3 てんやわんや
・前回のあらすじ
強制女体化能力を反射されて女になってた。
「ロイド、お前カゲと一緒に水浴びをしていたこともあったよな? よくも何でも無い顔で女性の弱みにつけこんで、堂々と視姦を……そういうのは絶対に仲間にやるなと、最初の時にあれほど……!」
「だから知らねーつってんだろ! カゲは微妙に離れたとこでやってたし、俺もちゃんと見てたわけじゃないんだよ!」
「つまりチラッとは見たんだな!」
「カゲくんが女……うう……」
レインが言うには、どうも、三人は完全に俺を元から女だったと勘違いしているらしい。
「『……どうすりゃいいんだ、これ』」
「『どうしようもないわね』」
「『いや諦めないで欲しいんだけど』」
素直に説明できればいいのだが、あんなスキルを持っていると自分から言うのは躊躇われる。それに、この世界における異世界人の印象は、一部層には非常に悪い。ついこの間も異世界人によって何の意味もなくエルフの村が焼かれたばかりだし。
どうせ、明日にでも教会に行って解呪してもらえば元の体に戻れる。今日は適当に濁そう。この国の言葉――アトランティス語を喋るのは未だに慣れないが、俺は意を決してクリス達に話しかけた。
「あの」
「待て、クリス! カゲが話し始めたから剣を納めろ! せめて下ろせ!」
「む……仕方ない。だがロイド、もし淫らなことをしていたら即座に斬る」
クリスが騎士剣を鞘に納め、こちらを向いた。
「えーと、俺は、男だから」
そう言った瞬間、三人の頭の上に疑問符が浮いた。
「う、ん? つまり……それは、勇者達の語る『男の娘』とかいう……アレか?」
「あー、じゃあ、とりあえず、そんな感じで――ぃいぃっ!?」
「何言ってんの、完全に女の子じゃない、身体」
レインに後ろから胸を揉みしだかれれる。しかも、忍者装束の上からじゃなく懐に腕を突っ込んで肌着の上からだ。
今までなかった器官を触られる、とても言葉にできない感覚。俺は慌てて腕を振り払い、胸を隠しながら日本語で抗議した。
「『なん――馬鹿っ、何してんだよお前!』」
「『カゲが適当なこと言うからじゃない。下手な誤魔化し方するぐらいなら、ちゃんと言った方が身のためよ。もしロイドあたりに女の身体なことバレて襲われたらどうすんの。カゲは斥候職だから剣士のロイドより筋力ないし、その上押しに弱いからそのままズルズルと……』」
「『無い! それに、今までずっと男として接してきたんだぞ! あいつはレインと違って別に同性愛の気とかなかったはずだし……』」
……あ、でも、そんなこと言って本当にあったらどうしよう。レインも、レズビアンだとわかる前は全然そんな素振りを見せていなかったし。
いやけど、ロイドは普段から風俗とか行ってるし、そんなことはないはず――別に女が好きだからって男が好きじゃないとは限らないよな。両方イケる人とか普通にいるし。
元の世界じゃバーチャルで美少女化したおじさんに興奮してる人がたくさんいて、顔バレした後でも人気維持とかあったし、確実なことは一つも……
「『……いや! でもロイドは大丈夫! 同意なく変なことしない! 俺は今日仲間たちを信用した!』」
「『……先に初めて奪っといた方がいいかしら』」
ゾワっとしたものが背筋を走る。レインの目は、完全に捕食者のソレだった。ロイドなんかよりこいつの方がよっぽど風紀を乱してやがる。駄目だ、一瞬で信頼が崩れてきたぞ。
レインは何事もなかったかのように三人に振り返り、アトランティス語で言った。
「そういうわけで、見ての通りカゲは女の子だし、今日から女子部屋で寝かせましょ」
「『んな……!?』」
どういうつもりだ、こいつ。もし女子部屋で寝た後に男なことがバレたらクリスに斬られるだろうが。
「『何考えてんだよ!』」
「『エッチなこと考えてるに決まってるでしょ』」
断言しやがった。……微妙にドキッとしてしまう自分が憎い。過去にレインが同性愛者ということを知って、告白する機会すら無くしてしまったが、こいつは俺の初恋の相手なのだ。
「『馬鹿……! クリスが自分のそばでエロいことされるのが大嫌いなの、知ってるだろ!? いくら部屋に仕切りあるからって……』」
クリスは七歳の頃所属していた冒険者チームの年長者達が痴情のもつれで醜い争いをし、子供心に強いトラウマとなってしまったらしい。それ故に彼女がリーダーであるこのチーム・スティレットでは、メンバー間での恋愛は厳禁となっているのだ。
数年ほど前は性的なもの全てが憎いような状態だったが、歳を重ねるにつれ分別も身につき、ある程度寛容になっていったらしい。
とはいえ、まだ十五歳。いくら年の割に落ち着いているからと言って、完全に論理的な判断が下せる程ではないようだが。
「『大丈夫よ、猿轡使ったプレイには慣れてるし。……あ、使わない方がスリルあっていいかしら。必死に声我慢させるの、いいわよね』」
で、いくら日本語が通じないからって、そんなクリスの目の前で堂々と変態発言出来るレインの度胸は何なんだ。一歩間違えたら斬られてるぞ、俺たち。
そうやって二人で話していると、何故か慌てていたアノアが言う。
「あ、あのさ、四人で寝るってなると流石にベッド置くスペースないし、カゲくん……ちゃん? 私のベッド使うとか……ほら、私ちっちゃいから、邪魔にならないと思うしっ」
何を言っているのだこのロリっ子は。アノアが何歳かは聞いていないが、せいぜい十歳と少しだろう。俺のような成人近い男性と寝るなんて犯罪過ぎる。
「だ、駄目だ! いつも通り、ロイドと、一緒に寝る!」
「ロイド貴様ァ!」
「待てっつってんだろクリス!」
クリスが振り下ろした騎士剣をロイドが真剣白刃取り。おお、達人だ。
「チームで恋だの愛だのは拗れるとアレほど言ったのに……! お前にわかるか、信頼していた先輩が、罠にかかって動けない仲間を〇〇〇しているのを見た私の気持ちが……!」
「カゲのは言葉通りの意味だろ、あいつアトランティス語慣れてねえんだから! 大体、何で俺だけ斬られにゃならん!」
「見るからにヘタレなカゲが自分から誘うわけないだろう!」
……聞こえてるんだけどなあ。
というか、クリスもそんなにメンバー間の恋愛が嫌なら女性だけのチームにしてればよかったのに……いや、その場合でもレインが加入してる時点でダメか。冒険者は人材選り好み出来るほど楽な仕事でもないし。
「変なことはしてない」
ひとまず、そう言ってなんとかクリスを引き離す。レインに強化魔術をかけてもらってようやく止めることができた。
クリスの奴、こんな細いのに全身鎧着て走り回るし、どこからきてるんだろうなこの筋力。もう五年経ったが、この世界はまだまだわからないことが多い。
「でも、それはそれとしてカゲをロイドと同じ部屋で寝かせるっていうのはね。やっぱり女子部屋に……」
「やめろ」
レインの頭にチョップを入れて黙らせる。
「どうしてカゲは女子部屋で寝るのを嫌がるんだ? 男子部屋で過ごす方が色々困ることが多いだろうに」
「……いやその、心は男だから……」
俺がそう言った瞬間、アノアの狐耳がピクッと揺れる。
「(心が男なら別に恋しても問題ないんじゃ……いやでも……うーん……)」
フラフラと尻尾を揺らして、普段は見られない気難しい顔で何かをつぶやいている。
クリスはそんなアノアに気づくことなく、普段から気難しい顔を更に気難しくして言った。
「む……そうなのか。だが、それでも同室なのは問題があるぞ。カゲの容姿は、その……」
クリスの目線が同意を求めるように動いた。
確かに、今の俺の顔は非常に整っている。男なら放っておかないだろう。俺だってこんな見た目の子がいたら放っておかない。あのスキルは名前こそアホ丸出しなもののその性能に偽り無く、むくつけき大男でも華奢な可愛らしい幼女に変えてしまうし、薄汚れた浮浪児だって薄幸の乙女に変えてしまう。
なお、前者が逃亡していた賞金首で、後者が現在民衆に崇められている聖女である。どういう変わり方をするかはランダムだが、元が男らしい者ほど変化のギャップが大きく……と、今はどうでもいいか。
「ロイドはこれまで何もしなかったし、問題ない。それに……信頼している」
「色恋が絡むと人は変わるんだ、カゲ」
クリスが険しい目でこちらを睨む。……いや、険しいっていうか虚ろなような。焦点合ってないぞ、大丈夫か?
「でも、俺の中身は、変わっていない。どんな顔でも、今更態度を変えないと言ったのは、クリスだ」
「ぐ、ぬ……た、確かにそうだな。ロイド、わかっているだろうが……」
「やんねーよ。最初から言ってるだろ、何もないって」
ロイドがこちらを見ながらため息をつく。なんか色々すまんな。
とりあえず状況に一段落ついた(気がする)ので、食卓につく。
「食べよう。冷めるから」
「そうね、これまでずっとみんなでやってきたんだし、今更秘密の一つや二つわかったところで気にすることないわ。乾杯しましょ、乾杯」
レインが何事もなかったかのような顔で椅子に座る。……こいつ、あれだけ言っといてよくもいけしゃあしゃあと……
「では……えー、色々とあったが、迷宮は攻略した。人々の安全は保たれ、私たちは財宝を手に入れた。今日は勝利を祝おう」
リーダーであるクリスの音頭に合わせ、カン、と木製のカップが合わされる。
少しギクシャクとはしたものの、それまで一度もなかった仲間との祝宴は心地良かった。
とりあえず、明日は朝イチで教会に行って解呪してもらおう。金はかかるが、貯金はそれなりにある。今なら知り合いの聖女が街に来ているし、割安にしてもらえるはずだ。
1/10 アノアの年齢をカゲが聞いてしまっていたので1話を修正しました。




