イキり勇者のハッタリ無双~パーティメンバーの攻撃エフェクトに合わせてこっそり攻撃していたら、パーティ全員がイキりだして手に負えなくなりました~
勇者とは書いて字のごとく勇ましき者。
その勇者の成長の源は、勇気であり自信である。
真の救世主となれる器を持つ者とは、絶対に折れない心と自分の力を一度たりとも疑わない圧倒的な自信を持つ者のことを言う。
私、クヴェルことクヴェルディアは、勇者育成を目的とした秘密組織、ゼノン教会の人間だ。ゼノン教会に所属する人間は決して正体を明かすことは許されておらず、所属する人間は自分の関与する記憶を抹消する魔法を習得しているため、その存在を知る者は誰もいない。
これまでに多くの勇者が世界平和に貢献してきた。しかし、世界全土を揺るがすような絶体絶命の危機を救った勇者パーティや、並の勇者では決して歯が立たないような凶悪な魔物を打ち倒してきた勇者パーティには、必ずゼノン教会の人間が関わっていた。
私は伝承に残るような伝説的な勇者を育てた実績は未だに持っていないが、それでも立派な勇者を世界に羽ばたかせることに三連続で成功している。そして私が育てた勇者たちは、今ではあちこちの大陸でその活躍ぶりを噂されるほどになっていた。
ゼノン教会の掟により彼らにはすでに私の記憶は存在しないが、いつしか立派になった姿をこの目で見たいものだ。
とまぁ、私の実績はそこまですごいものではないということが言いたかった。
数で言うならば、もっと多くの勇者を輩出している先輩はたくさんいたわけで、もっとすごい勇者を輩出している先輩もたくさんいる。
だが、成功率という観点で言えば、私は現在のところ百パーセントという脅威の数値を誇っていた。これはゼノン教会の中でも数えるほどの人間しか達成したことがない偉業であるという。
そんなマグレのような私の功績を、何故か上層部から認められてしまい、ゼノン教会でも名誉ある称号「導きの手」を授かることになったのだが、その称号を得ることの意味を私はまだ何も理解していなかった……。
○
暗がりの洞窟の中、生暖かい空気と鼻をつく獣臭が辺りに充満していた。
その臭いの元凶となっているものは、二本の角を携え全身を堅い毛皮で覆った体長三メートルはあろうかというほどの巨大な牛だった。
自分の背丈ほどもある巨大な斧を持った牛は、自分の住処を荒らす侵入者に鼻息荒く怒号をまき散らしていた。
「へっ。ミノタウロスごときが、勇者に勝てると思うなよ? すぐに俺の経験値の糧にしてやんよ」
ミノタウロスと同じくらいに息巻いているのは、育成中の勇者見習いであるカイトだ。
カイトは、見た目だけならば強そうな勇者に見えなくも無いが、実際はそこいらにいるスライムにも勝てるかどうか怪しいくらいに貧弱なステータスしかもっていない。
平凡な村出身のカイトは、幼少から戦闘訓練など一切受けておらず、私が迎えに行かなければおそらく農民で生涯を終えていたであろう人間だった。十五歳になって初めて剣を握り出すという訓練の遅さからも、現存する勇者の中で最弱と言っても過言ではなかった。
私は今、この辺りの町の住人を襲う魔物たちの元凶を退治して欲しいと、国を治める王に頼まれてダンジョンに潜入していた。
一緒にいるのは、カイトと王に仕える兵士たちだった。
相対しているこの怪物は、ダンジョンから定期的に魔物を放つ、いわゆるダンジョンマスターと呼ばれる人類の敵だ。
「俺の最強の剣技、ハイパーインフィニットエターナルドライブを見せるときがやってきたようだな」
「おぉー! 勇者様の必殺技が、この目で拝めるとは! なんたる行幸!」
兵士の一人が、カイトの言葉に感化されたのか少年のように目を輝かせていた。
私は思わず頭が痛くなってしまった。
カイト……。
キミがそうやって格好をつけながらさっそうと使おうとしている必殺技なんだが。
それ……。
攻撃力1しかねーから!!!
いや本当に頼むから、もう少しだけ自重してくれ!!!
私は負のスパイラルに陥っていた。
本来であれば、勇者は自分の実力に見合った魔物と戦うことで経験値を得て、どんどん強くなっていくという行程を踏むものなのだが、カイトはあまりにも自分の実力を過信しすぎているため、自分の実力を大きく越える魔物と戦ってしまうのだ。
育成やサポート魔法に特化している私の補助魔法は、そのほとんどが割合増加と呼ばれるステータス上昇魔法なのである。
ある程度のステータスがあれば、十分すぎるほどの効果が見込めるものだが、基本ステータスが低ければその効力が一気に薄れてしまう。要するに、いくらステータスを倍にすることができたとしても攻撃力1は2にしかならないのだ。
またそれは、防御力にも言えることである。
カイトの紙装甲では、並の魔物の攻撃では一撃でやられてしまってもおかしくないほどに貧弱なのである。つまり、攻撃されることが許されない。
しかし、カイトはまったくそれに気がついておらず、そしてそれに気付かせることは勇者の成長の源である自信を失わせることにもなるので、私は勇者の攻撃にあわせて、こっそりと攻撃することにしたのだ。
これにより、勇者はますます自信をつけることになった。しかし、実際に魔物を倒しているのは私なので、経験値のほとんどが私に入ることになってしまい、完全に詰んでしまっている状態だった。
カイトがミノタウロスに向かって、声を上げながら、とてとてと走っていく。
まるで、子供がチャンバラをしているようにしか見えない。
このままミノタウロスの攻撃範囲に入ってしまえば、首が飛ぶことになるだろう。
私はカイトの影に忍ばせておいた自分の分身を急いで、ミノタウロスの影に移動させた。私の分身はミノタウロスの影を地面にぴったりと結びつけて、完全に身動きが取れないようにした。ミノタウロスは何が起こったのか理解できないのか、肩をピクピクと震わせて、悲しげに鳴くことしか出来ないでいた。
こうしたお膳立てを用意したとしても、カイトの必殺技は攻撃力1。
仮にもし、今のカイトがハイパーインフィニットエターナルドライブだけで、ミノタウロスを倒すとするならば、休みなしに打ち続けても三ヶ月はかかることになるだろう。
そもそも、そんなに時間をかけてしまえば、自信を失ってしまい以下略。
となると、ここは私がその攻撃に合わせて敵を倒すしか道はないのである。
「くらえっ! ハイパーインフィニットエターナルドライブ!」
カイトがミノタウロスにたたき込んだ剣筋は、闘気とも呼べぬ貧弱なエフェクトしか描かない。私はそのエフェクトに合わせて予め用意しておいた魔法を唱えた。
光魔法のシャイニングとクロスジャッジメントである。
この魔法は攻撃力とエフェクト共に申し分の無い魔法であり、かつ闘気と呼ばれるものに見た目が酷似しているため、軌跡に合わせて放つと、まるで闘気が爆発したかのように見える。
ミノタウロスは光に包まれて、十字の閃光をその身に受けた。
閃光はミノタウロスの身体を綺麗に引き裂く。
ミノタウロスは断末魔を上げて、その場に倒れ込み動かなくなった。
「すっ、すごすぎる! これでまだ勇者見習いだなんて、信じられません! あなたは間違いなく勇者です! 本当に偉大な勇者様だ!」
その光景を見ていた、兵士たちからは歓声が巻き起こる。
「だろ?」
カイトは得意げになって、くるくると手首で剣を回しながら鞘に収めた。
くっ。なんて腹の立つ顔をするやつなんだ。
確かに立ち振る舞いだけは本当に自信に満ち溢れていて、頼りになりそうなところが逆に困る。もう少しだけで良いから、謙虚さというものを持って欲しいものだ。
いや、自信を助長させてしまった私にも責任はあるのだが、もう私にもどうしていいかわからないというのが現状だった。
カイトの必殺技であるハイパーインフィニットエターナルドライブも、最初はシャイニングのみでサポートをしていたのだが、カイトがそろそろ俺の技も一段階ステップアップできるころなのではないか、みたいなことを言い出したために、エフェクトを強化せざるを得なかったのだ。
このままカイトの自信が一人歩きすれば、いずれ彼が自分の実力に気がついてしまうことになるか、はたまた強すぎる相手に遭遇して私と共に殺されることになるか、その悲劇的な運命を迎えることになるのも時間の問題だった。
しかし、私が苦悩を抱える中でも「導きの手」の使命は待ってはくれない。
この後も、面倒を見なければならないメンバーが次々に増えていくことになるのだ。
悪役令嬢のお手本みたいな娘であるレイア。ヒッピーエルフのセト。
そんな彼ら彼女らの自信を失わせないという名目を守るために、私は同様のことをしてしまう。
私の悪夢は、まだ始まったばかりに過ぎなかった――。
長編候補の一つですので、続きを読んでみたいと思った方はぜひブクマをお願いします!