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5.ざわつく心と、小さな芽吹き


 エルミナがグレイフィールの屋敷に姿を現した翌日、セリーナはグレイフィールと共にハズレの森にいた。


 今日はグリフの背に乗っての移動ではなく、転移魔術と歩きの合わせ技での移動だ。テムトの村の祭りが終わった後も、彼は時々、セリーナを森に連れ出してくれる。


 リコットの実が取れる丘に転移をしたところで、グレイフィールは嘆息をした。


「ごめんね。エルミナがうるさくて」


「! い、いえ」


 まさか彼に謝られるとは思ってなかったセリーナは、驚きつつも首を振る。


 ――まあ、たしかに。あの後もエルミナは相当騒がしかった。


 彼女はどうやら、ステファン王子の結婚式での騒動をどこかで小耳に挟んだらしい。それで、「あのグレイフィールが動くとは何事か」とセリーナに強い興味を抱いた。だからといってはなんだが、エルミナはひたすらセリーナを構い倒した。


〝ええええ!? セリーナちゃん、これしか服持ってないのぉ!?〟


 勝手にセリーナのクローゼットを覗いて、エルミナは驚嘆した。基本的にリオがどこからか出してくれた服以外は持っていないセリーナは、それらを着回している。公爵家時代のものはすべて実家にあるし、手元にあったとして動きにくく使い勝手が悪いからだ。


 それを聞いたエルミナは、瞬時に目の前から消え、すぐに大量の服と共に戻ってきた。


〝これも、これも!! あぁ〜ん、どれもなんて可愛いの!? それからコレ! きゃーっ!? 魔女っ子スタイルがこんなに似合う子、この世に存在していいの!? ねえねえ、やっぱり私も拐っていい!?〟


〝エルミナ!!!!〟


 セリーナは着せ替え人形ではないと。駆けつけたリオが助け出してくれるまで、セリーナはエルミナの魔法で連続着せ替えチャレンジを延々と繰り返すはめになった。


 そんなこんなですっかり昨日は目を回してしまったセリーナだが、エルミナに絡まれるのは嫌ではない。これまで出会ってこなかったタイプの人柄であるし、圧倒はされるが、彼女の自由さは見ていて気持ちがよかった。


「悪い人じゃないんだ」


 セリーナの沈黙をどうとったのか、グレイフィールがそう弁明した。


「彼女はああ見えて世話焼きだし、僕と違って、満遍なく魔術の腕に優れてる。エルミナの元に、あちこちから弟子が集まるのも頷ける」


「エルミナ様をよくご存知なのですね」


 なんとなしに尋ねた。グレイフィールが、ハズレの森の住人――リオとネッド、あとは精霊だけだ――以外の話をするのは珍しい。


 すると、なぜだか彼は「どうかな」と渋い顔をした。


「まあ、古い知人ではある。それなりに世話にもなったよ。……あの性格だから、振り回されることのほうが多かったけど」


 引っかかる言い回しに、セリーナは思わず足を止めてグレイフィールを見上げた。彼の方はといえば、そんなセリーナには気づかず、低木を確かめてリコットの実を探している。


 もしや恋人、だったのだろうか。考えてみれば、二人とも高位の魔法使いであり、常人とは異なる時の流れを生きている。通じ合うものがあり、特別な仲になってもおかしくない。


 妖艶に微笑むエルミナの姿が、瞼の裏に浮かぶ。美しい容姿はもちろんのこと、セリーナとは違って堂々とした様は太陽のように眩しく、格好いい。彼女なら、グレイフィールともお似合いだ――。


 ちくり。


 痛んだ胸に、首を傾げた。なぜ、グレイフィールとエルミナのことを想像すると、こんなにも胸がざわつくのだろう。


 グレイフィールはセリーナの恩人であり、今は師匠だ。セリーナに新しい居場所をくれた彼に深く感謝をしているし、慕っている。


 ――そうだ。彼に抱く感情は、敬愛であり憧憬だ。


 なのに、なのにどうして。二人は恋人同士だったのかもと――もしかしたら、グレイフィールは未だに彼女を愛しているのかもしれないと思うと、胸が軋んで息が苦しくなる。


 こんな感情、ステファンには一度も抱いたこともなかったのに。


「セリーナ……、セリーナっ」


「!」


 しばらくぼんやりしていたらしい。視線を上げると、至近距離にグレイフィールの顔があった。


 青みがかった艶やかな黒髪と、その合間から覗く金色の瞳。陶器のように白い肌と、薄い唇。改めて確かめるまでもなく、秀麗な男だ。


 そっと彼の手が持ち上がり、気遣うようにセリーナの頬に添えられる。思わずびくりと肩を揺らすセリーナに、彼は眉尻を下げて言った。


「大丈夫? 疲れてしまったのなら、屋敷に戻ろう」


「い、いえ! 大丈夫です、申し訳ありません」


「本当に?」


 じっと見つめられ、セリーナは頬に熱が集まるのを感じた。彼の瞳は、まるで夜空に浮かぶ月のようだ。優しくて、遠い。ずっと見つめていると、美しすぎて泣きたくなる――。


 そこまで考えて、セリーナは再び我に返った。そして慌てた。本当にどうしてしまったのだろう、自分は。こんな気持ちは、まるで初めてで。


「リコットの実は集めたよ。ここでの用事はおしまい」


 するりと彼の手が頬から離れ、微かに寂しさを覚える。そんなセリーナの胸中を知る由もなく、グレイフィールは優しく微笑んだ。


「いいかい、お弟子さん。調子が悪かったらすぐに言うこと。約束できるなら次に行こう」


 ぎゅっとセリーナは胸の前で手を握り合わせた。


 彼は優しい。いつだってセリーナとまっすぐに向き合ってくれるし、こうして気遣ってくれる。森に連れ出してくれたのだって、魔法薬の調合に精を出すセリーナのために、材料となる植物を採取するためだ。


 そんな彼の優しさに、いまは全力で応えたい。


「かしこまりました。よろしく、お願いいたします」


「ん」


 頷いて、グレイフィールが手を差し出す。その手に、セリーナも小さな手を重ねる。


 たったそれだけで胸に幸せが満ち、笑顔が溢れる。その理由を、セリーナはまだ気づかずにいた。


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