表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/42

11.師匠に稽古をつけられました。(2)


「――――地の祝福(ジオ・ノーム)!」


 ぶわりと風が吹き、セリーナの足元にくっきりと緑の魔術陣が浮かびあがった。


 ――ほぼ同時に、セリーナは見た。辺り一面に広がる金色の草原。風に揺れるすすきの穂。その先にある波一つない静かな湖面。


 ――その畔で、ひとりの男が泣いていた。


「――…………リナ、セリーナ!」


 肩を揺さぶられ、セリーナははっと我に返った。瞬きをして見上げれば、珍しく興奮した様子のグレイフィールと目が合った。


「すごい。すごいよ、セリーナ。見てごらん!」


「どうされたのですか。一体何が……」


 彼に示されるまま、わけもわからずセリーナはそちらを見る。そして、驚いて目を見張った。


「リオロープの花がこんなに……!」


「さっき僕が唱えたのは、生き物の生命力を引き出す魔術だ。それに君が魔力を流した。花は、その成果だよ」


 セリーナの瞳に似た青紫色の花が、花壇の中で揺れている。先程まで蕾すら付けていなかったのにだ。


 セリーナたちの様子を見て、リオとネッド、エルミナもわらわらと花壇に近寄ってくる。


「これはなんと! 見事です、セリーナ様」


「へーぇ。初めてでこれはなかなか」


「すっごいじゃない! やったわね、セリーナちゃん」


「あ、ありがとうございます……」


 感心されたり褒められたり、むずむずとこそばゆさを感じつつ、セリーナはぺこりと頭を下げる。そんな彼女を、グレイフィールが覗き込んだ。


「どうかな。なんとなくでいい。魔力の流れを掴めただろうか?」


 他のメンバーもはっとしたようにセリーナを見る。皆の注目を集める中、セリーナは恐る恐る胸に手を当て、そっと目を閉じた。


 ――するとどうだろう。先程までは何もわからなかったのに、今は温かなものが身体の内を流れているのを感じる。自在に動かすのにはコツが入りそうだが、十分すぎる進歩だ。


 しばらく確かめてから、セリーナはこくりと頷く。すると、それを見たグレイフィールが破顔した。初めて見る彼の満面の笑みに、セリーナはびっくりしてその場に硬直する。


 だが、驚きはそれだけに留まらない。なんと彼は、動けずにいるセリーナを抱きしめたのだ。


「っ!?」


「すごいよ、セリーナ! さすが僕のお弟子さんだ」


 仰天するセリーナをよそに、グレイフィールは小躍りするようにゆらゆらと体を揺らす。


(ひゃ、ぴゃああああああ!?)


 顔が近い。胸が近い。声が近い。色々近い。ぎゅむぎゅむと抱きしめられて、セリーナは心の内で悲鳴を上げた。


 そのとき、ぺりっとエルミナがグレイフィールをセリーナから引き剥がした。ふらりとよろめくセリーナを支え、エルミナはにんまりと微笑んだ。


「はぁ〜い、そこまで。これ以上はセリーナちゃんが倒れちゃうから、グレイフィールから没収でぇす」


「何をするんだ、エルミナ」


 不服そうに眉根を寄せ、グレイフィールは腕を組む。


「倒れさせてしまうなんて失敬な。僕はちゃんと、セリーナが息苦しくないよう加減をして抱きしめている」


「乙女心がわからない朴念仁はお黙りなさいっ。ね、セリーナちゃん??」


「ぴゃ!? ひゃ、ひゃい……」


 エルミナにウィンクを投げかけられるが、正直何も耳に入ってなかった。訳もわからず、とりあえずセリーナは頷く。絶賛大混乱の最中にあるセリーナをにんまりと眺めてから、ふとエルミナは真面目な表情に変わった。


「ところでセリーナちゃん。人によっては、初めて魔力を使ったあとにものすごく疲れちゃう人もいるんだけど、大丈夫かしら? 見たところ普通に見えるけど」


「ふぇ?? え、あの、はい。問題ないです……」


 グレイフィールのせいでまだ心臓がドキドキいってるが、これはいつもの不整脈である。不整脈の度合いが日増しにひどくなっているのは気になるが、魔力を使ったことによる体の不調はない。たぶん。


 何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻したところで、ふとセリーナは思い出した。


「そういえば、自分の中の魔力に触れた時、不思議な光景を見ました」


「へぇ? どんな景色?」


 興味津々にエルミナが首を傾げる。紅い瞳を見返しながら、セリーナは瞼の裏に広がった景色を思い浮かべようと頑張った。


「……金色の、すすき、だと思います。見渡す限り一面に広がっていて、果てはわからないくらいでした。あ、いえ、奥には湖が、鏡みたいに綺麗な湖があって……そこに、誰か、いて……」


 セリーナはこめかみを押さえた。思い出そうとすればするほど、雲を掴むように景色が掻き消えていく。けれども、すべてが霧散していく刹那、セリーナはぎりぎりその姿を捕らえた。


 青みがかった黒髪が、風に揺れる。琥珀色の瞳からこぼれ落ちた涙が、手をつく地面に滲みを作る。苦しげに背中を丸め、声なき呻きが空に消える。


 あの人は。あの場所で、泣いていた人は。


「……グレイ、様?」


 ぽつりと、無意識のうちにその名が口から零れ落ちる。


 途端、エルミナがセリーナの肩を強く掴んだ。


「どうしてその景色を、セリーナちゃんが知ってるの?」


 色っぽくて、気さくで。人好きのする、普段のエルミナとは違う。信じられないもの――まるで亡霊でも見たような顔で、エルミナは唇を震わせ問いかけた。


「一面に広がるすすきの原と、奥にある鏡みたいな湖。……その景色を知ってるのは、あの頃ハズレの森にいた者だけ。グレイフィールと私、そして、あの子だけしか……っ!」


 エルミナの声が途切れた。グレイフィールが、肩に手を置いて制したのだ。ゆっくりと瞬きをしてから、彼はいつものように穏やかな眼差しをセリーナに向けた。


「気をつけたつもりだったけど、僕の魔力が君に流れてしまったようだ。驚かせてしまったね。すまない」


「い、いえ……」


「ちょっと、グレイフィール!? 魔力の流入による記憶の同調、それであなたの記憶がセリーナちゃんに流れ込んだって、そういいたいの? そんなミス、あなたほどの魔法使いがそうそう起こすわけ……!」


「けれども起きた。僕のミスだ」


 エルミナを遮り、グレイフィールが断言する。声は静かなのに、有無を言わさぬ迫力がある。ぐっと黙り込むエルミナを一瞥してから、グレイフィールはセリーナに手を差し出した。


「おいで。レイクにケーキを焼いてもらっておいた。少し休憩しよう」


 心配そうに見守るリオと、静観の姿勢を取るネッド。そして、どう見ても納得のいかない表情で黙り込むエルミナ。――グレイフィールは何かを隠している。それは、セリーナにもわかった。


 わかりは、したのだが。


「……はい、お師匠さま」


 差し出された手に、静かに重ねる。


 先に踏み込むには、まだ勇気が足りなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ