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06立食会(1)裁き

 それは唐突な発露であり会場の喧騒(けんそう)からは異質に()こえた。


「ベスはいつもいつも私の邪魔して、どうして自由にさせてはくれないの?」


 サリーナは若干涙目で訴える。

 そんな様子に少しため息を漏らしながらも、淡淡(たんたん)と抑え気味にベスは答えた。


貴女(あなた)のお母様に頼まれてるのよ。目を離すとつい食べ過ぎちゃって後でとんでもないことになるって」


 そう、二人は些細(ささい)なことではあるけれども、少し悪目立ちをしすぎてしまったのだ。


 騒ぎを()きつけたルグス・ラギストア殿下は、この模擬社交の立食会会場での役目を果たさなければならない。

 なにかいざこざが()った場合には、その場で子ども同士いくら話を聞いても簡単に収まりが付くものではない。

 下手にこの会を中断して大人の介入に頼っても、騒ぎを起こした学徒たちへ中断の(とが)が付く。

 よって自邸待機と命じ後日、大人の仲介にて話を聞き治める。

 帝国以前から伝わる古式ゆかしい伝統手法である。


 だから、ルグス殿下は若干涙目で(にら)むサリーナと、その視線の先に居るベスを交互に見定めてから言い放つ。


「両名、騒ぎを起こしたことにより自邸待機を言い渡す」


 そして若干、決まった感を醸しながら実に満足げな面持ちで一つ(うなず)いた。

 この会場に(おい)てルグス殿下は皇帝代理人的な役柄であり、発言は余程のことで無ければ撤回されない。

 つまりこの言葉は勅令的な重きものであり、その場で否定をしてはならない。本来であれば罪となるのだから。


 「(つつし)んでお受けいたします」


 と、ベスは答えつつ若干引き()った顔で礼を()った。

 サリーナは初めぽかんと呆気(あっけ)にとられていたけれど、徐徐に事態を把握し始めるとがくがくと震えだし座り込んで泣き出してしまう。

 ベスを巻き込んでとんでもない失態を演じた事実に気づき、心が折れてしまったようだ。


 周りは、それは余りにも可哀想だろうと同情気味であるけれども、確かに少し騒ぎすぎであったのは否めない。

 この場合、「お二方、少し騒ぎすぎですよ。淑女(しゅくじょ)として(つつし)みなさい」と誰かが注意するべきことであったのだろう。

 勿論(もちろん)、下手に関わっては自分たちも騒ぎの巻き添えとなりかねない。そんな風に二の足を踏んで注意することができなかったとも()える。


 ベスは泣くサリーナをなんとか立たせると。


「サリーナ、ここで勅令を受けるまでが伝統ですから」


 と、声を掛け励ましながら受諾の言葉を(うなが)す。


「つ、謹んでお受けいたします。うっ、うぅぅ」


 ベスに抱えられ大人たちに付き添われながら退場してゆく2人の姿を見ると、さすがのルグス殿下も察するものがあり、なんとも知れぬ気まずい思いを抱えるのであった。

 そもそもルグス殿下も大役を担い焦っていたのかもしれない。


《人の上に立つことはその人人の人生を預かることであり、その責任の重さを模擬とはいえ皇帝代理人的な役柄を通して、少しでも感じ入る機会があれば成長もできよう》



 ルグス殿下へはそのような感じの話を前以(まえもっ)()かされていたのだ。

 だから並み立つ方方の挨拶を受けながらも自身の責任を全うすべく、なにかしら周囲で問題や()め事でも起きてやしないかと常に注意を払っていた。

 だが、そんな事はめったに起こるものでない。

 当たり前である。元元は学徒たちが粗相をしてしまわないようにと仕組まれた脅しみたいなものなのだから、伝統に強く縛られない派閥や勘の良い学徒たちは気付いて警戒している。

 なにせ、やらかした学徒は貴族としてはあってはならないこと、仮とはいえ勅令の謹慎を言い渡されるのだから。


 ルグス殿下はこの役目を立派に勤め上げたいという気持ち。

 それは勿論(もちろん)、何事も無ければそれでも良い。

 だけれども、心の奥底では自分がなにかしらの成長をしたいという、いや違う勅令を振るう恰好(かっこう)良い自分を演じてみたかったのかもしれない。



「もし、そちらのお二方」


 凜とした声が会場に響いた。

 先程まで会場を包んでいた若干の喧騒(けんそう)は水を打ったように静まり返った。

 ベスとサリーナが振り返ると周りを固めるお歴歴に察して(かしこ)まる。


「今回ルグス殿下は、お二方が慣れない学園の寮生活で体調を崩しておりましたのを考慮して、自邸への一時帰還を指示されたのです。体調が回復したことを確認できれば()ぐに自邸待機は解除されます。教諭方もそれで(よろ)しいですわね」


 静まり返った会場で皆が視線を向ける先、白金色の髪に翠玉(すいぎょく)の瞳を持つ少女が細かな刺繍で飾り立てられた礼服を身に(まと)い立っていた。

 大人たちは黙して礼を()ると(きびす)を返しこの場を退去してゆく。ベスとサリーナも(うやうや)しく礼を()ってその後を追う。


---


 びっくりである。

 リーシャたちは同派閥のもの同士で集い、やれ池には島があってそこに建っている(やかた)へは山側から行けるだの、池の奥にもう一つ池があるだのとたわい無い話をしていたのだが、突然と起こったこの騒ぎには本当に驚いた。

 偶然、この騒ぎはリーシャたち派閥が集まる(そば)で始まったため、なんとなく一部始終耳には入っており、取り分け問題にするほどのことでは無いと(わか)っていた。

 だが、途中から介入すると、いや一部だけ切り取るとこうも(とら)え方が変わるのかと状況判断というものの難しさを肌でひしひしと感じる。


 泣き出した令嬢を見ると居た(たま)れない気持ちになり助けたいとは思う。

 しかし、この場この裁きは全て台本の()る定められた勅令の演習だということを、リーシャたちは知っていた。

 文官の派閥なのである。

 だけれども、()る程度は知る立場に()る、という訳では無い。

 二日前の馬車の件でチェロルが他にもありそうと言うものだから、同派閥の上級学徒を(つて)に調べてみたら開示されたのだ。

 気付いた場合のみ開示が許されるそうだ。立場に()っては()かれると答えないわけにはいかないからね。


 これは()る程度の失敗を想定した模擬社交の立食会なのである。

 (ほとん)どの学徒へは、今回の模擬社交の立食会は古き伝統に基づいて(おこな)われると前置きし、《ルグス殿下には立食会の間だけ仮として皇帝代理人的な立場に()いていただきますから、()しなんらかの指示があれば仮ではありますけれども、勅令と受け取り「謹んでお受けいたします」と答えなさい》と説明されていた。


 そして模擬とはいえ失敗したものは見せしめに使われる。

 失敗したものも愚かな判断を下したものも、勅令というものが(のち)にどのような影響を及ぼすか学園生活を通して実感すれば良い。

 そう、これには皇族すら含まれているのだ。怖いものである。


 リーシャは歯痒(はがゆ)い気持ちで静観するしかなかった。

 始まってしまった情操教育たるものを止める立場も(すべ)もない。

 今後もこういった事は繰り返されるのだろう。

 そんな悲観的な感情に支配されつつあったとき、アリア殿下の心に響く声が()こえた。



---

修正記録 2018-03-30 08:03


(うやうや)しく」追加

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