6.魔女の術を見せてもらいました。
火、水、土、風。そして、光と影。
基本となる6精霊と、それに派生する者たちを示した記号こそ古代文字であり、術式の基礎である。
術式を重ねたり、絡め合わせたりして反応させることで、いくつもの結果を引き出すのが魔術だ。術式の組み合わせが複雑になればなるほど必要とする魔力の量も多くなり、それだけ大きな結果も得られるようになる。
グレイフィールの弟子として、そのように習ってはいたが。
「す、すごい……」
大量の術式に圧倒されて、セリーナはそれしか言うことは出来ない。
「どーお? 美しいでしょう?」
同じく術式を見つめて、得意げにエルミナが胸を張る。
彼女の前には木の机があり、その上でリオが目を閉じて横になっている。紅く細く浮かび上がる術式は、彼女の体より少し上の空間に刻まれるように浮かんでいる。
白いシャツを肘までまくって、エルミナは舌なめずりした。
「よぉ~し。いっちょ、やっちゃいますかっ」
時は少しさかのぼる。
セリーナはいつものようにリオと薬の調合を行い、小瓶に分けて保存をした。材料は温室で採取した薬草と、昨日グレイフィールと森で採ってきた植物たち。
すべて終わって片づけをしていたら、ふらりとエルミナが顔を出した。
「はぁ~い、セリーナちゃん。いやん、今日もミラクルに可愛いわねぇ」
「え、エルミナ様……」
初日に散々撫でまわされたり、着せ替え人形として遊ばれたりしたため、つい対応も腰が引けたものになってしまう。隣でリオも、まるで騎士のようにさっと手を広げた。
「なんですか、エルミナ。セクハラなら禁止です」
「やぁね~、リオってば。ひとをエロ魔人みたいに」
言いながら、エルミナは大きく欠伸をして伸びをする。どうやら彼女はひどい夜型人間のようで、昼過ぎになってやっと起きてくる。
ふぁ、と間の抜けた吐息を漏らしてから、改めて彼女は首を傾げた。
「ねーぇ。グレイフィール知らない? どこにもいないんだけど」
「主なら森です」
「森? こんなに早くから?」
「昼過ぎに起きてきてそんなセリフを吐くのはあなたぐらいですよ……」
呆れたように首を振ってから、リオは腕を組んだ。
「今日はネッドを伴って森に出たので、帰りは遅いはずです。急ぎの用であればハミルを飛ばすのも手ですが、捕まる可能性は低いでしょうね」
「へーえ……。まだ、諦めてないんだ」
あれ、とセリーナは気になった。最後はよく聞き取れなかったが、エルミナの表情が一瞬翳ってみえたのだ。
けれどもすぐに、彼女はへらりと笑み崩れた。
「別にいいわぁ、急ぎってわけじゃなかったからっ。じゃあ、つまり~、いまはカワイ子ちゃん二人を独占し放題ってわけね?♡」
「っ!」
「う、受けて立ちますよ!?」
びくりと固まるセリーナと、応戦体制に入るリオ。そんな二人に、エルミナは「きゃ〜♡ 警戒してる姿もかーわいっ」と手を合わせる。
けれども直後、彼女は何かを思い出したように動きを止めた。
「あ、そういえば。ねえ、リオ。せっかくだもの。ひさしぶりに体を見てあげましょうか」
「え!? ……いえ、いいですよ。特に不調もないですし」
なぜかセリーナをちらりと見てから、リオは歯切れ悪く答える。けれどもエルミナは、そんな彼女の腕を引いた。
「バカねぇ。不調が出る前に対処するの。予防ってそういうものでしょう? ネッドのことも後で見るつもりだし、さっさと済ましちゃいましょう?」
――そして、冒頭に戻るのである。
「リオさんって、本当に魔術人形だったんですね」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。グレイフィールから聞いていたし、疑っていたわけではないのだが、あまりに自然に見えるので忘れてしまっていた。改めて大量に浮かぶ魔術式を見せられると、つい圧倒されてしまう。
その横でエルミナは、術式の上に手を翳し、少しずつずらしながら全身を辿っている。掛けられた術式が弱まったり、変化してしまったりしてないかチェックしているそうだ。
エルミナの手の動きに合わせて、ろうそくに火が灯るように術式が輝く。それを真剣に眺めながら、エルミナは微笑んだ。
「そぉよ〜。彼女に掛けてる魔術は、水の精霊と土の精霊の応用と、そのまた応用。他にも光や影属性も混ぜ込んではいるけど、メインはその二つね。水も土も、生命の源だから」
丁寧に術式を目で追いながら、エルミナは説明する。その瞳は、きらきらと楽しげに輝いている。
「魔術ってのはね、セリーナちゃん。ひとつひとつは単純でも、いくつもを組み合わせることでスタートからは想像もつかなかいような奇跡だって起こせるの。私はその魅力に、すっかり取り憑かれちゃったんだわ」
一ヶ所、強く灯りを放った箇所で、エルミナが手を止める。注視するように彼女は目を見開き、ふわりとオレンジの髪が舞い上がる。
途端、彼女が手を翳す下で、紅い文字が躍る。パズルが解明されるように並べ替えられた古代文字たちは、最後に一度輝きを放ってからもとの落ち着きを取り戻した。
小さく吐息をついて、エルミナはセリーナを見た。
「魔法使いの弟子、だっけ? セリーナちゃんも、魔術の勉強をしているんだってね?」
「はい。……メインは魔法薬の調合で、術式のほうは古代文字の練習中ですが」
セリーナは控えめに付け足す。けれどもエルミナは想定の範囲だったようで、二度ほど大きく頷く。
「結構、結構! 先生は誰が? グレイフィールに、ひとに教えるなんて器用なことが出来たのかしら」
「リオさんと、ときどきネッドさんに教わっています。グレイ様はお出かけされてることが多いので……」
「やっぱりねぇ。グレイはね、天才なのよ。あのタイプは師匠に向かないわ。周りがどうしてできないのか、想像がつかないんだもの。その点リオは適任ねぇ。あの子は私と同じ、努力家だもの」
私と同じ、の部分をエルミナは殊更に強調する。それでセリーナは、ついエルミナを見上げてしまった。エルミナはグレイフィールと並ぶ偉大な魔法使いだ。グレイフィールが天才なら、彼女も同じではないのだろうか。
するとエルミナは「やぁーね!」と苦笑した。
「これでも私、いーっぱい苦労してきたんだからぁ。まあ、何度苦労しても懲りずに魔術を楽しめちゃったって点に関しちゃ、才能あるんだと思うけど」
「それは……すごいですね」
「そうよぉ。私ってば、実はすーごいの」
オレンジの髪を揺らして、エルミナは蠱惑的にウィンクをする。
「どーぉ? 私のこと、見直した?」
茶目っ気たっぷりに、彼女が問う。
素直に素敵だと、セリーナは思った。