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07立食会(2)食い違い

「もし、そちらのお二方」


 リーシャはその凛と透き通るような声にはっとして声の()こえた方向に顔を向ければ、翠玉(すいぎょく)の瞳に白金色の髪を左右に丁寧に編み込み後ろに流して銀の髪飾りで止めている……うん、アリア殿下のお姿に相違ない。

 先ほどまでリーシャに渦巻いていた陰鬱で悲観的な考えは(ほとん)どが霧散していた。


「今回ルグス殿下は、お二方が慣れない学園の寮生活で体調を崩しておりましたのを考慮して、自邸への一時帰還を指示されたのです。体調が回復したことを確認できれば()ぐに自邸待機は解除されます。教諭方もそれで(よろ)しいですわね」


 リーシャは息を呑む。


 アリア殿下はこの状況下に(おい)て、帝国の悪意ある古式ゆかしい伝統を否定なされたのだ。

 しかも、どこへ対しても不都合無くそこそこ思惑を達成させてである。


 二人の少女が今後、ある程度の体裁(ていさい)を悪くするのは仕方が無いけれども、この采配は最悪結果では無い。(むし)ろ落とし所としては最善の結果かもしれない。

 自邸待機の後は教諭方と家族から多少の小言ぐらいあるだろうが、それで済むのだし騒ぎを起こした手前もあり多少の注意はあって(しか)()きだ。

 ともかく、これはアリア殿下のご采配で、[体調を崩して立食会を辞する切っ掛けを探すものたちに、ルグス殿下がお気付きになられて、無理をさせてはいけないと強引に帰らせた]と()うこととして収めた、いや納めよと()うことなのだろう。


 ルグス殿下に先ほど言い渡した(あと)漂った微妙な空気が読めるなら、騒動を起こした二人がつい声を荒らげただけであり、()め事を起こしたと断ずるには余りに無体と気付いたのではあるまいか。

 気付けてないとしてもルグス殿下が知らない騒動の全容を、最初から見て()いていた学徒たちには、正しく無い裁定を下したのだと印象づいてしまっている。

 そして、おいそれと撤回できない勅令を勘違いで下してしまった事実は、本来であれば帝位継承権どころか将来の重責を担う役職にすら影を落としかねない。

 なぜなら今回の騒動を目の当たりにしたこの場に居る学徒たちは、いや耳にした学園全ての学徒たちは、将来国を支える職責へ就く可能性が十分にあるのだから。


 そういった意味からもアリア殿下の采配で、いや違う、アリア殿下の帝位継承権を有した皇族(ルトアニアが併合されていると()うより皇帝の血を引いている事実から)が勅令に近い指示を(おこな)ったのだ。

 今回の件は人道的な対処であったということで手打ちにしておきなさいと。


 教諭方もそれで納める意を示した。

 (すなわ)ちアリア殿下もこの模擬社交の会場ではルグス殿下と同じくらい権限を有する、そう判断されたと見て良いのだろう。

 そして、今回の件で皇帝のいらせられる御前で行う社交の危うさ、失態を演じたものの末路、おいそれと撤回できない勅令の怖さ、更には全てを塗り替えられる皇族、いや皇帝の仮とは()え権威を見せ経験させる事ができたのだから。


 ()しかすると本来のこの立食会が持つ意義。


[失敗したものも愚かな判断を下したものも、勅令というものが(のち)にどのような影響を及ぼすか学園生活を通して実感すれば良い]


 これを()としないアリア殿下の表明ではないのか。



 はっきり()おう、リーシャの考えすぎである。



---


 アリア殿下はどちらかと()えば余り厄介なことには巻き込まれたくなかった。

 ただ帝国の[子どものうちに()えて失敗させてでも、その反省を糧に成長し次へ()かせれば良い]と()う古臭い流儀が気に入らなかったのも事実だった。

 仲立ち役のミリル・フェスバーン伯爵令嬢に事の概略を確認してもらい、得てきた話の説明を()きながら視線を向けるその先には、涙ぐむ子と慰める子の二人が寄り添う。

 あの二人が(くだん)の場を乱す()め事を起こしたと大事(おおごと)に処断されたものたちなのだと、一つこくりと(うなず)き理解する。


 だが、情報元に()ると少し声を荒立てすぎたために、僅かに場を乱していたのは確かのようであった。

 可哀想(かわいそう)だけれども致し方ない。

 そう思い始めたところで、アリア殿下はふと考えを改めた。


『そう()えば[失敗しても構わない、そう言いながらも現実味を持たせるために、皇族は統治者としての義務と権威を預かる]と昨日クルスリ殿下へ挨拶に伺った折りに情報をもらいましたわよね』


 クルスリ殿下はルグス殿下の姉であり、挨拶へ赴いた際にミルストイ学園のあれやこれやを教えてもらえたのである。

 その話に()れば今回はルグス殿下が皇帝代理人としての役柄を預かり、会場を仕切るのだとか。

 そして思い出した内容に、更に勘ぐりを入れる。


『あら、これがクルスリ殿下からの忠告であったとしましたら、私にもその“義務”とやらが掛かってくるのではありませんでしょうか』


 放置することも巻き添えとなるやも知れない。

 これまた致し方あるまいと渋渋アリア殿下はこの(くだん)への介入を決めたのだ。


 アリア殿下も考えすぎのようである。


 介入を決めたといっても本来、勅令に等しい宣言を容易(たやす)く撤回することは、統治者の地盤を揺るがしかねない(とて)も危険な行為だ。

 詭弁(きべん)だけれども仕方ないわよね、と姿勢を正しルグス殿下ではないが皇帝代理人たる振る舞いに気を付けながらの御言葉をかけるのであった。

 勿論(もちろん)、最後に決まった感は出しやしない。静まり返った会場であの恥ずかしい場面だけは(しっか)り見ていたアリア殿下だった。


「もし、そちらのお二方」


--


 多少の注目には慣れている積もりだったけれども、慣れない立ち振る舞いに()しものアリア殿下も(いささ)か緊張したようである。

 発言後に教諭方の反応を見定め対処に問題が無かったと確認できたところでほっと一息()く。


『では当初の予定通りルグス殿下への挨拶をいたしましょう』


 ミリル伯爵令嬢へ目配せすると一つ(うなず)いた後に先導を開始する。

 ミリルの動きに呼応するかのように人混みがさあっと割れ、ルグス殿下の手前までゆくと横にずれ礼を()る。


「お久し振りです、ルグス殿下。タリス・ラギストア・ルトアニア大公が第一女子アリア・ルトアニアです」


 礼を()ってお久しぶりと挨拶するが会ったのは三年前、五歳の時である。共に()くは覚えていないだろう。


「久しぶりです。此度(こたび)は大変助かりました。私が迂闊(うかつ)なばかりに……改めて礼をいたします」


「勝手な解釈で御言葉を汚してしまったのでは無いかと、心配いたしておりました。けれども、助けになりましたと()かせてもらい心から安心いたしましたわ」


腑甲斐(ふがい)無いばかりで……自分では挽回(ばんかい)の策を思い付かなかったのは事実です。勅令の重さを実感させられました」


「ええ、(わたくし)もクルスリ殿下から概要と助言をもらっておりましたので、ある程度は察することができましたの。この場では皇族に義務と権威が課せられます。()だ油断はできませんわね」


「ああ、今度こそはこちらも慎重に当たろう」


 なにか()み合ってない気もするが、たぶん気のせいだろう。

 アリアはその場を辞してルトアニア令嬢たちが集まる場へと戻ってゆく。



---

修正記録 2018-03-31 09:50


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()う → ()


「どちらかと()えば」追加


事実だ。 → 事実だった。


「発言後に」追加

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