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4.渓谷の魔女がやってきました。(2)


「だから、ごめんって。こっち向いて、機嫌なおして?」


エルミナの突然の襲来から、ほどなくして。居間へと場所を移したセリーナたち一向のうち、リオは完璧にヘソを曲げてしまっていた。


眉尻をさげて謝るエルミナからぷいと顔を背けて、リオは素っ気なく答えた。


「いつも言ってるではありませんか。客人をもてなすには、相応の準備が必要なんです。よほどの緊急でなければ、あらかじめカラスを飛ばすぐらいのことはしてくださいと」


「でもねでもね。リオがそういうから私、今回はハミルを先に飛ばしたじゃない?」


「ソウダ、ソウダ! オ師匠ハ何モ悪クナイゾ!」


「到着の三秒前にもらう報せなど、一報とは呼びません!」


さて。紅き渓谷の魔女――グレイフィールとともに三大魔法使いのひとりに数えられる魔女エルミナ。それが、使い魔のカラスを肩に留め、リオ相手に猫撫で声をあげてる美女だという。


(……なんとなく、納得できる、かも)


こっそりと内心で頷き、セリーナはエルミナを盗み見た。


どことなく高貴で神秘的な雰囲気のグレイフィールともまた違うが、エルミナはエルミナで只者ではないオーラを放っている。燃え盛る炎のように情熱的で、それでいて絡みつくような妖艶さを身に纏う。不思議と目を離せない、そんな女性だ。


〝先程竜に持たせた薬の運び先。それが、エルミナのいる紅の渓谷なんです〟


ここに来る途中、こっそりリオが教えてくれた。エルミナは紅の渓谷に魔女工房を持っていて、多数の弟子を抱えているそうだ。そこで製作した魔道具と合わせて、ハズレの森の魔法薬も売ってくれているらしい。


と、その時、床に丸い染みのような影が浮かび上がった。噴き上がった影は人の形となり、グレイフィールが姿を現した。


長いまつ毛を震わせ瞼を開き、すぐに彼は呆れた顔をした。


「ほんとに来たのか、あなたは……」


「はぁーい、グレイフィール。元気だった〜?」


リオへの殊勝な態度から一転、エルミナが満面の笑みでひらりと手を振る。それだけで、花の香りが漂う気がするのが不思議だ。


小さく嘆息をして、グレイフィールがソファに座る。なんのためらいもなくぴたりと隣に座られ、セリーナはちょっぴりどきりとした。


長いロープの下で足を組み、グレイフィールが問う。


「それで。一体、何の用?」


「やぁね。そんな分かりきったこと聞いちゃう?」


ヒールを履いた美脚をひらりと組み替え、エルミナが妖艶に笑う。深紅の瞳が、ぴたりとセリーナで止まった。


え?と思った時には遅かった。しゅんっと火が消えるようにエルミナの姿がかき消え、次の瞬間、セリーナはグレイフィールの向かい側――具体的には、エルミナの膝の上に捕まっていた。


「この子よ、この子〜! はぁ~っ、かんわいいっ♡。なぁにー? グレイがスディール国で女の子拐ったって騒ぎになっているから、どんな子かと思って見に来たけど、こーんな美少女連れてきちゃったの〜っ!?」


「っ、!? 〜〜!?」


声にならない悲鳴をあげて、セリーナは固まる。まるで子犬か何かをあやすように、エルミナがさすさすとあちこちを撫で回しながら頬擦りをしている。


「灰色の髪に、アメジストの瞳〜! それだけでも完璧なのに、守ってあげたい系美少女っていうの〜!? 透明感があって儚げで、捨てられた子猫みたいにちょっぴり怯えが残る感じが堪らないわ〜!!」


好き放題されて呆然とするセリーナの頬を、ひたりと冷たい手が包み込む。とんでもない色気を駄々漏らし、まさに魔女の呼び名に相応しい笑みを浮かべてエルミナはセリーナに迫った。


「大丈夫よぉ、安心して? これからはお姉さんが、セリーナちゃんを可愛がってあ・げ・る♡」


不意に目の前が真っ暗になった。次の瞬間、今度はグレイフィールの膝の上にいた。


「やめてくれ。セリーナがびっくりする」


エルミナから隠すように、グレイフィールが長いローブでセリーナを隠す。すると、エルミナが女豹のように体をしならせ頬杖をついた。


「なぁに〜、嫉妬? 独占欲が強い男は嫌われちゃうわよ?」


「嫌われちゃうわよ……じゃありません、この歩くエロ魔人が!!」


「いやいや、今のは流石に! ビジュアル的に、ちょびーっと刺激が強すぎじゃない?」


リオとネッドの二人も、エルミナを邪魔するように間に割って入る。対する魔女は、どこまでも楽しそうに身をくねらせた。


「だってぇ、セリーナちゃんが可愛すぎるんだものっ。ねえねえ、セリーナちゃん? こんなシケた森おさらばして、紅の渓谷にこない? 手取り足取り、私がめいっぱい面倒みてあげちゃうわよ」


「却下」


ぎゅっと、グレイフィールがセリーナを抱き寄せる。――放心していたセリーナはそれで我に返った。目を瞬かせて見上げた彼女は、自分がすっぽりと彼の膝の上に囚われている事に気づいて顔を赤らめた。


セリーナの動揺をよそに、グレイフィールはセリーナを抱き寄せたままエルミナを睨む。


「セリーナはだめだ。僕が渡さない」


「!?」


きっぱりと言い切られて、心臓がとくんと跳ねた。――いや、もちろん、恋愛的な意味でのセリフではないことはわかっている。それでも真剣な顔でそんなことを言われてしまえば、つい胸がどきどきしてしまう。


それを見たエルミナが、興味深げに目を細めたのにセリーナは気づかなかった。


「へーえ。やっぱり面白い」


にんまり微笑んで、エルミナが呟く。グレイフィールだけがそれに気づいてぴくりと眉を動かしたが、次の瞬間、エルミナは何事もなかったように明るく手を合わせた。


「きーめたっ。私、しばらくハズレの森にお邪魔するわぁ」


「はい!?」


「まあ、そうなるわな」


リオは目を剥き、ネッドはどこか予想していたように肩を竦めた。


「しばらくとは!? 具体的にいつまで!?」と騒ぐリオをよそに、エルミナはオレンジの髪をふぁさりと跳ね上げ立ち上がる。それから、手本のような綺麗なウィンクを飛ばし微笑んだ。


「てわけでぇ。よろしくねぇ、セリーナちゃんっ?」


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