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1.距離感がわからなくなりました。



「……ジオ・ノーム!」


魔術名を叫び、セリーナは右手を魔術陣に翳す。なお、反対側の手では、しっかりとエルミナにもらった魔導儀を握りしめた。


セリーナの中で、散開していた魔力が僅かに集積する。どうにか手のひらに乗るほどの大きさにまで固まったとき、魔術陣に手応えがあった。


あらかじめ紙に記しておいた魔術陣に、徐々に黄緑色の光が宿っていく。陣全体に光が行き渡ったとき、紙の上に置いたどんぐりからぴょこんと芽が飛び出した。


「おぉ〜っ!」


両脇から見守っていたリオとネッドが、同時に歓声をあげた。


「出た、出た! やったじゃん、新記録だよ!」


「本日はどんぐり10個のうち6個が発芽です。素晴らしいですね、いいペースです」


はしゃぐネッドの隣で、リオも記録を見返して笑顔を見せる。ちなみに、同じ訓練を始めた初日の記録は、20回チャレンジしてすべて失敗。十分に魔力が行き渡る前に霧散してしまっていたことを思えば、大幅なレベルアップである。


 ほっと息を吐くセリーナに、ネッドはうきうきと声を弾ませる。


「この調子なら、あっという間に魔法使いの仲間入りをしちゃうんじゃない?」


「本当ですね! そしてゆくゆくは、グレイフィールやエルミナと並び4大魔法使いと呼ばれるように……?」


「ね、ネッドさん、リオさん……。それはその、無理ですから」


 親バカ――もとい、兄姉弟子バカ全開の二人に、セリーナはおろおろと首を振る。そのとき、一陣の風がセリーナたちの間を吹き抜けた。


「僕の弟子はね。簡単に無理と言わないんだよ、お弟子さん」


 耳元で声が響き、ふわりと肩に手を乗せられる。


 見上げれば、頭上から覗き込むようにして、グレイフィールがセリーナを見下ろしていた。


 今日も今日とて、美しい白皙の顔に、琥珀を溶かし込んだような金色の瞳。ローブを纏い、窓から吹き込む風に黒髪を揺らす彼に見惚れていると、リオが驚いたように声を上げた。


「その恰好は……。この時間から、森に出るのですか?」


「うん。ウィーネの涙に出る。ちょっと気になる報せを、スノウが教えてくれて」


「どうする、主ー? 俺も一緒に森に出ようかー?」


 首を傾け、ネッドがグレイフィールを見やる。すると、魔法使いは腕を組んで、ふむと考え込んだ。


「……いや、ネッドはいい。代わりにリオ、一緒に来てくれないかな」


「私ですか?」


 きょとんと、リオが瞬きをする。セリーナも意外に思って、グレイフィールを見た。セリーナが来てからというものの、彼が森に出るときに伴うのはネッドが主だった。


 するとグレイフィールは、こともなげに頷いた。


「調べたいことがあるんだ。君の知恵を借りたい」


「わかりました……?」


 尚も不思議そうに小首を傾げつつ、リオは立ち上がる。転移魔術のために近寄るリオを背に、グレイフィールはセリーナに微笑んだ。


「じゃあね、お弟子さん。いい子で、家で待っているんだよ」


「!」


 優しい声も眼差しも、いつも通りだ。なのに、なぜか妙に胸騒ぎがして、セリーナは思わず立ち上がった。


「あ、あの!」


「ん?」


 呼び止められたのが意外だったのだろう。少し驚いた顔で、グレイフィールが振り返る。けれども、いざ彼を前にすると、何を言えばいいのかさっぱりわからない。散々迷った挙句、セリーナは眉尻を落とした。


「いえ……。気を付けて、行ってきてくださいね」


「? うん」


 小首を傾げて、グレイフィールが答える。ほら、見たことか。優しい彼を戸惑わせてしまった。自分に嫌気が差して、セリーナが美しいアメジスト色の瞳を翳らせたときだった。


 何を思ったのか、ふわりとグレイフィールがセリーナを抱きしめた。


 温かなぬくもりと、ほのかに香る森の木々の香り。初めて魔術に成功して褒められたときとも違う、壊れものを慈しむような、優しい手つき。ぽんぽんと頭を撫でられ、ようやく事態を理解したセリーナは頬を赤く染め上げた。


「ぐ、グレイ様……!?」


「君がいけないんだよ。そんなに寂しそうな顔を、僕に見せるから」


 蕩けるような声に遅れて、頭上でちゅっとリップ音が響く。彼が何をしたのか。それは考えるまでもなく明らかだが、自分にする意味がわからない。愛らしい顔を真っ赤にして困惑するセリーナに、グレイフィールは愉快そうに目を細めた。


「続きはまた今度。ね?」


 なにが「ね?」なものか。発すべき言葉をなくしてフルフルと震えるセリーナに、グレイフィールはもう一度微笑む。それから彼は上機嫌のまま、呆れた顔で見上げるリオの肩に手を置いた。


 しゅるりと二人が溶け、影となって談話室の床に吸い込まれる。グレイフィールの姿が見えなくなった途端、セリーナはぺたりと座り込んだのだった。







 水の精霊(ウィーネ)の涙。ハズレの森の南部に位置する滝を、妖精たちはそのように呼ぶ。屋敷に比べたら比較的人里に近い場所にあり、地図によってはウィーネの涙より奥をハズレの森と示す場合もある。


 そんな、いわばハズレの森の玄関口で妙な集団を見たと、スノウが教えてくれたのだ。


「……スノウの話では、白い修道服を着た連中だったそうだ」


 水面を歩き、岩のトンネルをくぐる。その奥で、何層にもわたってしぶきをあげて水が滑り落ちる巨大な滝を、グレイフィールは見上げた。


「連中は、滝の周りを何やら調べていたらしいが、スノウが数回空を旋回しているうちに人里に降りて行ったらしい」


そこまで話したところで、グレイフィールは隣から向けられる視線に気づいた。


つられてそちらを向けば、じぃーっとリオが見上げていた。何やら感慨深げな従者に、グレイフィールは首を傾げる。


「? なに?」


「いえ。人間というのは、変われば変わるものですね」


「どういうこと??」


「いえ、なんでもないです」


ふっと笑みを漏らしてから、リオは話を戻した。


「白い修道服といえば、水晶塔の修道士です。彼らでしょうか」


「おそらくね。問題は、連中が何をしていたか、だけど」


 リオに頷いてから、眉根を寄せグレイフィールは考え込む。


 水晶塔の白き賢人、カルヴァス。異世界から来た聖女、マリナ・アカギリ。どうしても、二人の存在が頭をちらつく。


 だが、カルヴァスはマリナが召喚される少し前から水晶塔の最深部に潜り、集中祈祷に入っている。マリナに関しては、未だ女神の神託を授からない聖女のため、水晶塔を動かすほどの地位を得られていない。二人がハズレの森に修道士を送ったとは考えづらかった。


 しかし、ただの調査であったなら、ウィーネの涙で引き返す理由はない。ハズレの森の神秘は、むしろ滝より奥にある。


(スノウの気配に気づき、僕の耳に入ることを恐れた。だから、森に入らず引き返した……。やはり、そう考えるのが自然か)


 だとしたら、連中の目的はなんだ。誰が何のために、ハズレの森の魔法使いの目を盗んで森を嗅ぎまわろうとしている。


「リオ」


 黒い髪を揺らし、グレイフィールは従者に振り返った。


「滝つぼ全体から、魔術の匂いがする。なんの術がかかっているか解析して」


「わかりました」


 目で頷き、しゃがみこむ。そのままリオは目を閉じ、水面に手を翳した。


 すると、リオを中心として魔術陣が水面に浮かび上がった。


 解析魔術。それがリオの得意とする術だ。


 リオはエルミナも認める努力家だ。グレイフィールの書庫にあるもの、さらにはエルミナから与えられたものまで、古今東西ありとあらゆる魔術書に目を通し、記憶をしている。そのため魔術痕から、グレイフィールが感心するほど緻密に、どういった魔術が掛けられているかを解析できるのだ。


 しばらく解析したのち、リオはゆっくりと目を開いた。


「……複数の魔術痕があります。ひとつは探索魔法。ここを起点に、屋敷への道筋を暴こうとしたようです。もっとも、途中途中にある妖精たちの集落の結界に阻まれ、失敗に終わっていますが」


「ほかは?」


「通信魔術、遠視魔術、浮遊魔術……。待ってください。奥に、まだ一つ何か」


 何かに気づいたように、再びリオが魔力を通す。リオがぐっと力を込めた刹那、奇妙な――まるでからくり仕掛けを動かしてしまったような、不思議な感覚があった。


 途端、滝壺いっぱいに巨大な魔術陣が起こる。とっさのことに目を見開くグレイフィールに、顔を上げたリオが焦った顔で叫んだ。


「っ、避けてください!!!!」


 グレイフィールが振り返るのと、滝のしぶきの中から大蛇が飛び出すのとが同時だった。


水の蛇が、大きく口を開けて牙を剥きだしにする。そのまま蛇は、耳をつんざくような声を上げながら微動だにしないグレイフィールに襲い掛かった。


「グレイフィール!!!!!」


 嵐のように激しい水しぶきが吹き荒れる中、リオの悲鳴がウィーネの滝に響き渡ったのだった。


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