2 フラグ回収
・前回のあらすじ
強制女体化能力とかぶっちゃけ使っても面倒くさいだけじゃね?
戦いは熾烈を極めた。
「グォオオオオッ!」
「うお、危ねえ!」
まるで名刀のようなドラゴンの鋭い爪を、ロイドがすんでのところで躱す。
本来、攻撃を受けるのは防御役である私、クリスの仕事だ。攻撃役であるロイドが回避に専念していてはダメージ源がなくなってしまう。
「おい、クリス! ちゃんと引きつけろ!」
「解っている!」
私はロイドへと返答し、騎士のスキル『挑発』を発動させながら盾を構えた。
ドラゴンが私に向けて尻尾を振り払うが、レインの魔法で強化された筋力をもってそれを弾き、受け流す。回避するほどの余裕はない。これほどの巨体であるにも関わらず、ヤツの敏捷性は桁外れだ。
ドラゴンが弓のように力を溜める。今度は全身を使っての体当たり。
「くっ……」
防御に専念していても、流石にこれを受け切る自信はない。
しかしドラゴンが飛びかかってきた瞬間、その勢いが何かに遮られたかのようにガクンと削がれた。
威力のない体当たりを受け止める。ドラゴンは体勢を崩し、隙を見て飛びかかったロイドの剣で横腹を切り裂かれる。
「カゲ、助かった!」
「ああ」
ドラゴンの足元に小さなナイフが突き立っている。忍術スキルの一つ、『影縫い』で一瞬動きを止め、勢いを殺してくれたのだ。手先の器用なカゲはこういう小技が上手い。
仲間たちを鼓舞するべく、私は声を上げた。
「もう少しだ、踏ん張れ皆! レイン、最大火力!」
「これで決めなきゃ、後がないわ!」
レインが両手の間に球形の魔法陣を生み出す。私も多少は魔法の心得があるが、あの魔法陣はあまりにも精密で、その構造の一端すら推し量ることはできない。
魔法陣の中で水属性の魔力光が分解され、虹色に輝く。擬似的に七大属性全てのダメージを与える魔女レインの秘術、『セブン・レイ』だ。
風属性魔力で構成された弓形の結界に、レインが虹色の矢をつがえる。
魔力のチャージには二十秒かかり、命中精度も悪い。だが、ここまでの戦いで弱ったドラゴンにこれを避ける方法はない。
だが、その瞬間――ドラゴンがニヤリと笑った。
ドラゴンはブレスを自分の足元に放ち、周囲に土煙を巻き上げ、視界を遮る。
「煙幕……!?」
だが、この程度の粉塵ではドラゴンの巨体を隠せない。自分の体をブレスで傷つけてまで、何故……? そう思った私の目に、煙の隙間からドラゴンの体表を包む光の壁が目に入った。
魔力防御障壁。あれを破壊しない限り、レインの魔法は無力化される。
「レイン、『セブン・レイ』を止めろ! 防御障壁だ!」
「無理よ、もうチャージに入ってる、止められない!」
私はギリッと奥歯を食いしばる。『セブン・レイ』は連続して撃つことの出来ない奥義だ。これを外せば、あのドラゴンを倒し切る手段はない。
あの障壁は物理攻撃では破壊できない。私は剣先で簡易的な魔法陣を描き、光の魔力弾を撃ち放った。
「喰らえ……『ライトバレット』!」
しかし、ドラゴンに飛んでいった弾丸は、障壁に触れた瞬間凄まじい勢いで私の元へと跳ね返った。
「なっ!?」
自分の放った魔法に腕が弾かれ、騎士剣が飛んでいく。
まさか、魔法防御ではなく魔法反射だとでもいうのか? それも、倍以上に威力を増幅して……!
「くそ……!」
これは、まずい。障壁を破壊するには奴に強力な魔力をぶつける必要がある。だが、高威力の魔法を使えば反射によりこちらが致死のダメージを負い、かと言って威力を抑えれば障壁を破壊できない。
聖騎士である私が浄化系のスキルをもっていれば無力化できたのだろう。だが、強化系以外の補助魔法を疎かにしてきた私には扱えない。
「カゲ、アノア! どっちでもいい、何か、呪術や浄化のようなダメージにならない魔法をドラゴンに……!」
あの二人がそんな魔法を持っているわけがないと思いつつ、土煙の中に隠れてしまった彼らへ叫ぶ。
だがその瞬間、カゲのいる方向から高密度の魔力が発射された。
禍々しい、しかし敵意は感じない、ピンク色をした謎の魔力光。それはドラゴンに突き刺さり、跳ね返されつつも障壁を破壊した。
まさかあんな、しかも障壁を一撃で破壊するレベルの術を持っているとは……レインの魔法陣以上に得体の知れない、謎の術式。これがジパング、闇の一族ニンジャの秘技なのか。
「レイン!」
「ええ! 死になさい――『セブン・レイ』!」
七色の光がドラゴンを貫く。戦闘が始まってから最大の衝撃が響き、ドラゴンが地面に倒れ伏した。
※
その後、私達はダンジョン内の財宝を回収し、街へと帰還することにした。
「カゲはまだ目を覚まさないのか?」
「ダメージは回復したし、念の為状態異常解除もかけておいたから、問題ないとは思うよ? よっぽど強い呪いとかなら別だけど」
チームの回復職、アノアが言う。
狐獣人の吟遊詩人である彼女に治せない傷や呪いなどそうそうない。あるとすれば、勇者の持つ特殊なスキルぐらいだ。恐らくはただの魔力切れだろう。
「魔力回復水は……」
「あ、ごめん、全部飲んじゃった」
レインが舌を出しながらウインクする。……マジックポーションは高いのだから、必要以上に飲むのはやめてほしい。
「まあいいか。ロイド、カゲを背負っていってくれ」
「俺、アイテム全部持ってるのに、カゲまで背負わせる気かよ?」
「どうせ体力なら有り余っているだろう」
「しょうがねえな……」
ロイドが荷物を持った手で器用にカゲを背負う。
カゲも決して小柄というわけではないのだが、身長百九十を超えるロイドに背負われると、まるで子供のように見える。
「ん……?」
「どうした?」
「いや、なんか前に背負った時と違う気が……カゲのやつ、太ったか?」
「一日に兵糧丸三つしか食べないと言われるニンジャが太るわけないだろう」
とはいえ、カゲは食事の時はいつも一人なため私も実際にそれを見たわけではなかった。徹底した素顔の隠匿ぶりは、流石ニンジャという他ない。
彼の素性はレインですらほとんど知らず、大部分が謎に包まれている。覆面に隠された顔はおろか、暗器を隠すためのぶかぶかとしたニンジャ装備は体格さえも判然とさせない。我々アトランティス国民が思い描くニンジャ像そのものである。
「ニンジャだってたまにはガッツリ飯食うだろ」
「何を言う、彼らは節制を美徳とする民族だ、暴食などするわけがない」
「この間普通に串焼き肉食べてたわよ」
この場で唯一カゲの素顔を見れるレインにそう言われ、私は何も言えなくなる。
「……まあいい、それなら街に帰った時はカゲと一緒に打ち上げだ。顔を見せてくれるとも言っていたし」
「おお、いいな。毎度毎度、攻略祝いにコイツだけ参加できないのは可哀想だと思ってたんだよ」
ロイドが朗らかな笑みを浮かべる。普段は眉間に皺を寄せている彼だが、そうしていると普通の好青年に見える。騎士服でも着ればさぞ似合うだろうに、もったいない。
「ねえねえ、今覆面取っちゃったらダメかな?」
「流石にそれは失礼だろう」
好奇心を抑えきれないというように尻尾を振るアノアをリーダーとして嗜める。これまで、故意に顔を暴いたりしないという信頼の元に私たちチーム『スティレット』はやってきたのだ。
レインにも、ロイドにも、アノアにも、そして勿論私にも、絶対に秘密にしたい事というのはある。命を預ける仲間である以上胸の内を晒すことも必要だが、それでも他人から踏み込むのは出来る限り避けるべきだ。
そんな領域の一端を打ち明けてくれるというカゲと私たちの信頼が深まってきたのを感じ、わずかに胸が熱くなった。
「レイン」
「うん、まだ長距離は厳しいからダンジョン入口までだけど、転移に問題はないわ」
強力な魔力が渦巻く空間では転移魔術が無効化されるが、ボスを倒したことによってダンジョン内の魔力場は安定している。レインの書いた帰還魔法陣を踏んで、私たちはダンジョンの入り口へと転移した。
※※※
目を覚ます。
薄暗いが、ダンジョンの中の気味悪い暗さではない。窓からわずかに月が覗く、平和な暗がりだ。
ドラゴンとの戦いの最中に気を失った俺は、チームの拠点としている小さな屋敷の男子寝室にいた。
寝ている時は外しているはずの忍者頭巾も取らず、服は忍者装束のまま。どうも、気絶している間に戦いは終わり、拠点に連れられてきたらしい。
みんながどうなったのか心配だが、俺も障壁が割れるところまでは見ていた。意識のない俺をここまで運んでくる余裕があるぐらいだし、問題なく倒せているはずだ。
しかし、何故クリスはわざわざダメージのない魔法を撃てと言ったのだろうか。土煙のせいでよく戦況がよくわからなかったのだが……
「ん……?」
……何か、身体に違和感がある。痛みはないが、どことなく変な感じだ。
変なところをぶつけたか、と思いながら居間へと向かう。
レイン達は攻略祝いに酒場でも行っているのだろう――と思ったが、何故か全員テーブルに着席していた。
「おはよう、カゲくん! 今は夜だけどっ」
「せっかくの料理が冷める、早く席に着け」
「今日は酒場の店主さんに作ってもらった料理を屋敷まで運んできたの。みんながカゲと一緒に乾杯したいってね」
「ウチで料理が出来るのはカゲだけだしな」
仲間達が口々に言う。普段は四人だけで打ち上げに言っているはずなのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「その、何でわざわざ……?」
「随分な言い様だな。カゲが顔を見せてくれると言ったからだろう。別に、誰も好きでお前を仲間外れにしていたわけではないのだぞ」
「そーだよ、カゲくんだけ参加出来ないのいっつもモヤモヤしてたんだから。一緒に冒険した大事な仲間なのに」
「…………」
少し照れ臭い。俺だってこの世界にきた当初とは違い、もうすぐ二十歳だ。友情なんかで胸が熱くなるほど子供ではないつもりだったのだが。
「それじゃ、ついにカゲの素顔ご開帳だな」
ロイドがニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。……いや、本人は普通に笑っただけというのはそろそろ理解してきたのだが、この人はどうにも顔が怖い。俺より年下なのに敬語になってしまう。
「いや……面白い顔でも、ないですけど」
「カゲがどんな優男だろうと醜男だろうと気にするものか。ロイドを見ろ、これほど悪人面なのに誰も気にしていないだろう?」
「おいクリス」
アノアが腹を抱えて笑う。俺も、頭巾の中でわずかに苦笑した。
……俺は、何を心配していたのだろう。レインの言う通りだ、こんな気のいい仲間達に顔を隠し続けていた自分が情けなく思える。
「じゃあ、覆面を取る」
「ん……? カゲ、ちょっと気になってたけど、アンタ、何か声が――」
レインが口を挟むが、勿体ぶるようなものでもない。俺は、後頭部の紐を手に取り、さっと解いた。
「ほら、普通……」
――瞬間、四人の動きがピタリと止まった。
あれ、そんなに変な顔だっただろうか。確かに俺以外の四人はなんだかんだ結構な美形だが、俺だってそんな見るに堪えないほどではないと思っていたのだが……というか何でレインまで驚いてるんだ。お前は何度も見ているだろうに。
この国、アトランティスの人々は西洋人寄りの顔立ちだし、完全に東洋人な俺の顔は刺激が強かったのかもしれない。
どうしようか、と頭を掻く。長い髪の毛がわずかに指へと絡まった。
「ん?」
長い? 頭巾の中で蒸れないようにそこそこ短髪にしていた、俺の髪の毛が?
気になるが、それより先に停止していた三人が動き始めた。
「お……」「お……」「お……」
「お?」
なんだ、口を揃えて「お」って。
「「「女!?」」」
…………。
くるりと背後を振り向く。……女の人なんてどこにもいないが。
「馬鹿な、そんな素振りは一つもなかったぞ、これがニンジャの演技力だというのか……!?」
「嘘、でしょ、カゲくんが、女……? 私の初恋が、こんな……」
「カゲ、お前何で今まで……っつーか、めちゃくちゃ美人でビビるんだが……」
「つまりはロイド、貴様、まさか夜の男部屋で――」
「知らん! 俺は何も知らんぞ! つーか今知ったに決まってんだろ!?」
「花街に行けない旅の道中、どうしているかと思えば、隣のテントでそんな――」
「やめろクリス! 知ってたらもっと、こう……あるだろ!」
「カゲくんが、女……女……しかもこんな美少女……」
三人は何を言っているのだろうか。アトランティス語は死に物狂いで覚えたのだが、流石に早口過ぎて聞き取りづらい。
「何を……むぐっ!?」
レインに胸ぐらを掴まれ、混乱している三人から見えない位置へと引き寄せられる。こいつ、こんなに腕力強かったっけか。
「レイン、何を――」
「カゲ! アンタ女になってる!」
「……は?」
俺が、女? この魔女は何を言っているんだろうか。日本語(この世界ではジパング語だったか)まで使って言う冗談としては正直あんまり面白くない。
困惑する俺の忍者装束の上から、レインが慣れた手つきで何かを掴んだ。何だこれ、ボール? いや、何か掴まれてる感触が……
「ゃん……っ!?」
レインの手が動くと同時に、すぐそばから艶めかしい声が聞こえてきた。
「……れ、レイン、変な声出すなよ」
「アンタの声よ! ほら、これ見なさい!」
レインが凄まじい速度で宙に魔法陣を描き、魔力を纏った板状の水を生み出す。
水の板に、見慣れない美少女の顔が映った。
ぬばたまの、という枕詞を置くべき美しいセミロングの黒髪に、気の弱そうな目元と、日に焼けていない白い肌。この国では珍しい日本人らしい顔立ちから、大和撫子という言葉が思い浮かんだ。
彼女は不思議そうにこちら側を覗いている。テレビ電話的な魔術か? この少女も忍者装束を着ているし、話に聞くジパング大陸と繋がっているのかもしれない。
「で、誰だこの子?」
「アンタだってば! さっきから言ってるじゃない、女になってるって! これ、例のスキルでしょ、どう考えても!」
はは、そんな馬鹿な。いくらあんなスキルを持っているからって、自分にそれをかけるようなミスをするわけがない。そもそもアレは自分を対象に出来るようなスキルじゃ……
「ああ、もう! ほら、これ!」
レインはそう言って俺の右手を取り、パシンと股間に叩きつけた。
「痛っ――」
くない。想像していた強烈な痛みが、いつまで経ってもやってこない。普通に叩かれたのと似たような感じだ。
俺はそのまま手で股間を撫でる。慣れ親しんだ凸の存在が感じられない。というかこれ、凸どころか凹じゃ――
「――――――――――――女になってんじゃん!」
「遅いわ!」
ぱしーん、といい音を立てて俺の頭が叩かれた。




