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10.師匠に稽古をつけられました。(1)



 結論から言おう。


 三大魔法使いに数えられるほど魔術師として有能な彼は、師匠としてはポンコツだった。


「肝になるポイントは、ココとココ。この二つには、強い魔力の流れを感じるだろう?」


「…………」


「……もしかして、感じ、ないかな?」


「す、すみません……」


「あ、いや。セリーナは何も悪くない」


 セリーナが身を縮こませると、グレイフィールは慌てたように首を振る。感情表現をあまり見せない彼が、そんなふうに焦りを滲ませるのは初めて見た。


「そ、そうか……、なるほど。みんながみんな、最初から魔力が見えるわけじゃないんだっけ。けど、魔力の流れが見えないとすると、どうやって皆、法則性を掴んでいるんだ……?」


 彼は困ったように眉根を寄せると、魔術書を抱え込んで睨めっこを始める。天才であるグレイフィールには、出来ない者の疑問がわからない。どうやら、エルミナの見立てはどこまでも正しかったようだ。


 食い入るように魔術書を眺めぶつぶつ何やら呟くグレイフィールを、セリーナはおろおろと宥めた。


「大丈夫です、お師匠さま。もう少し、自分で考えてみますので……」


「いやだ。そしたら君は、いずれリオかエルミナを頼るだろう?」


それは、まあ、そうだ。セリーナの沈黙を受けて、グレイフィールは唇を尖らせた。


「せっかくセリーナが僕を頼ってくれたんだ。ここで引くのはもったいない」


 子供っぽい意地を張るグレイフィールは意外で、不覚にもきゅんと胸が弾んでしまう。もっとも、現実にはセリーナがグレイフィールを頼ったのではなく、彼の方から「僕が教える」と親切を押し売りされているわけなのだが。


 こうなるともう、セリーナが魔術書を理解できるまで離してもらえなそうだ。といって彼の説明はあまりに感覚的にすぎて、魔術初心者のセリーナにはさっぱりわからない。


 これはどうしたものか。困り果てるセリーナをよそに、グレイフィールは尚も魔術書を手にぶつぶつと思案している。


「魔力の流れが見えない……けれどもセリーナは、魔力適性はある……。すると原因は、魔力を使ったことがないから……? ……、っ、そうか!」


 不意にグレイフィールは手を伸ばすと、セリーナの手をぱっと取った。突然のことにどきまぎするセリーナをよそに、グレイフィールは考えを巡らすように二度三度頷いた。


「やっぱり。力はちゃんと、君の中にある。確認だけど、セリーナは自分の中に、魔力が流れていることもわからないのだよね」


「ま、魔力ですか?」


「その様子なら、答えはイエスだ」


 不敵にグレイフィールが笑う。その笑みに見惚れていると、次の瞬間、セリーナはグレイフィールと共に見慣れた温室にいた。


 薬草の手入れをしてくれていたのだろう。先に温室にいたリオとネッドが、突然姿を見せた二人をみて目を丸くした。


「グレイフィール!? それにセリーナ様まで!」


「なになに。二人してどったの?」


「わ、私にも、何が何やら……」


 セリーナが困ったように笑うと、新たな声が温室に響いた。


「あらぁ~? もしかして、特別レッスンの真っ最中かしら?」


「感心ダナ、人間。セイゼイ励メ!」


 声の主はエルミナだった。肩には彼女の使いのカラス、ハミルもいる。温室内の白い椅子に座り、優雅にこちらを眺めるエルミナに、セリーナは驚いた。


「エルミナ様は、どうして温室に?」


「今来たのよ~。グレイフィールの魔力が動く気配がしたから、面白いものが見られるんじゃないかと思ってっ。……それより、」


 ひらりと手を振ってから、エルミナは妖艶な笑みを浮かべてグレイフィールを見た。


「どうするの、グレイ? 彼女に、何か教えてあげたくて来たんでしょ?」


「彼女に魔力の流れを教える」


 涼しげな眼差しをエルミナに向け、グレイフィールは淡々と答える。するとエルミナは足を組み替えて「へーぇ?」と挑発的に微笑んだ。


「覚えるより実践せよ、てことね。悪くない手だけど、出来るのかしら~? あなたの魔力量じゃ、魔力の流れを覚えさせるどころか、セリーナちゃんを溺れさせちゃいそうだけど?」


「僕の魔力を注ぐんじゃない。彼女の中のものを引き出すんだ」


 むっと、少しだけグレイフィールが顔をしかめる。それから彼はセリーナの肩に手を置くと、話に付いていけず目を白黒させるセリーナを優しく見下ろした。


「魔術師は皆、相性のいい精霊がいる。エルミナは火。僕は影の精霊だ。馴染みのいい精霊と同じ属性の術式を使うとき、僕らの力はより高まる。それは君も同じだ」


「私も、ですか?」


「君と相性がいいのは、おそらく土だ。土の精霊と馴染みがいい魔術師は、魔法薬の調合がうまい者が多い」


 だから温室に連れてきた。そうグレイフィールは目を細めた。


「今から僕が術式を唱える。それに君が魔力を込めるんだ」


「ですが、グレイ様……」


「大丈夫、必ず出来る。僕を信じるんだ」


 断言され、セリーナは戸惑った。けれども最終的に、大人しく目を閉じる。頭の上で、彼がふっと小さく笑みを漏らす気配があった。


 グレイフィールの大きな手が、セリーナの両手を温かく包んだ。


「そのまま。目を閉じて、僕の声に耳を傾けて。集中するんだ。君の中に、流れるものに」


 ――低く、柔らかく。彼が歌う。


 否、歌ではない。祈りだ。古代語で紡がれたそれは、深い海のようにセリーナを満たしていく。その中を緩やかに漂いながら、セリーナは彼の声を聴いた。


「……万物の父にして母、我らはノルムより芽吹き、ノルムへと帰る。現世に在る限り理を外れるものはなく、抗うものも在らず」


 ふと、瞼の裏を何か光がよぎった気がした。驚きながらも集中すると、光はまたしても瞼の裏を揺らめく。注意して追いかけていくと、それは自分の内から生まれているのだとセリーナは気づいた。


「連なるは皆、あなたの忠実なる僕。あなたに仕え、あなたに散ることを望む」


 光の源を、セリーナは見つけた。けれどもそれはどこか頼りなく、触れたら海の泡のように消えてしまいそうだ。


 セリーナは迷う。けれども臆病な心を、両手を包み込む熱が温めてくれる。


「故に汝に乞う。父なる慈悲を、母なる愛を」


 そろり、そろりと心の奥に手を伸ばす。――セリーナ自身は気づかなかったが、彼女の足元からうっすらと蔦のようなものが伸びる。そろそろと地を這うそれは、ためらいがちに模様を刻んでいく。


 グレイフィールが、すっと息を吸う。それに背中を押されるように、セリーナは体の内の光に触れた。




「――――地の祝福(ジオ・ノーム)!」




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