押せない。
ーーカンカン、カンカン。
振り下ろされた時の音色。
一斉に走り出す、駆け出す。
心を揺さぶる戦慄の音色だ。
間に合うも間に合わないも、そのさじ加減。
最中、それは突如訪れてしまった。
がちん。
思いもよらなかったのだろう、母親ですら。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
つい先ほどまで熟睡していた赤子が泣き喚く。
きちんと避けていたはずの凸凹に見事に填まっている。
真っ直ぐ進んでいて、乳母車の足は決して横にならなかった。
ーーカンカン、カンカン、カンカン。
どんどん近づいてくる。 必死に足掻く。
自分だけはどうなろうとも、この子だけでも、と。
ーーカンカン、カンカン、カンカン、カンカン。
駄目だ、もう…………。 そう諦めかけた時だった。
「壊しますよ、良いですね?」
バキンと力強い、豪腕により車輪が外れた。
次いで母親もろとも抱き抱えて勢いよく、その窮地から逃れられた。
「ありがとうございます!!」 「いえいえ、そんなーー」
一部始終を視ていて。
その正義のヒーローのような当たり前の行為に虫酸が走る。
まるで偽善者だろうと、鼻で笑うしかない。
「そんなの、緊急停止ボタンを押せば良いじゃん」
一切手助けしようとはせずに、暢気に眺めるモニターから。
真っ赤な文字が浮かび上がった。
「そんなこと……もう、できないでしょ?」
轢かれた回数は忘れた。
ただ、愚痴るだけの、いつも。
花束など手向けられてやいない。