですか」


「ああ、そうだ。女神の神託を、疑うものは誰もいない。あの日、マリナに女神が囁いた時、まさに天の助けだと思ったよ」


両手を広げ、ステファンは勝ち誇ったように告げる。


彼によれば、国と水晶塔の決めにより二人の結婚が白紙に戻された後も、王子とマリナの密会は続いていたらしい。


「マリナは私を深く愛しているからね。毎日涙に暮れ、このまま聖女の役割を放棄されても敵わないと思ったのだろう。私たちが会うのを、誰も止めはしなかったよ」


 そうして行われていた『密会』のとある日。それは起きた。突然マリナが夢うつつ状態になり、普段とはまるで別人に聞こえる声で語り出したのだという。


「彼女は言った。『ハズレの森に予兆がある。変化は森を呑みこみ、やがて世界を変えるだろう。』……ハズレの森と聞いたとき、私は閃いたんだ。神託の内容を知るのは、私と聖女であるマリナだけ。この神託は、私たちの復讐に使えると」


 そうしてステファンは、マリナに嘘の神託を水晶塔の魔術師たちに伝えさせたのだ。彼にとって都合のいい――憎らしいセリーナの居場所を奪い、邪魔なグレイフィールを排除するのにちょうどいい内容で。


 驚愕に目を見開き、セリーナは言葉を失った。


神託の内容を偽るなど、神にも背く大罪だ。しかも、危害はセリーナ個人にとどまらず、三大魔法使いのひとりであるグレイフィールにまで及んでいる。この嘘が露わになったら、彼は国を追われるぐらいでは収まらないだろう。


「なんてことを……。ステファン様、こんなことが許されるとお思いですか!?」


「もちろん思うとも。なぜなら、私の策は完璧だ」


 鼻で笑って、彼は歪んだ笑みを浮かべた。


「この国で女神の神託に疑いを持つ者はまずいない。マリナが魔術を使えるようになった時点で、神託は絶対のものとなったんだ! 仮に誰かが疑ったとしても、真実を知るのは私とマリナだけだ。マリナがこの私を裏切るわけがない。彼女は私を愛しているからな」


「私は、黙っておりませんよ」


「へえ。それで、君に何が出来るというんだい?」


 アメジスト色の瞳でじっと睨むセリーナを小馬鹿にし、ステファンは肩を竦めた。その目は、グレイフィールの館で彼がネッドに向けたのと同じ、嗜虐の色に染まっている。


「この後の段取りを教えてあげよう。君は、ハズレの森の魔法使いと共にこの国に反旗を翻した罪で処刑される。君には、弁明する場も、釈明する時間も与えられない。女神が、一刻も早く咎人を始末せよと言われたからだ」


 首を跳ねようか。いいや、火あぶりにしてもいい。唇を引き結ぶセリーナをいたぶるように、王子は歌うように続ける。


「とにかく、君は今日で終わりだ。真実は闇に葬り去られるし、誰も疑問を抱かない。一方で、私は英雄となる。聖女マリナと共にこの国を救った英雄に。そうなれば私は、再びこの国の後継者となる。何もかももと通り。真のハッピーエンドだ」


 けど、と王子は歪んだ笑みを深めた。


「場合によっては、君だけは助けてやる。もちろん、君が態度を改めるなら、だが」


「……私に、何をさせたいと」


「ハズレの森の魔法使いを売るんだ」


 両手を広げ、王子は嗜虐的な笑みとともに続けた。


「皆の前で証言するんだ。奴は狂っていた。君は無理やり奴に攫われ、辱められ、脅された。だから、奴が我が国を襲おうとするのを止められなかった。そうすれば、命は助けてやる。私の愛妾として飼ってやってもいい」


「なっ……!? そんなこと」


「出来ないかい? いいや、君は出来るね」


 ステファンがセリーナの頬を摑む。痛みに顔をしかめるセリーナに、王子は顔を近づけた。


「私にしたことと同じだ。奴を見捨て、踏み台にしろ。そして、私にすがるんだ。何、恥じる必要はないさ。君は命の危機にあるし、奴は水晶塔の魔術師によって始末された。自分が生き残るためなら、他人を蹴落とすのもやむを得ないことだ。そうだろう?」


「っ!」


「命乞いをしろ。君に踏み台にされた、この私に……!」


 恨みに燃え上がる瞳が、セリーナを射抜く。だが、彼の強い憎しみを目の前にしながら、セリーナの脳裏に浮かぶのは別の姿だった。


 ――ハズレの森の魔法使い、グレイフィール。彼は今、どうしているのだろうか。


 水晶塔の魔術師にグレイフィールを始末させた。ステファンはそう口にしたが、セリーナはそうは思わない。グレイフィールがやられたなんて嘘だ。彼も、彼と一緒に森に出たリオも、きっと無事だ。無事で、セリーナを探しているはずだ。


(ネッドさんに、気づいてくださっていればいいけれど)


 破壊されてしまった(ネッド)の身体を想う。こうして攫われてきてしまったから、弔ってやることも出来なかった。彼は明るいムードメーカーで、セリーナもたくさん元気づけてくれたのに。いつまでも辛い姿のままでは、ネッドが可哀そうだ。


 屋敷に戻ったグレイフィールはどう思うだろう。ネッドの死を悲しみ、襲撃の痕を見てセリーナを深く案じるだろう。あの心優しい魔法使いを心配させてしまうと思うと、胸が軋んで苦しくなる。


 だからこそ。


「……どういう、つもりかな?」


 セリーナは両手で、拒絶するようにステファンの胸を押す。顔をしかめる彼に、セリーナはゆっくりと顔を上げ、アメジスト色の瞳でまっすぐに見つめた。


 そうだ。重く息苦しい世界から拾い上げてくれた温かな手が。自分を恥じるなと叱ってくれた優しさが。どんな時でもまっすぐに自分を見つめてくれる穏やかな目が。きっとセリーナを探している。帰って来いと願ってくれている。


 それなのに、ここで一人、勝手に絶望しているわけにはいかないのだ。


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