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些末な世界の過ごし方。

作者: 双葉 ミリカ

世界の終わりの過ごし方 スピンオフ2 「些末な世界の過ごし方」


自分が愛されてない子供だと知ったのは、割と最近のことではない。

11年というとても長いとは言えない人生だけれども、私は色々なものも見て、感じて、知ってしまった。多分知りすぎている。世の生き方を定めるルールブックがあるのなら、きっとルール違反をしてしまっているだろう。


自分が愛を受けてない邪魔な子だと知ることも、この年で知るというのは重罪に当たってしまう。そんな気がする。


でもまぁ……それが「現実」なんだから、しょうがないよね。


......................................................


尾張(おわり) 雪乃(ゆきの)さん!」


「はい!」


入学式の日、担任の先生の声が元気だったので全力で答えたことをなんとなく覚えている。若くて優しい女の先生で内心ちょっとホッとしていた。いつも元気でニコニコしていれば、周りのみんなも喜んで、一緒にニコニコしてくれると知っていたから、務めてそうしていた。

自覚は全くなかったけれど。


私は学校が好きだった。

消去法というか、相対的評価というか、なんともスッキリしない好き評価だったけれども、もちろん嫌いだったわけじゃないし、普通に好きだった。最初からそう言ってる。


先生は優しかった。

友達は面白かった。

給食は美味しかった。

教室は賑やかだった。

学校は輝いていた。

毎日通うのがたのしかった。

夜寝る前は、明日の朝が待ち遠しかった。

次の太陽が登れば学校が始まる。そう考えるとワクワクが抑えきれなかった。


一方で、


両親は優しくなかった。

与えられた娯楽は面白くなかった。

ご飯は美味しくなかった。

室内はしんとしていた。

家庭は影に包まれていた。

毎日家に帰るのが憂鬱だった。 できるだけ放課後は友達の家に遊びに行った。一人でいるのが寂しかった。何をするんだっていい。誰かと一緒に同じ時を過ごしたかった。

両親はいつも家にいなかった。

最初は何もわからなかったけれども、多分一緒にいるわけじゃないんだな、というのも次第に分かるようになってきた。

朝も夜もテーブルには置き手紙、冷蔵庫には 冷凍食品かお弁当。そんな毎日が当たり前だった。


私が知りすぎてしまったのは、こんな家のせいだと思う。自分で立って、自分で歩かないと生きていけなかったから。私はありったけのものを取り入れた。

洗濯もできるようになった。

買い物もできるようになった。

料理もできるようになった。

学校のみんなができないことが沢山できるようになった。


でも、あんまり嬉しくなかった。 テストでいい点数を取っても、図工で描いた絵が表彰されても、読書感想文が褒められても、何ができるようになっても嬉しくはならなかった。

何ができるようになっても、この家は、家族は変わらないと心のどこかで悟っていたのかもしれない。自分でも分かっていない心の隅っこで、最初からわかってたのかもしれない。


「尾張さんはすごいわね! 何でもできちゃうんだから! 」


先生はいつも私のことを褒めてくれた。

みんなにはナイショだよ? と言ってよく頭を撫でてくれた。その度に私は、「この人がお母さんだったら良かったのになあ」と一瞬思い、その直後に現実を視て諦める。

そうは言っても私の母親はあの人からわかることはない。そんなことが分かりきっているなら無駄なことだと、次第に先生に思いを馳せるのを止めた。

結果が分かっているのに夢を見るなんて意味が無い。

結末を知っているお話を読んだって面白くない。もしそれがよっぽどのお気に入りで、結末より展開を楽しめるのなら何回も何回も擦り切れるまで読み返すかもしれない。でも、私の物語はそこまで面白いものでは無い。

結末の分かった駄作は読み返しても意味が無いでしょう? 私物語はどんどんゴミ箱に積み重なっていく。1巻も2巻も3巻も4巻も……何巻積み重なっても駄作は駄作。つまらない物語がただただ数だけを増やしていく。そこから得られるものなんかない。


......................................................


ある頃から楽しかったはず───もっとも家と比べての話だけども──の学校から、何も感じられなくなってきた。 代わり映えのない毎日。うぬぼれ抜きにレベルの上がりすぎてしまった私にとって、学校はいささか退屈なものに成り下がりつつあることに気づいてしまった。


最近は同級生との会話も上手く弾まない。

私は当たり前のことを言っているはずなのに理解してもらえなかったり、時には糾弾されたりすることもあった。私は何がおかしいのか、悪いのか結局分からなかった。

そうやってどんどん孤立していき、学校でも一人になっていった。


『あーあ。これじゃあ家と何も変わらないじゃない 』


どれもこれも全部家が悪い。

私を放ったらかしにした両親が悪い。

私に生き抜く術を身につけさせたあの人たちが悪い。

私は悪くない。強くなって悪いわけがない。賢くなって悪いわけがない。


でも、


現実は私に「お前は間違っている」と宣告した。故に私は受け入れる。世界の選択を。

それは覆せないことだから。

いくら賢くても、強くても、変えられないことだから。私は逆らわない。その緩やかで淀んだ川に身を任せ流されていく。

無駄に大きく頑丈で、設備も整っている船がドブ川を進んでいく絵は、どんなに滑稽に映るのだろうか。1回誰かに聞いてみればよかった。


『岸には誰もいなかったけど 』


......................................................


「半年後、世界は終わります 」


ある日、何の変哲もない土曜日の昼間。 自分で綺麗に片付けた小さなリビングでテレビを眺めていた私は驚いた。純粋にびっくりした。

世界が終わる? どういうこと?

テレビでは気難しそうなおじさんが、パネルを使い何やら必死に説明していた。が、私には「半年後に世界が終わる。それは逃れることの出来ない運命」ということしか読み取れなかった。でも、それが、それだけが重要なことで、それ以外はただの飾りに過ぎないんじゃないだろうか。


何にせよ世界が終わる。そんな現実でさえ、私は受け入れる。 家でも一人、学校でも一人になった私は、その暇を潰すために本を読んだ。まずは図書室の本。それから図書館の本。ボーッと空を眺めるだけだった空白は、色とりどり、形さまざまな物語達によってどんどん埋められていった。


お話の世界では、つまらない毎日も、友達も、家庭も、何もない。

面白い登場人物、魅力的な舞台、先の読めない展開。何もかも現実世界の逆を突き進んでいた。

そんなお話の世界に、私ははまるべくしてはまっていった。むしろ今まで魅了されていなかったことが不思議でたまらない。まるで誰かに阻止されていたかのようだった。

世界の終りが宣言されてから、少しの間はみんな驚き戸惑いつつも、何となくそのままの日常生活が続いていた。多分想定外すぎる出来事に心が硬直しているんだろう。


お話の世界ではあってもおかしくない、そんな展開がいきなり起こっても驚いて腰を抜かすような読者はどこにもいない。でも、それが現実の世界で起きたらどうなるだろう。その答えがこれ。

何もできない。

もう少ししたらみんな何かしらのアクションを起こすかもしれない。

慌てふためいたり、どうにかして逃げようとしたり、自暴自棄になったり。

でも、このつまらない世界には「主人公」がいない。

この世界を、世界の終りを彩り、鮮やかにしてくれる私の求める人。

あなたがいてくれたらどんなに楽しいだろうか。どんなに嬉しいだろうか。どんなに興奮するだろうか。


でも、そんな人はいない。いるわけがない。そんな人いるわけがないからお話の世界は存在して、主人公は存在する。そして、私は彼(彼女)にときめいた。そんな世界を求めた。

心の右目で夢を見て、左目で現実を見る

同時に二つの世界を見て、お互いを打ち消しあう。


結局、私は夢も現実も見れていないんだ。

どっちにも行けない。どっちつかずの放浪者。

どこにも定住できない。誰とも馴染めない。いつも水面を漂う藻か何かのように意志を持たず。


ただ───そのまま流されて。



......................................................


「あれ…?」


あと半年、なんて言われていた世界の終わりもあっという間にあと一か月に迫ったある日。

私は捨てられた。


あの日から一か月以内に学校がなくなり、時間が山のようにできた。

まぁ元々忙しいことはなく、今まで以上に暇になっただけ…なんだけれども。

学校に行っていた時間が無くなった分、読書の量を増やした。学校の出入りは自由になり、図書館も何となく開いていたので本を読むことには特に困らなかった。

最初は有名なファンタジーもの、次にSF、その次は恋愛もの…。選り好みせず、何でも読んでみた。大抵のものは難しいものもあったけれど、「面白い」と素直に思うことができた。(恋愛ものだけはちょっとよくわからなかったけれど)


読書しかしない単調な毎日だったけれど、今までのつまらない無味無臭な日々に比べれば夢のような毎日。あと半年以内にはみんな死んじゃうっていうのに、こんなことをいうのはおかしいし、不謹慎といわれるかもしれない。でも、心の底から思えた。「楽しい」って。


元々関わりが薄いとても普通の親子とは言えない冷え切った関係に加え、周囲の騒がしい空間から遮断され、自分だけの世界の中で生きていたのがあだとなった。

ある日、朝日と共に目を覚まし、朝食をとろうと名目上「リビング」と呼ばれている空間に足を運ぶと、そこに通称家族はいなかった。

いや、いつもいなかったけれど、今回はちょっと違う。もう二度と戻ってこない。

そんなことがなんとなく、直感で、感じ取れた。

文字も音もなにも無いのに、がらんとした空間に差し込む朝日を見た瞬間、すべてを察することができた。こういう超能力をどこかで読んだことがある気がする。…そうだ、サイコメトリーだ。


何か物などに触ると、その物にまつわる「記憶」を読み取ることができる。日常生活に役立ちそうだしと、ちょっと欲しくなった超能力の一つ。他には温度調整なんかがある。夏場保冷剤無しにアイスとかケーキとかを運べるのは便利だしね。


あと一か月で世界は終わる。

私を縛る「学校」、「社会」、そして「家族」はもういない。

この事実は変わらない。これが現実。変えようのない事実。


このまま本を読み続けようか? いや却下。悪くないがそろそろマンネリ化してきた。

では、かつての「友達」に会いに行こうか? それも却下。あってどうするのさ。

じゃあ、いなくなった「家族」を探しに行こうか? ダメダメ。元からいないようなものじゃない。


…そうだ。旅に出よう。

あてもなく、期間も一か月限定の小さな小さな冒険。

どうせ世界はつまらないけど、もしかしたら、終焉を目前に世界は変容をとげているかもしれない。どうせ一か月だ。ここまで何か月も楽しい世界で生きてきた。なら、一か月ぐらい賭けにでても悪くないんじゃないかな。




そんな些末な世界を、私は歩いていく。

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