冬将軍をぶっとばせ! 熱血王子オーディンの槍
世界がまだ神の世と呼ばれていた時代……。
超大陸パンゲアの北方に、『アースガルド』と呼ばれる大国がありました。
アースガルドは暖かい気候で、美味しい作物もたくさん採れ、人々はみんな仲良く平和に暮らしておりました。
ところが、ある時……。
『冬将軍フェンリル』と名乗る氷の魔狼が現れ、アースガルドを自分が棲みやすい冷たい氷の国に変えてしまったのです。
それからというもの、寒さでろくに食べ物も手に入らず、王様も国の人々もすっかり元気を失くしてしまいました。
……いや、たった一人だけ、変わらず元気な若者がいました。
*
「父上ーっ! 僕はフェンリルをやっつけて来ます!!」
アースガルド王城の、赤じゅうたんがひかれた王の間に現れたのは十歳くらいの少年。
小さな体にあふれる元気。アースガルドの王子様、『オーディン』です。
「おお、オーディンか。しかし、あのフェンリルを倒すといってもそう簡単には……」
「では、行ってきまーすっ!」
「最後まで話を聞けーっ!」
オーディン王子は自慢の槍をたずさえて、野を越え、山越え、谷を越えて、三日三晩で冬将軍フェンリルの根城に突撃しました。
目の前には山のように巨大な、青白い毛皮を持つ狼がいます。
凍るような白い息を吐き出す、氷魔狼フェンリルです。
『ぐはははは、貴様のような小僧がよくぞここまで……』
「奥義! 斬鉄貫通閃っ!!」
『最後まで喋らせんかーっ!』
ちゅどーん!
王子はいきなりラスボスに戦いを挑みましたが、あっさり敗れてしまいました。
王子はまた三日三晩かけて野山を走り、アースガルドの城へ帰って来ました。
「父上ーっ! 残念ながら、フェンリルに勝てませんでしたー!」
「あたりまえだ! だから、最後まで話を聞けと言っとるだろうに、ホントにもう……」
ズタボロになって戻って来た王子を見て、国王様はなげきます。
このオーディン王子、こうと決めたらとことん真っ直ぐ突き進む、まさに槍のように一本気な性格。
十歳にして武芸百般、特に槍術に関しては右に出るものがいないと言われています。
ただ、そのぶんおつむの方が少々残念なことになっているようですが。
国王様は脳筋なオーディン王子にも分かりやすいように、ていねいに一から説明をします。
「いいか、あの氷狼を倒すためには、四柱の精霊王の四つの試練に立ち向かい、四つの宝具を手に入れる必要があるのじゃ!」
これすなわち、獣の王の『力の試練』、海の王の『知恵の試練』、鳥の王の『勇気の試練』、大地の王の『優しさの試練』!
どどん!
「そして、四つの宝具が合わさった時、伝説の武器が現れると言われておる」
「なるほどー! では、その精霊王たちに会ってきまーすっ!」
「ちょっと待て! お前はどこに精霊王がいるか知っておるのか?」
「あっ! そうでした」
「お前は、ホントにまったくもう……」
精霊王たちが住む場所を聞いたオーディン王子は、まずは『獣の王』の所へ向けて出発しました。
山を飛び谷を越え、やって来たのは『覇者の草原』と呼ばれる地。
そこにいたのは、獣の王こと『合体獣キマイラ』!
百獣の王ライオンの黄金のたてがみと胴体、後ろ足は黒い雄山羊、尻尾は禍々しい毒蛇という、まさに獣の王にふさわしい威容です。
「ここに来たということは、『力の試練』を受けに来たのだな?」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「ふむ、いい返事だ。ならば俺様と相撲を取って、勝つ事が出来たら宝具をやろ……」
「どりゃーっ!」
ずだーん! と背負い投げを決めて、見事オーディンが勝利しました。
「勝ったーっ!」
「ちょっと待てっ、今のはノーカンだ!」
なんで? という顔をするオーディン王子。
「ちゃんと、『ハッケヨイのこった!』と言ってからじゃないとダメだろうが!」
「あ、そうでした」
「まったく……」
今度こそ、ごまかしの効かない一本勝負!
ずどーん! とバックドロップを決めて、見事オーディンが完勝しました。
「勝ったーっ!」
「むう……。さすがにその若さで試練に挑むだけあって、大した力の持ち主であるな。よかろう! 出でよ、力の宝具『ミノタウロスのスジ肉』!」
キマイラが空に手をかざすと何もない空中から、固そうだけど煮込めば美味しくなりそうなお肉が現れました。
「ありがとうございます! いっただっきまーす!」
「こらっ、食べてはいかん! お前は宝具を四つ集めて、伝説の武器を創るのではなかったか?」
「あっ、そうでした!」
「まったく……」
力の試練を制覇したオーディン王子は次の目的地、『賢者の海域』を目指します。
船にのって荒波をよいしょと乗り越え、美しいエメラルドブルーの海上にいたのは、海の王こと『海竜リヴァイアサン』!
海と同じ色のエメラルドブルーの銀鱗をきらめかせ、シュッとしたフォルムは知性の輝きを感じさせます。
「リヴァイアサンサンさん! 僕に試練を受けさせて下さい!」
「サンが多いな。海の王と呼んでくれたまえ。君に与えるのは『知恵の試練』。君の頭の良さを試させてもらうよ」
「僕はこの前、一ケタの足し算をマスターしました!」
「その程度じゃ話にならないね。もっと修行を積んでから出直してきたまえ」
しょうがないので、オーディン王子は船の上で猛勉強を始めました。
三日後……。
「いんしちが7、いんはちが8、いんくが9! やったーっ! 九九の1の段をマスターしたぞ!」
「まだまだ、先は長そうだね……」
また、三日後……。
「Rμν-(1/2)Rgμν+Λgμν=(8πG)/(c^4)・Tμνが、宇宙の重力場の計算をする方程式で……」
「この三日三晩で何が起こった?」
こうと決めたらとことんやり抜く、槍使いのオーディン王子。
あぜんとする海の王に地頭の良さを見せつけて、見事『知恵の試練』をクリアしました。
「なかなかやるね。では、約束どおり君にこれを授けよう。出でよ、知恵の宝具『クラーケンのゲソ』!」
リヴァイアサンは空中に、一本の巨大なタコの足を出現させます。
「いっただっきまーす!」
「こらこら、食べてはいけないよ。君は宝具を集めて、伝説の武器を作るんじゃなかったのかい?」
「あっ、そうでした!」
「知恵の宝具なんだけど、あげるのやめようかな……」
海の王に別れを告げ、オーディン王子は再び地を駆け、山を登ります。
そこは、『勇者の台地』と呼ばれる場所。
空からオーディンの元に降り立つのは、鳥の王こと『不死鳥フェニックス』!
燃えるような尾をなびかせて、揺らめく紅炎のオーラをまとう、美しい霊鳥が現れました。
「はーっはっは、よく来たな小僧! ここではお前さんの『勇気』を試させてもらう。これを見ろ!」
フェニックスが指し示すのは、崖の先端に繋がれた一本のロープ。
「お前さんには、ここからバンジージャンプをしてもらう!」
「分かりましたっ! 行ってきまーす!」
そう言うと、オーディン王子は何もつけずに崖から飛び出しました。
「待てっ!? それじゃ、単なる飛び降り自殺だ!」
ひゅるるーと墜ちていくオーディン。
えいやっと岩肌に槍をぶっ刺すと、柄がびよーんとしなり、今度は上へ向かってばひゅんと飛び上がります。
「無事に戻って来ました! ……あれ? いないです!」
スタッと崖の上に戻ったオーディンは辺りを見回しますが、フェニックスの姿がありません。
うわあああああーっ! どすーん! と音が響き、崖の下を覗くと、オーディンを助けようとして勢い余ったフェニックスが地面に激突してめり込んでいました。
この時についた跡が、ナスカの地上絵になったとかならなかったとか。
「あいたたた……、本当に死ぬかと思ったぞ……」
不死鳥らしくないぼやきを見せるフェニックス。
「だいたい、お前さんも無鉄砲すぎるぞ! もっと命を大切にだな……」
不死鳥から命の大事さを諭されるも、説得力がないのでオーディンはキョトンとします。
「だが、ネタとしては実に面白かった! お前さんの勇気に免じて、これをやるぞ!」
フェニックスが翼をかざすと、現れたのは巨大な卵。
勇気の宝具『ロック鳥の卵』です。
「目玉焼きにしようかな? ゆで卵にしようかな?」
「こらっ、食ったらダメだろうが。お前さんはこれを集めて、伝説の武器を作るんじゃないのか?」
「あ、そうでした」
「はーっはっはっ! お前さんは本当に面白いな!」
オーディン王子は勇者の台地を元気よく駆け降りると、最後の宝具を求めて『聖者の森林』に向かいます。
王子がそれらしい森に入ると、次第に霧が立ち込めて来ました。
おかまいなしにズンズン進んで行くオーディン。
すると、目の前に泣いている小さな女の子がいました。
「キミ、こんなところでどうしたの?」
「うえーん。あたし、お父さんとお母さんとはぐれちゃって、お腹がすいて倒れそうなの」
「そうか! ちょうどよかった、これを食べなよ!」
オーディンはニコッと微笑んで、女の子に『クラーケンのゲソ』を差し出しました。
「えっ、いいの? これは宝具と呼ばれる大事なものじゃないの?」
「いいっていいって! お腹が空いた時は食べるのが一番!」
女の子が嬉しそうに、クラーケンの足にガブッとかぶりつこうとした瞬間、ぶわっと一気に霧が晴れます。
オーディンの目の前に大きな樹が現れました。
「ほっほっほっ。妾は大地の王こと『世界樹ユグドラシル』。これは『優しさの試練』。お主の優しさ、しかと見せてもらったぞよ」
世界中に届くような枝を空に張り巡らせ、絶対に揺らぐ事のない幹。碧々と繁った葉は生命の息吹きを感じさせます。
圧倒的マイナスイオン!
その壮大さは、まさに大地の王。
「力、知恵、勇気がそろっていても、優しさがなければ暴虐の徒にもなりかねぬ。じゃが、お主は自分の不利益を省みず、人をいたわる仁の心をそなえておった。見事なり! お主には優しさの宝具『サクラジマの大根』を授けるぞよ」
大地の王が宣言すると、空中から巨大な大根が降りてきました。
「いっただっきまーす!」
「これこれ! 食べてはいかんぞよ。お主は宝具を集めていたのではなかったのかの?」
「あ、そうでした!」
「よもやと思うが、『クラーケンのゲソ』を差し出したのも、伝説の武器を創ることを忘れていたのではあるまいな?」
「あっ」
「あっ、じゃないぞよ」
ついに、『力』『知恵』『勇気』『優しさ』の四つの宝具を集めたオーディン王子。
ですが宝具を並べてみても、「出でよ神龍」と唱えてみても、一向に『伝説の武器』に変わるようすはありません。ユグドラシルに聞いてみますが。
「妾らも、実際に伝説の武器を見たことはないのでな、集めた宝具を武器に変える方法は知らんぞよ」
「分かりました! そのうちなんとかなるでしょう!」
「それでよいのか?」
うおおおおおーっ! とオーディン王子は聖者の森林を飛び出すと、三日三晩野を駆け、川を泳ぎ、まっすぐ駆けて冬将軍フェンリルの根城に突撃しました。
*
どどーん!
再び訪れた、氷の大地にそびえ立つ、雪にまみれた冬将軍の城。
オーディン王子は、どばきーっ! と城門をぶち壊すと。
「勝負だフェンリル! 出てこーい!」
『なんだ、また貴様か……』
城の奥からのっそり現れたのは、氷の魔狼フェンリル!
蒼白く凍りついた毛皮は氷柱のように尖り、凍気の闘気をまとっています。
『ふん、性懲りもなく現れよっ……』
「秘奥義! 螺旋斬鉄貫通閃!」
『最後まで喋らせんかーっ!』
刃先を捻らせながらの強烈な突き。四つの試練をくぐり抜け、少なからずパワーアップしたオーディンの技は氷狼の顔に傷をつけます。
フェンリルは頬から流れる血をぬぐいながら。
『ぐはははは、少しはやるようになったようだな……。ならば我も本気を出そうぞ!』
オーディン王子とフェンリルの攻防は三日三晩続きました。
ですが。
ドガーッ!
「ぐうっ!」
ついにフェンリルの一撃にとらえられ、オーディンは壁に叩きつけられました。
全身傷だらけになりながらも、よろよろとオーディンは身を起こします。
『ぐはははは! これだけの力の差を見せつけられて、まだやるつもりか?』
「僕は、この国の王子だ……。みんなの笑顔を奪ったお前に、二度と負ける訳にはいかない!」
オーディンは最後の力を振り絞って立ち上がると。天に向かって槍を掲げます。
「僕は絶対に負けられないんだあああああっ!!」
オーディンが咆哮を上げると彼の『熱い心』に呼応して四つの宝具、『ミノタウロスのスジ肉』、『クラーケンのゲソ』、『ロック鳥の卵』、『サクラジマの大根』が浮かび上がり、槍の周囲をぐるぐると回ります。
そして。
ピカーッ!
激しい光とともに、宝具がオーディンの槍とひとつになり、伝説の武器へと姿を変えました。
それは、柄に牛すじ、ゆで卵、大根の輪切りがぶっ刺さり、刃の部分がタコゲソになった槍。
ほかほかと湯気立つ雄々しき姿に、オーディンは確信します。
「これなら勝てる!」
『こしゃくな! これでも喰らえ!』
フェンリルは冷気のブレスをオーディンに吹きかけます。
迫り来る絶対零度の猛吹雪!
ボシュウ!
ですが、オーディンが持つ伝説の槍の熱量で一瞬にしてかき消えます。
『なんだとっ!?』
「最終奥義! 爆熱螺旋斬鉄貫通閃っ!!」
オーディンは自らの身体にも捻りを加え、ライフルの弾丸のように突撃します。
ガードをはじき飛ばしながら、オーディンは槍の先端のタコゲソをフェンリルの顔面に押し付けました。
ジュウーッ!
『ぐわあああああーっ! 熱いっ! グニグニするー!!』
フェンリルは必死に顔からタコゲソを引き離そうとしますが、さすがのタコゲソ。吸盤が張り付いて思うようにいきません。
『ぐおおおおおーっ! 外れんっ! グニグニするー!!』
そして。
『ぎゃああああああああああーっ!!』
ドロドロと溶けながら、氷の魔狼フェンリルは断末魔の声を上げて、とうとう水になってしまいました。
「勝ったーっ!!」
どどん!
こうして、フェンリルを倒したオーディン王子。
ですが、冬将軍がもたらした爪痕は深く、アースガルドの国民の身体と心は寒々と冷えきってしまっています。
そこで、オーディン王子は竹串に刺した普通の牛すじ、タコゲソ、ゆでタマゴ、大根を三日三晩煮込んで、伝説の武器を模した煮込み料理を作りました。
それをふるまうと、国民は我も我もと手を伸ばします。
温かい『オーディン』料理をたくさん食べて、国のみんなは身体も心もすっかりポカポカになりました。
「見事だったぞ、オーディン! さすがは我が息子だ!」
父王に誉められて、オーディン王子もニコニコです。
「ところで、お前が手に入れた伝説の槍は、なんという名前だ?」
「これは、神槍『グニグニする』です」
「神槍『グングニル』とな? なんと素晴らしい名前ではないか!」
なんか微妙に間違って伝わってしまいましたが、みんなグングニル、グングニル言ってるので、オーディンはまあいいかと思いました。
こうして、アースガルドはオーディン王子によって、暖かい気候と平和をとり戻す事ができました。
そして……。
後の世に、『オーディン』の料理は『おーでん』となまって日本に伝わり、寒い冬場の食卓やコンビニに並ぶようになったという説が、あるらしいとかないらしいとか?
めでたし、めでたし。
おしまい