二人のアルフレッド 第一話
更新はゆるゆるです。
西を海に、北と東を山に囲まれた、オワダという国があります。左右の手の人差し指を交差させた様な形の国土です。指と指の交点、国の中心に首都ワダがあります。北、東、南に接するそれぞれの国と、十数年から数十年単位で和平を結んだり、戦争したりしていますが、今は概ね平和です。
この国は、王の一族と、封土を任された貴族たちによって治められています。王とその一族が住う街、それが首都ワダです。そのワダから南へ二百キロほど離れたところに、トツカという村がありました。村長一族が村民に土地を貸し与え、小麦を育てて税金を納めています。村人たちの暮らし向きは、まあまあです。とてもひもじい思いをする村人はいませんが、さりとて暮らしに余裕のある豊かな村民というのもいません。村長、ひいてはトツカを治める貴族は上手くやっていると言えるでしょう。
村人たちは、何年も何年も、同じ様な暮らしを繰り返しています。平和で牧歌的、飢えとも無縁ですが、商人が訪れるのは村長の家にだけで、それも三ヶ月に一度きり、他所から人が流れてくることもなく、閉鎖的です。子供も、ほとんどの大人も、村の外の世界を知りません。なので、街に憧れるとか、こんな退屈な村出て行ってやるとか、そういうことを思う人はレアでした。そういう人は、大体が村長一家の、三男とか四男とか。無理を言って商人の馬車に乗り込んで、後は二度と戻ってきません。トツカ村とはそんな村でした。
そのトツカ村に、アルフレッドという名の少年がいました。なんの変哲もない農民の子供です。家族総出で畑を世話して小麦を育てて生活しています。
ある日のこと、雑草取りを終えたアルフレッドは、村のそばを流れる川で遊んでいました。独りです。ちょっと拗ねていました。大好きな姉が、お嫁に行ってしまうからです。村の中の血が濃くならない様、数世帯に一人は、村から女の人が出ていきます。そして、同じ様に出された、どこかの村の、やはり外のことは何も知らない女の人がお嫁にやってきます。それらは全て村長の差配で行われます。女の人やその家族の意思や意見は関係ありませんでした。
アルフレッドは一人で川面を眺めたり、腹立ち紛れに小石を投げ込んでみたり。川底から持ち上げた石の下に蟹がいました。おいしいのは知っていますが、今はそういう気分ではありません。粗末な服はずぶ濡れですが、しばらく川原でぼんやりしていれば乾いてしまいます。退屈したアルフレッドの目は自然と、楽しくなれるものを探していました。そして、見つけます。
「虫かな?」それは川上から流れてきました。それは背中にセミのような薄くて透けている羽を持っていました。そして、人のように、頭があり、胴体があり、そこから四肢が生えていて、服を着ていました。そしてその大きさは、アルフレッドが指で摘まんで持ち上げられるほどでした。指でつついてみると、虫とは違う感触がしました。子供のすることなので、けっこう、いえ、かなりの力でぐりぐり、つんつんします。すると、虫(推定)が水を吐きました。アルフレッドは驚いて虫(推定)を落としそうになりますが、なんとかこらえました。虫(推定)の顔をじっと見つめていると、その瞼が震え、ゆっくりと持ち上がります。きれいなヒスイ色の瞳でした。興味深く思ってさらに見詰め続けていると、やがてその虫(推定)と目が合いました。アルフレッドの方を向いたのです。
「君が……助けてくれたのかい?」
虫(推定)がしゃべりました。今度こそ驚いて、アルフレッドは虫(推定)を川に落としてしまいました。
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