08立食会(3)粒系因子
リーシャはアリア殿下を先導するミリル伯爵令嬢に、そして周りを取り囲む令嬢たちに驚いていた。
殿下の目配せ一つでその意を理解して整然と動き出し、周りもその一挙手一投足を何気ない風を装いつつも意識していたのか即座に動き出す。
それは皆がアリア殿下の予定を把握しており、尚且つ新しい情報が入る度に行動予測を修正し、先先を考えて行動していたからに他ならない。
その連携の取れた一糸乱れぬ集団行動の迫力に驚いたのか、いやその一行の顔触れに気付けば全てを理解する。
そもそも気付けないのなら貴族社会でなんて暮らせやしない、瞬く間にその往き先を通すように人混みが二つに分かれた。
それでなくても優雅で洗練されている立ち振る舞いは、人人を圧倒するほどの確かな力が有った。
「――凄い……、これがアリア殿下の傍らへ立つに相応しい方方の有り形なのですね――」
などとリーシャが勝手な思い込みで美化して感激しつつ眺めていると、一連の騒動で呆然としていた他の三人に意識が戻ってきた。
「アリア殿下の采配、振る舞い、御心全てが恰好良かったですわ」
ベイミィはうっとりと悦に入っている。こちらも精神汚染が進んでいるようだ。
「うん、素敵だったね!」
チェロル、隠れているようでしっかり見てたんだね。
「ですよね、騎士のように皆を等しく守ったのです!」
いやティロットはなんでも騎士基準で考えない方が……。ただ、その言葉は二人の学徒やルグス殿下そして教諭方までをも守った、そう言わんとしているのだろうか、いやそれは幾らなんでも考え過ぎかもしれない。
ただ、一連の騒動と云うか、ともかく最後はアリア殿下の独擅場で締めくくったため、それしか印象に残っていないようである。
「はい、アリア殿下は上に立つものの振る舞いを見せてくださりました。あれ……ぇええっ!」
リーシャは話しつつもミリル様の立ち振る舞いを見習おうと目を離さず見詰めていたのだけれど、おや? と思うリーシャの驚きを余所に、その視線へ目を合わせそよそよと近付いてくるではないか。
勿論、チェロルは既にベイミィの背中裏を陣取っている。一安心そうでなによりだ。
そして目の前まで辿り着くと、にこりと微笑みを浮かべ礼を執り口上の挨拶を始める。
「初めまして、私フェスバーン伯爵家が第二女子ミリル・フェスバーンと申します」
リーシャは慌てつつもそれに倣って挨拶を返す。
「初めましてっ、グラダード男爵家が第一女子リーシャ・グラダードと申します」
「この度、ルトアニア大公令嬢アリア殿下に仲立ち役を仰せつかっております。私たちが住まう女子寮棟の隣が文官派閥の皆様であると伺いまして、代表の方に一度挨拶をしておきたいと、取り次ぎをお願いできますでしょうか?」
「はい、私たち派閥の女子寮代表はレイティア様ですね。あ、こちらから挨拶に伺わせてもらいます」
ミリル様は我が意を得たりという面持ちでにこりと微笑みを返し、一つ頷いてからその場を辞される。
リーシャが自ら動かないでも既に連絡が回ったようで、レイティア様は見付けたとばかりに顔をにょきっと出して現れた。
「リーシャ様、アリア殿下が挨拶をなさりたいとの仰せだと伺いました。リーシャ様は仲立ちを受けましたから先導役をお願いいたします。後ろはベイミィ様、それからエリザ様、帯同をお願いいたします」
名前の上がったものは、礼を執って了解の意を示す。
その影ではすたこらさっさと慌てて隠れ場をティロットの背へと移す、チェロルの姿が目撃される。
こういった社交の会場では屡あることだけれども、特定の巡回先が決まっている有力者は周りを人で固め移動することで、《私は行き先が決まっておりますから、呉呉も邪魔をしないでくださいませ》の意を表す。
そして共に連れ歩いているものたちは中心に位置する方への連絡を取り次ぐ役目と防波堤も担っており、予定に無い社交を求める場合は先ずそちらを通して許可を得て予定に組み込んでもらう必要がある。
勿論、先ほど行われたアリア殿下の移動も先頭をミリル様が受け持ち後ろにルトアニア大公領の令嬢たちが固めていた。
リーシャが先頭を歩き目的の、ルトアニア大公領とタリス皇女殿下派閥の令嬢たちが集う場の前へまでゆくと、すうっと道が開けミリル様が歩み寄る。
お互いが目の前まで近付くと止まって礼を執りそのままミリル様の先導を受ける。
ミリル様はアリア殿下の前までゆくと礼を執って右へ移動する。
リーシャはそれに続いてアリア殿下に礼を執り左へ移動する。
リーシャとミリル様がお互い向き合うと再び礼を執りそのままの状態を維持したところで、漸くレイティア様とアリア殿下の挨拶が始められた。
リーシャは初めてアリア殿下のお近くまで来ることができたのだけれど、そこで或る違和感に気が付いた。
それはマリオン先生に常日頃、意識し訓練していれば、いずれ役に立つと言われ行ってきた或る御業の制御が、自分の周り数十cmを残し一切効かなくなっていたからだ。
リーシャとチェロルは言霊属性に【水】の御業を授かっている。
水は人と密接な存在であり、それだけに御業を持つものも多いが、使い熟しているものは意外と少ない。
そして水は空気中にも僅かだが含まれる。(空気中には水分一%から三%、最大四%ある。最小〇%は特殊環境であるから除外)
マリオン先生には色色と御業の扱い方を習ったけれども、初期の頃に教わったのが粒系因子としての制御であった。
要は空気中に有る水の粒、或いは自らが顕現させた少し大きい水の粒へ、気と云われる御業を成すための力、これを糸のように維持して通し粒同士を繋げることで、色色と自身に有利な環境を作り出す業である。
それは御業の適性物質へと気を通すことで制御距離を飛躍的に伸ばせ強化できる性質や、周りへ展開し粒系因子の制御域を構築しておけば、その圏内では他のものの気が阻まれ御業の行使や顕現を阻害する。
また、他のものたちがどれだけ周りに気や粒系因子を展開しているかも探ることができる。
勿論、一番の目的は御業の繊細な制御力や気の精製力を上げやすいことから、訓練を継続させて能力を引き伸ばさせる意味合いも大きい。
リーシャは礼を執りながら考える。
『誰かが気を展開している、いえ粒系因子の方? 一瞬だけならともかく常時保てるなんて考えにくいけれども、私を大きく上回る制御力と展開力を持つのよね。同じ【水】か希少とされる御業の【大気】【水素】【窒素】【酸素】のどれかが疑わしいよね。上位適性が有るのだとすれば【窒素】か【大気】の可能性が大きいのだけれども、ここまで圧倒的に制御を奪われるものなのかな?』
展開制御の優劣は距離と物質適性に依る。
例えば海上では【水】より【海水】の御業持ちが圧倒的に強いし、距離が伸びれば制御力が低下しリーシャの技術だと四、五mを越えては全く操作できなくなる。
『私より制御の上手なチェロルだとだいたい四対六の割合でいつも抑えられてしまっているけれど、それはお互いの距離もそれなりに離れての話。ともかく、今は周りにいらっしゃる方方の距離から考えると二対八ぐらい、いえ不可侵の防壁近くまで迫り囲まれているからそれ以上だよね。ううん、一体誰がこの御業を制御しているのかな?』
緊張の現実逃避だろうか、それともそれほどの一大事なのだろうか、ともかくリーシャはこの大事な儀礼の場で暢気にそんなことを推量していた。
「お初にお目通りいたします。私バーミントン侯爵が第二女子レイティア・バーミントンと申します」
「初めまして、レイティア様。タリス・ラギストア・ルトアニア大公が第一女子アリア・ルトアニアです。貴女方の住まう寮がお隣と聴きましたわ。良き隣人として今後とも宜しくね」
「ありがたき御言葉を賜り感謝の極みでございます。こちらこそ宜しくお願い申し上げます」
アリア殿下がリーシャへと目を向ける。これは行動を共にした者たちへも挨拶を促すものである。
「お初にお目通りいたします。私グラダード男爵家が第一女子リーシャ・グラダードと申します」
挨拶が終わると一歩後ろに下がり空間を空ける。向かいのミリル様も一歩下がりその空間にベイミィとエリザ様が入り込む。
横に並んだ訳では無いけれども、位置関係としてはリーシャ、ベイミィ、レイティア、エリザ、ミリルという形になる。
「お初にお目通りいたします。私テューリスタ伯爵家が第三女子エリザ・テューリスタと申します」
「お初にお目通りいたします。私ハイストス子爵家が第一女子ベイミィ・ハイストスと申します」
レイティア様一行の挨拶が全て終わるとミリル様ともう一人少女がアリア殿下の傍らへと移動しており挨拶をする。
「初めまして、私フェスバーン伯爵家が第二女子ミリル・フェスバーンと申します。寮ではタリス大公殿下の派閥をとりまとめております。以後宜しくお願いいたします」
「初めまして、私トラウィデッド侯爵家が第一女子スェイリー・トラウィデッドと申します。寮ではルトアニア大公領の令嬢方を取り纏めております。以後宜しくお願いいたします」
全員の挨拶が終わりリーシャはその場を辞して、とっとと粗相をしない内に帰ろうとしたのだが。
「そこの貴女、リーシャ様でしたわね。その業、誰に習いましたのかしら?」
そんな台詞でアリア殿下に呼び止められたのだ。
---
修正記録 2018-04-01 16:31
「そして」追加
3人の → 三人に
「を返し、」追加
「、と」削除
「の背」追加
の水分1~3%、最大4%最小0% → には水分一%から三%、最大四%ある。最小〇%
「粒同士を」追加
適性物質に気を → 適性物質へと気を
「飛躍的に」追加
「粒系因子を作り」削除
展開して制御域を確保して → 展開し粒系因子の制御域を構築して
妨害 → 阻害
「また」追加
「繊細な」追加
継続させて引き伸ばすの意味合い → 継続させて能力を引き伸ばさせる意味合い
十m → 四、五m
4:6 → 四対六
2:8 → 二対八
「、いえ不可侵の防壁近くまで迫り囲まれているからそれ以上」追加
レイティア一行 → レイティア様一行
寮での → 寮では