03騎士とは
神から授かる奇跡の業を成す力、生まれ持ってのものは先天御業と云う。
それは人の持って生まれた資質に依って宿る数が変わるのだと謂う。
そして御業の中にも共通認識言語、言霊に由って干渉・操作が可能なものを言霊属性と云う。
このただ御業と称するもの、言霊属性と分類されるもの、互いに一対一の割合で人へと宿る。
だからだろうか、平民だと一つずつ貴族だと二つずつ以上の御業を持つものたちと、この世は棲み分けられていた。
また、生後の研鑽次第で得られると謂われる後天御業と分類されるものがある。
例えば技術を極め一つの芸術と認められる域へと達するものには神からの祝福として、それに纏わる力、後天御業が与えられるのだと謂う。
“技巧の極みは神技と成る”
古くから人人が口にする言葉である。
一説では生死を分かつ状況下に於いて、渦中のものが真に望みうること、あるいは長年積み重ねてきたことが花開き後天御業を得るとも謂われる。
そして、この大地や大海、あらゆる所に空気の如く在る魔気と云う目に見えないものを、人は気へと精製し御業の糧とすると謂われている。
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マリオン先生が教えてくれることは多岐に亘った。
それは剣技や武技だけで無く騎士のことに就いてや心構え、この世界の仕組みを踏まえた技から御業への昇華に就いても丁寧に教えてくれる。
ともかく後にも先にも戦闘の技術以外に迚も迚も多くの話を子どもたちへしてくれた。
「私が騎士を目指し始めた頃はね、自分が持っている御業が迚も戦いに役立つものだとは思えなかったのだよね。だからね、それを補うために努力で得られる御業を必死で習得したのだよ。そう、全ては殿下に仕えるために……」
そう言うとマリオン先生は昔を思い出したのか、一瞬、死んだ魚のような目をした。不可解な。
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女性とはいえ本物の武人を目の前にしてチェロルは早速ベイミィの後ろへ隠れてしまっている。いや誰だろうとこの迫力では隠れたい処なのだろうけれど。
ティロットは終始ご機嫌さん? あれ、いや興奮しているのかな……うん、たぶんそれであっている。
あれやこれやと多くのこと見据え感触を掴んだマリオン先生は、子どもたちの授かる御業の資料を見ながら今後の方針を考え始める。
「ティロットの言霊属性は【酒】だから使い方次第ではどの距離に対しても凶悪なのだけれども、連携や普段からは使い辛いのだよね」
「父上には、大変危険な御業である。子どもの内は決して使うことなかれ! と教えられておりまするぞ!」
ティロットの言葉にマリオン先生は一つ頷いて話を続ける。
「まあ、騎士を目指すなら近接戦闘を中心に力を伸ばさないといけないのは勿論だけれど、遠距離に対しての攻撃手段が少し弱いかな。ふむ、剣技の習得を希望しているし御業に【強肩】があるから、盾と剣を使い近接戦と仲間も護れる防御に徹しても良いかもしれないね。ちゃんと【強肩】の御業に対して力の制御は習っているのかな?」
「はいっ!」
ティロットは返事をしたあとも「ふすーん」と鼻息が荒いようだ。
他にも【海水】の言霊属性や【胃強】と貴族位ゆえに御業を持つのだが、微妙なのでマリオン先生は敢えて触れない。
そして力の制御とは、御業が本来有り得ない力を授かっているがゆえの諸刃の剣に因って、自身や周りを傷付け無いための対策であり、長い年月をかけて御業と共に人人が培ってきた知恵でもある。
御業は人人の助けとなることもあれば、不幸を齎すこともあるのだから。
「リーシャは【遠見】と言霊属性に【岩】の御業があるのかな。ふむふむ、これで中長距離を抑えられるとして。あらあら、他に【水】と【土】の言霊属性を持つのだね。これは環境次第じゃ怖いことができそうだけれど、もう少し大人になったら教えるとしよう。【強骨】の御業があるのなら武技の方が向いているかもしれないね」
なにを教えようとしているのかは知らないけれども、そんなマリオン先生の方が怖い気もするのは気の所為だろう。
そして、リーシャは他に【聖】の言霊属性と【健康】の二つを御業に持ち、特に【聖】は世に一人居るかどうかと謂われる希少な御業であった。
「剣技も試してみたいです。嗜み? としても習われた方が宜しいかもとマギーが言ってました」
そんなリーシャの願いにマリオン先生は快く了承する。
「そうだな、うん両方やってみるか」
「はい」
マリオン先生の優しい顔に釣られたか、それとも願いを聞き届けてもらえてか、リーシャは口元を綻ばせる。
当然、一つでも技を御業と成す道程は厳しいものなのに、二つも抱えればどっち付かずで一つも御業へとは至らないかもしれない。
だが、マリオン先生はリーシャの意気込みを信じ重んじたのだろう。
「ベイミィだと【水晶】と【石灰】二つの言霊属性が牽制などの妨害に向いてるよね。あと【土】の言霊属性は【石灰】と組み合わせれば効果的な罠になるよ」
「ええ」
ベイミィはなぜか鼻高高でうんうんと頷くのである。
「それと【強化付与】! これって自分に掛けるのは勿論だけれど仲間にも掛けられるからね! これは身体強化以外にも御業の強化にも使えるのだよ。つまり言霊で強化できない御業の部類をこれで強化できるってことかな。自衛手段はあっても良いけれど後ろで守られる存在だな。まあリーシャもだけれどね」
そして、ベイミィは更に鼻を高くして胸を張り顔を少し斜めにする姿がなぜか小憎らしい。
そんな小生意気そうなベイミィは残りの御業に【器用繊細】と【長寿】を持つため子爵位の生まれながら、先天御業の数から今後の研鑽や功績次第で伯爵位が与えられることが既に決まっていた。
「チェロルは……うん前へ出られるようになるため、ちょっとずつ頑張ろう」
チェロルはベイミィの後ろに隠れていると、いきなり自分の名前が出てきたものだから、びくりと慄いている。
ただ一人チェロルだけマリオン先生がなにも語らなかったのは理由がある。
チェロルの授かる御業は言霊属性が【水】、【砂鉄】で他が【健康】、【器用繊細】と現状では戦闘に有効かどうかが微妙なものばかりであり、今後の工夫や戦闘様式に依るとしか云いようが無いからである。
マリオン先生も自身の戦闘様式を確立するまで大いに悩んだ。だからこそ今の自分があるのだと。
「ああ、チェロル、ベイミィの服を後ろから引っ張るのは止めて上げなさい。後ろに仰け反っているでしょ」
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皆、初めは剣を振るう練習をする。と云っても木でできた軽いものである。
チェロルは皆がやっていることと同じ事をするのが楽しいらしく、にこにこと満面の笑みを湛えている。
マリオン先生は「チェロルはそれで良い」と朗らかに笑う。
そんなマリオン先生は、そう云えばとなにか思い出したらしく突然と語りだした。
「唯真似て振るうのも良い。無心で振るうのも良い。切れると思い描いて振るうのも良い。
同じ流派の剣技で規定の型をなぞれば強化が入る。
無心の境地を得て剣を振るえば非物質の存在を切れる。
切れると信じ込んで剣を振るえればどんなものでも切れる」
うん、この世の法則に照らし合わせた真髄みたいだけれど、今この子たちに言っても解らないと思うぞ。
マリオン先生は満足したのか少し頬を赤らめながらごまかすように口を開く。
「おほん、武技について軽く説明しよう。これはありとあらゆるものを武器にして戦う技なんだよ。だから取得している騎士も意外と多い。それに剣技だと剣が無ければ途端に弱くなるからね。そう、武技だと場合によっては己の体だって武器にしちゃうのだから」
そう言ってマリオン先生は長めの棒と木剣を両手に持つと並べて見せてくれる。
「戦いでは柄の長い武器が間合いの差で有利だと云われているから、槍や槍斧なんかも好まれるね。苦無や弓なんかの飛び道具を使ったり、御業で予め飛礫を作っておいたりして牽制に利用するのも武技の一つだよ。ベイミィとチェロルは【器用繊細】の御業があるから、飛び道具系とは相性が良いはずだよ」
チェロルは相変わらず自分の名前が呼ばれると、その度にびくびくと反応する。
そんな様子にマリオン先生は眉をハの字にしつつも、怖くないよーと目で訴える。その姿を見るかぎりチェロルと打ち解けるのは未だ先が長そうである。
色色と試した結果、ティロットはやはり剣技を集中的に習うことにしたらしい。
ベイミィは武技の練習を兼ねた手つき遊びが大いに気に入って、リーシャとチェロルを巻き込んでそればかりして楽しんでいる。
チェロルは皆と同じ事をするのが今は一番楽しいらしい。真似をするのに【器用繊細】の御業が十分と活かされていた。
リーシャ? 一応は両方共を習っているのだけれども、彼女はマギーからも武技を習える環境に在るのだから、どうしても武技の方が上手くなる。そんな感じだ。
チェロルはメルペイクを相手に手つき遊びを教え始めたが、果たして良いのだろうか。それ以前に理解できるのだろうか。
と云うか【豪腕】持ちって、駆け付けた侍女のアイラさんが素早く止めに入りました。流石です。
手つき遊び? 聞かないでほしい……。まあ向かい合って足を止め、歌に合わせた速度で手を軽く突き合い足の位置を動かすと負けになる。
初めはゆっくりで徐々に速度を上げる。歌より早く動いても遅く動いてもだめで手を突き合って避ける練習と意表を突く練習。要は身体の動かし方を学ぶためのもの、序でに早口言葉の練習なのかな。
「騎士様のお話を訊きたいですっ! 騎士様かっこいい! 大きくなったら騎士様になりたいのです!」
ティロットは興奮気味に訊ねてくる。
「騎士の話? ううん、そうだねえ、第二騎士団なんかは或る面では国や領の顔と云える。民が一番身近に見、接する、国に所属した貴族だからね。横暴な騎士や身嗜みに気を遣わない騎士が居れば、その国や領の質が問われるのだよ」
ティロットの鼻息は「ふすーん」と荒くなる。
話を理解しているかは不明だが。
「騎士の一般的な心得としては、忠義を重んじること、礼節を辨えること、弱きを助けること、誠実であること、人として恥じる行動は慎むことかな。まあ、武勲とかは考えなくて良いよ。尊敬される騎士になれることが大事かな。誰でも隔たり無く護れるくらい芯の強いものでありなさい」
マリオン先生は朗らかに笑う。
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修正記録 2018-03-27 09:18
話の切れ目に仕切りを追加
人人を助け → 人人の助け
御業に至らない → 御業へとは至らない
「、ちょっとずつ」追加
微妙なもの → 微妙なものばかり
「ああ、チェロル、ベイミィの服を後ろから引っ張るのは止めて上げなさい。後ろに仰け反っているでしょ」追加
姿は先が長そうである。 → 。その姿を見るかぎりチェロルと打ち解けるのは未だ先が長そうである。