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3.渓谷の魔女がやってきました。(1)



「そういえば、いつ、人里に降りているのですか?」


 とある昼下がり。いつものように出来上がった魔法薬を小瓶に詰めている途中で、セリーナはリオに尋ねた。リオはきょとんと瞬きをし、いったん手を止めてセリーナをみた。


「いつ、と申しますと?」


「出来上がった薬は、人里で売ると伺っていたので……」


 事実、不思議なのだ。


 この一か月、ほぼほぼ毎日、セリーナはリオと魔法薬づくりにいそしんできた。失敗して破棄した分ももちろんあるが、そこそこの量を作り、小瓶に分けてストックしているのである。


 それらの魔法薬が3日に一度ほどのペースでなくなる。


 初めはどこかに片付けたのかと思っていたが、リオとネッドの話を聞く限り、それらの魔法薬は売られたらしい。


 けれどもリオはほとんどの時間をセリーナと一緒にいるし、ネッドもグレイフィールに付いて森に出る以外は屋敷にいる。二人揃って、薬を売りに人里に出ている気配が見当たらない。それこそ、瞬間移動でもできなければ……。


(まさか、グレイ様が?)


 その可能性に、セリーナははたと思い至った。


 グレイフィールは頻繁に屋敷を空ける。大半は森に出ているようだが、彼の転移魔術ならひとっとびに人里にも下りていける。


 けれども、一般的に『ハズレの森に引きこもっている』とまで言われるグレイフィールが、頻繁に、それも生活費を稼ぐために町に出かけるだろうか。


 すると、リオが「ああ、」と納得したように首を振った。


「薬売りのことでしたら、我々が直接、人里で売っているわけではないんです。もちろん、そういうこともないわけではないんですが」


「では、どうやって薬を……?」


「別のところに預けて、売ってもらっています」


 きゅっと小瓶に栓を差す。最後の一つを片付けてから、リオは微笑んだ。


「見ていただいた方が早いですね。案内します」





 グレイフィールの屋敷には、いつくかの塔がある。その内の一つ、細い螺旋階段を上った先の扉の奥へ、セリーナは連れていかれた。


「あれ、セリーナちゃんじゃん。どったの、こんなところに」


 リオに促されて入ると、中にいたネッドに首を傾げられた。けれどもセリーナは、彼よりも別のものに目を奪われていた。


「竜……?」


「正解です。トカゲと呼ばず良かった。すぐに拗ねますので」


 まじまじと、セリーナは竜を見つめた。竜といっても、想像よりだいぶ小さい。なにせ部屋にはいるくらいだ。おそらくネコと同じくらいの大きさだろう。


 けれども、全身鱗で覆われた体と1対の羽。トゲのある背中や長いしっぽなど、姿かたちはしっかりと竜である。


「こんにちは、スノウ。今日は貴方の番でしたか」


 話しかけながら、リオが竜に近づく。先ほどまでネッドが掃除をしていたのだろう。あちこちからかき集められ、こんもりとベッドのように盛られた干し草のうえで、丸くなっていた竜が首をもたげた。


 白い体に赤い瞳。スノウの名がふさわしい彼に、リオは小包を見せる。出来上がったばかりのものも含めて、ここ数日分の魔法薬をまとめてある。


「本日の依頼です。いつもと同じに、彼女の谷へ」


 スノウがゆっくり瞬きをする。それから準備体操をするように、鉤爪つきの羽やら足などを伸ばした。


 しばらくして気が済んだらしいスノウは、小包に結び付けた紐を咥える。そのままスノウは箱を引き摺って、ぴょんぴょんと窓の近くに移動する。かと思えば、何のためらいもなく窓の外へと飛び出した。


「っ、! 危ない!!」


 悲鳴を上げて、セリーナは窓に駆け寄った。小包といっても、大きさはスノウより一回り大きいくらい。しかも中身が液体のため、結構重い。あんなものを持って飛ぼうとしたら、重さに耐え切れずに地面に落ちてしまうんではないか。


 そう思ったのだが、窓から身を乗り出したセリーナはぽかんと口を開けた。


「え……?」


「ヨーキー種は、空間に合わせてサイズを自在に変えられるんです」


 果たして、スノウは大きな羽を広げて木々の上を飛び去っていくところだった。さっきまでの子猫ほどの可愛らしいサイズではなく、馬の三倍はありそうな大きさで。


 呆気にとられるセリーナに、リオが教えてくれた。


「かつて、グレイフィールがヨーキー種を助けたことがありまして。以来、種の中で持ち回りで、遠くへの荷物の運搬を彼らが担ってくれているんです」


「早いんだぜー。この時間に出発したら、今夜には向こうの谷に到着するね。あ、谷っていうのは俺たちが作った薬の買い取り先で、相手は……」


 ネッドの言葉は途中で終わった。窓の近くにいるセリーナとリオの頭の上を飛び越えて、何かが室内に飛び込んできたからだ。


 その黒い塊は、ネッドの頭に直撃した。


「いっっっっづ!!!」


「ネッド!?」


 声を裏返して呻き、ネッドが頭から後ろに倒れる。まるでコントのような一幕だが、セリーナは悲鳴を上げた。すると、ネッドの頭にぶつかった張本人――艶々の羽をしたカラスが、憤慨したようにぴょんと跳ねた。


「フン、相変ワラズドンクサイ奴メ。修行ガタリナイカラ、カラス一匹避ケラレナイノダ」


「ん、だ~~~~! 人にぶつかったらまずごめんなさいを言えって。前にも言ったよねぇ、ハミルちゃんよぉ~~~!?」


 思い切り倒れたのも何のその、ネッドはすぐにがばりと体を起こしてカラスに詰め寄る。だが、このままでは埒が明かないと判断したらしいリオが、一人と一匹の間に割って入った。


「それよりも突然どうしたのですか。ちょうど、谷に向けて薬を飛ばしたところだったのですが……」


「アア。ソレナラ、サッキ白イノトスレ違ッタ。突風ミタイニ早カッタゾ」


 隣で睨むネッドのことを華麗にスル―し、カラスはリオ、その後ろにいるセリーナを見上げる。ばさりと黒い翼を広げ、カラスは高らかに宣言する。


「ヨロコベ、オ前タチ! オ師匠ガ、直々ニハズレノ森ニキテクダサルゾ!」


「は?」


「んな!」


 従者ふたりの反応は早かった。きょとんとするセリーナを置いてけぼりに、二人は慌ててカラスに確認をする。


「あの人が来るって、そりゃいつの話だよ!!」


「ああ、もう! 毎度毎度、来訪が急なのですから~っ! ……って、今回は先に報せがあっただけマシですか。で? いつ屋敷に到着されるのです?」


 身を乗り出す従者ふたりをよそに、カラスは器用に羽を使って、胸のあたりから懐中時計を取り出す。――冷静にそれ、どこにしまっていたのだろうと。疑問に思うセリーナをよそに、カラスは時計の文字盤をふむふむと確認すると、再び従者たちを見上げた。


「3秒後ダナ」


 リオとネッドが何かを答える間もなかった。


 ふいに何もない空間に火柱が起こる。だが、火柱は一瞬天井を舐めただけですぐに立ち消え、代わりにそこに一人の女性が現れた。


 燃え盛る炎のようなオレンジの髪に、深紅の瞳。溢れ出る色気と自信が全身に滲む、迫力ある美貌。それに反して、シャツにベスト、ぴたりとした皮のズボンというシンプルな出立ち。


「あらぁ? ここって竜の部屋ぁ? 転移先が、まさかここになるなんて」


 ネッドがあんぐりと口を開け、リオが頭を抱える。それらをものとはせず、女性は悠然と辺りを見回す。セリーナのところで視線をぴたりと止めた。


「へーえ。この子が噂の」


 ついと唇を持ち上げて、女性がセリーナに体を向ける。こうなると、いよいよ大蛇に睨まれたカエルのような緊張感が全身を駆け巡る。


 だが、女性は「きゃっ♡」と声を上げると、目を丸くするセリーナの手を取った。


「私はエルミナ。巷では『紅き渓谷の魔女』、なんて呼ばれているわ。よろしくねぇ、セリーナちゃん」



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