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沼の中心であいを叫んだバカ者

作者: 藤咲 流

「くっ、ヴァネッサ。大丈夫か……」


日の光さえ入らない木々に覆われた沼地、そこに俺とヴァネッサ・ウラギールはゾンビに囲まれながら立っていた。


ええ、と応える声かき消すほど大量のゾンビがうめき声を上げ、まるで籠に閉じ込められた動物にでもなった気分になる。


何度斬っても甦るゾンビが相手ともなれば、真紅のマントはすでに端がちぎれ、まわりを明るく照らすほどに輝いていた青い鎧もすでにくすでいる。


「私は大丈夫です、ユージン。それよりも、あなたこそ先ほどゾンビから受けた傷は大丈夫ですか?」


「なんのこれしき!」


俺は握っていた剣を握り直し、自分たちを取り囲んでいるゾンビたちに向かい立つ。


しかし、貼り合わせになったヴァネッサの背中からはバクバクと飛び出しそうな鼓動が伝わり、まるで自分たちの寿命のカウントダウンのように聞こえてくる。


「ごめんなさい、もう回復魔法は使えそうにないわ」


「魔法剣士でありながら、ここまでよく持ちこたえた! ここからは身を挺してでも、お前をー」


「そんな! いくら騎士として名の知られるあなたであっても、これ以上の傷は」


騎士として日々特訓を欠かさず、人を守るためならば生命が尽き果てることに異論はない。


しかし、俺のためにゾンビ討伐に付き合ってくれたヴァネッサの生命まで脅かすわけにはいかない。


世界を救う以前に女の命さえ守れなければ、騎士の名が廃るというものだ。


「アッハッハッハ、もう諦めたらどうだ?」


ゾンビの集団がサッと割れたかと思うと、そこから1人の女が出てきた。


魔法使いが被るとんがり帽子を被っており、胸元が開いた下品な黒いドレス。


悪名高いゾンビ使いの呪術師・エミリアはすでに勝ちを確信したのか、表情には余裕が見られる。


「エミリア! お前を倒すまで、倒れるわけには……!」


「虫の息で何を言おうが戯言。そこの女ともども、ゾンビのエサになるがいい」


エミリアが杖を振りかざすと、ズリズリとゾンビたちが近づいてくる。


自然と俺たちの身体はより密着するも、お互いに見つめ合うことはなかった。


「エミリア、俺はお前にいいたいことがある」


頭の中に自分の過去が駆け巡り、自然と彼女のことばかり思い浮かべていた。


彼女は女性ながら魔法剣士として名声をほしいままにし、フリーの騎士として活動していたはぐれ者の俺にとっては憧れの存在だった。


そんな彼女が俺と依頼を受けてくれるようになり、仕事後にメシを食べ、夜にはお互いの夢を語り合い……。


ヴァネッサがいなければ、今俺はここに立っていなかった。


その思いを、今ここで伝えずしていつ伝えるのだ。


「ダメです、今ここでその言葉を言ってはダメです」


「ダメだ、言わせてくれ」


「その言葉は、戦い終わった後にお聞かせください」


「生きて帰れるかわからない、だからこそここで!」


「……私もあなたに言うべきことがあります」


死地において鼓動が高鳴る。


決してこの鼓動は、死への恐怖ではない。


お互いに積み上げてきた時間に対し、ついに審判が下ることへの期待感に他ならない。


もはや死など怖くない、ヴァネッサさえいれば俺にはー。



「愛しているぞおおおおおおおおおおお!!!」

「結婚が決まったのおおお!!!」



大声と上げると同時に敵に斬りかかろうとする手が思わず止まってしまう。


それはヴァネッサの台詞への違和感と共に、今まで前しか見ていなかったゾンビが隣同士で相談をはじめたからだった。


絶対に外さなかったゾンビを視界から外し、くるりとヴァネッサの姿を久々に見る。


そこには常に凛としていた姿はなく、背中を丸めているせいか小さく見えるヴァネッサがいた。


「ヴァネッサ、さっきなんて言った?」


「私、なんか言ったかしら?」


「いや、なんか言ってたじゃん」


「ゾンビじゃない?」


「いやいや、人語しゃべらないって知ってるでしょ? 魔法剣士なんだから、それぐらい知ってるよね」


「わかんないわよ、かの有名な呪術師であるエミリアさんのゾンビだから」


突然話に巻き込まれたエミリアはつい「そんな無駄機能付けないわよ」と、あくまでクールさは崩すことなく冷静につっこむ。


「あら~ そうなの。私、てっきりあなたのゾンビならばと思って。ほら、今でも隣通り仲良く意思疎通を図ろうとしているし」


「あんたのビックリ発言のせいよ!」


「だから、何も言ってないから!」


「あたしだって、こいつらがこんなリアクションするのはじめてみたわ! むしろ新たな発見だわ」


「じゃあ、これから忙しくなりそうね~ それじゃ私は急用を思い出したから、今日はこの辺で上がるわ」


「この空気にしたまま帰るの、ねえホントに帰っちゃうの!?


エミリアの制止も聞くことなく、ヴァネッサはそそくさとゾンビたちの間を縫うようにその場から消えてしまう。


ゾンビも気を使ったのか、そそくさと左右に分かれて道を譲り、その場に残った俺とエミリアを申し訳ないように見つめてくる。


「その、あんたらって……。いわゆる恋人的な、あれじゃなかったの?」


エミリアが俺に質問してくるも、あまりの出来事に頭が回転をはじめてくれない。


なんとか動かそうとしても詰まった物体を消化できず、その無理な動きがキリキリと痛みに変わりそうだ。


「あの~ ショックなのはわかるんですけど。そろそろあたしも帰りたいし、ね。あんたもその、今日は帰ってゆっくりしたほうがいいと思うし」


「エミリア!」


その空間すべてに響き渡る声で、俺は彼女の名前を叫んでいた。


なによ、とさすがの彼女も戸惑いを隠せないまま返事をする。


「お前は呪術師なんだろ?」


「え、ええ。そういう形でやらせてもらってますけど」


「扱えるのはゾンビだけか?」


「まさか。呪殺に疫病、マインドコントロールと相手の精神を蝕む術だってなんだとござれよ」


「恋愛にきく呪術はないのか!」


俺は本気で叫んだ。


だけど、その熱量と同じぐらいの打撃を彼女が持っていた杖から繰り出された。


「あんたがなんで彼女に振られたのか、何となくわかったわ」


「な、なんでだよ! お前に何がわかるっていうんだよ! いつも一緒に仕事して、飯食って、夜だって一緒にいることだってー」


「あのね、女の子がそれだけで自分のものになるとか思ってる男ほど、いまのような惨劇に見舞われるのよ」


「はん! こんな沼地でヒッキーしているお前に男女のイロハのことなどわかるはずもない」


「人の行動がわかっているからこそ、性格面から攻めて呪ったり操ったりするんですけど。少なくとも、同性である私のほうが、彼女のあの行動については色々と理解できるけどね」


なぜだ、というとする瞬間には唇に指が重なっていた。


目の前にはエミリアが立っており、周りを見ると地面にゾンビが帰っているところだった。


中には俺に向かって手を振るものもおり、どこか同情を掛けられているような気分になる。


沼地を埋めていたゾンビは何もいない、ここにいるのは俺とエミリアだけ。


しかも、段々と顔が近づいている。


なんだ、この展開……。


「あんた、たったこれだけなのにドキッとしたでしょ?」


「んなっ!? ばっ、バカなことを。たったあれだけのことで」


「してる。口はしどろもどろだし、頬だってちょっと赤いし」


エミリアの指摘で身体の底から熱くなるのを感じてしまい、泥をすくって顔全体を塗りたくる。


ひんやりとした泥が顔を冷やしてくれるが、少しばかり腐敗臭が漂ってくるのも致し方ない。


「ほんと、見苦しいわね。こんな男が騎士だなんて世の中も末ね」


何も言えない。


自分が倒そうとした呪術師の前でヴァネッサにふられ、コケにされ、挙句の果てには泥で顔を隠して……。


辞書で「見苦しい」という言葉を引けば、今の私が出てくるだろう。


「本当だな、見苦しさしか今の俺にはないな……」


「泥被って少しはまともになれたのかしら?」


「さあな。だが、未だに現実は受け入れられんけどな」


「じゃあ、懇切丁寧にあたしが解説しようか?」


「今聞くと泥被るだけじゃ済みそうにないから止めておくよ」


俺はやっと立ち上がり、顔の泥を拭っていく。


するとエミリアが水の入ったヒョウタンを差し出すが、すぐに手が出なかった。


「普通の水よ。毒とか入ってないから」


「あ、ああ。すまない」


「今のあんたの顔のほうが目に毒なのよ」


エミリアという女は、とかく何か言わないと気が済まないようだ。


女心はわからなくとも、それだけはわかった。


ひょうたんの栓を開けて逆さにし、その中に入っている水で顔の泥を落としていく。


鬱蒼とした沼地のはずなのに、泥がはがれていくことで清々しい気持ちになっていった。


「あ、ありがとう」


「いいえ。それじゃ、今日のところはもう帰ってくれるかしら? 勝手な都合でこんなところまで乗り込まれて、こっちは迷惑だったんだから」


「……はい」


エミリアが操るゾンビ退治と意気込んでいた俺はどこに行ったのか、まるで自分が屍にでもなったかのように生気のない返事をしていた。


そのままエミリアは反対方向を向いて自分の部屋へ帰ろうとする。


だが、俺は彼女をこのまま返していいのだろうか。


自分を殺そうとした相手に慈悲まで掛けるエミリアの行動は騎士そのもの。


ゾンビを扱って人の命をもてあそぶ姿は呪術師で間違いないが、その心意気は腐った呪術師のそれとは違うものを感じてしまう。


それでも、自分を助けた者に刃を向けたことを謝らない上、そのまま立ち去ってしまうと本当に大事なものを失ってしまいそうだった。


「あ、あの! エミリア、さん」


「まだなにか用?」


俺の声に反応し、けだるそうにエミリアが振り返る。


このままありがとう、と言えばいいだけだ。


だが、先ほど彼女に受けた言葉や態度が邪魔をして、素直に言葉が出てこない。


プルプルと拳を震わせるも、どうしても言えない。


「なによ、人のこと呼び止めておいて。今さら私を殺そうっていうの?」


「ち、違う! それよりも、お前は度々命を狙われるのか?」


「人の恨みつらみを扱う商売だからね、普通の仕事よりは狙われるものよ」


「だっ、だったら俺がたまにここの警備に来よう!」


「……はあ?」


「お前には借りがある。命を狙っていた俺に対してでも、慈悲をくれた。そんなお前に報いたいのだ」


「別にあんたに守ってもらわなくても、ぜんぜん大丈夫なんですけど……」


「いや、つまりだな! その」


言葉に詰まるが、ここで諦めてはいけない。


なにか、とにかく彼女との関係性を生み出さなくては……。


「お前にバカにされっぱなしでは、気が収まらない。お前の鼻を明かすまで、どんだけ嫌な顔をしても、俺はここに通うぞ!」


思わず本音を混じらせながら沼地で叫んだ。


言葉こそ不器用でトゲが付いたままだが、とにかく本音で叫んだ。


あまりの恥ずかしさと緊張で、喉に一滴の水も無くなって干上がってしまいそうだ。


「……ま、好きにすれば。バカ者」


フフッと笑い、それ以上は何も言わずにエミリアは振り返って行ってしまう。


だが、その姿と言葉だけで全身が潤っていくのを感じた。

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